ガールインザミラーvol.1

 ジリリリリ、と勢い良く目覚まし時計が鳴り響いた。私は深い眠りの奥底から強引に引っ張り上げられ、その勢いのまま目覚まし時計のてっぺんをべちっと叩き、黙らせた。
 よし、任務完了——————。
「おはよう由良。今日から学校だろう?朝ご飯早く食べないと遅刻するよ」
ドア奥からひょこっと顔を出し景が言う。そうだった。昨日で夏休みは終わったんだった。
 窓枠から見える空は綺麗な青一色であり、一日を始めるにはうってつけの天気だ。換気目的で開けていた窓からは心地良い風がカーテンを揺らしており、それと同時に朝ごはんの良い匂いがふわふわと漂ってきた。
 私はゆっくりと体を起こし、寝起きのふらつく足取りでリビングへ向かう。
「おはよー景……わあ」
リビングには既に料理の盛られた皿が並べられていた。焼き鮭、お弁当の余った卵焼きとほうれん草のおひたし、お麩の味噌汁。炊き立てほやほやのごはんからは湯気が立ち上っていた。
 私と景は向かい合って席に着き、両手を合わせた。
「「いただきます」」
 箸を取り、空っぽの胃に朝食を運ぶ。うん、美味しい。さすが景。
「由良、昨日も夜更かししただろう?目覚まし時計、止める前からずっと鳴っていたよ」
「あー……物語のクライマックスだったんだもん、しょうがないの。そもそも、あの本は景が私に薦めたんでしょ?」
 景は静かに目を閉じ、小さく息をついた。
 景は賞を獲った経験すらある名のある若手作家だ。それ故、リビングには大きな本棚があり、ジャンルを問わず大小様々な本を景は置いている。私は小さい頃からそんな景を見てきたから、私にとって本は日常の一部となっていた。まだ難しい本はあまり読めないけど、読めるものも増えてきた。
「言いたい事は分かるけど、夜は寝なきゃいけないんだ。じゃなきゃ日中眠くなるし、何より健康を害する。由良みたいな育ち盛りの子は特にそうだ」
「でも景だって目の下にくまできてるけど?」
「僕は由良と違って大人だし、とっくに育ち切ってるからいいんだ」
それを言われちゃ勝ち目がない。こんな感じで、景は私の小さい頃から容赦がない。
 景は私の“おじ”さんだ。お父さんとお母さんは事故にあって、私はお母さんの弟の景に引き取られた。それ以来、私と景は一緒に暮らしている。とても小さい頃のことなので、あまり覚えてないけれど。
「はあ、大人、ね。私も早く大人になりたいなぁ……」
「その気持ちは分からなくもないし、なんなら僕も子供の頃はそう思ってた。でもそんな良いものでもないさ。確かにできることは増えたけど、考えなきゃいけないことはもっともっと増えた」
「ふーん……考えなきゃいけないことって?」
「とにかく色々、これがまた面倒なんだ。。由良も大人になればきっと分かるよ」
 そう聞くと、なおさら早く大人になりたいなって思う。だって将来の夢が叶うのだって大人になってからだし、何より大人は「大人買い」ができる。そうすれば服だってお菓子だって困らないのに。景の話はたまに難しいけど、なってみて分かることもあるなら、憧れることは悪いことじゃないはず。
「そうだ由良。今日はとても暑くなるらしいから、水分補給を忘れないように」
「うん、景も気をつけてね、って景はずっと家の中か」
 私たちは朝食を終え、朝の支度を始めた。教科書とノート、体操着、お弁当。あと机の上に積まれている読んでいない本を適当に掴み、ランドセルに詰めて準備オッケーだ。
 今日から新学期が始まる。夏休みが終わったのは寂しいが、友達と会えると思うとワクワクする。
 玄関を開けると、外は既に暑さで陽炎ができていた。これは景の言う通りにしなきゃ干からびるどころか発火してしまいそう。
「じゃあ、いってきます」
 私は見送る景に手を振り、学校へ向かった。

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