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嘘でもいいから可愛いって言え。

大学二年の冬。

出会ったのは一人の同い歳の男の子だった。

「俺、彼女一人しかいた事ないんだよね。」

切れ長の目、スっと通った鼻筋。
身長が平均よりも低い私とは30cm以上離れた背。

見た目は完全に私の好みそのままだった。

そんな彼と2人で会ったのは年末。
彼は社員寮に暮らし、私は学生寮。

周りの社員が帰って人がいなくなった社員寮に私は呼ばれた。

「…お酒、飲む?」

自ら部屋に招き入れておいて、
少したどたどしい彼の様子が可愛かった。

「うん、飲む。泊まってっていい?」
「…いいよ、俺、何も準備してないけど。」

全然いいよ。

そう答える代わりに軽くキスをした。

「…何も、準備、してないけど…」

そう言いながらも彼の手は私の服の下に伸びる。

「…いいよ、好きな所で止めて。」

「止めれる訳ないじゃん。」

その頃には既に遊び慣れていた私は、
いたって簡単に彼と身体の関係を持った。

しかし、彼にとって私は彼女以外とする初めての女の子だった。

その夜から一週間後、再び彼から連絡が来る。

『また会える?今度はホテルに行きたい。』

彼にとって初めてのラブホテルだったそうだ。

二回目に会う頃には、私はすっかり割り切れていた。
好きな顔のセフレが1人増えてラッキー、程度。

「すげぇ、ホテルってこんなんなんだ。」

「子供みたいにはしゃぐのね。」

目を輝かせる彼に、再び可愛いという感情を抱く。

私達は相性がとても良かった。
彼の快楽で歪むのがたまらなく好きだった。

それからは、月イチくらいで会う関係になった。

『今日暇?』

『うん、暇だよ』

『なら会おう、迎えいく。』


最初の方は彼が迎えに来てくれる事が多かった。
ホテルで会う時は、ホテル代は割り勘。


『暇?』

『暇だよ』

『会お』

『どこで?』

『俺の方』

しかし関係を持って半年。
段々、扱いが雑になってくるのを感じた。

そりゃあ、身体の関係ですもの。
扱いなんて雑になって当然。

そう思って、対して気にもしていなかった。

私も、彼のことを都合良く見ていたから。

けど、いつしか彼からの通知が
少しだけウザったくなる感覚を覚えた。

『ねぇ暇?』

『迎え来て、会おう』

『待ってる』

やりたいならせめてそっちが来いよ。

それが私の本音だった。

私には、彼の他に3人程固定のセフレがいた。

彼らとは違う何かを、彼に感じていた。

モヤモヤしながらも、都合のいい女を無意識に演じてしまう私は、彼の元へ車を走らせる。

「ごめん今日金ないんだよね」

迎えに来た瞬間に、彼がそう呟いた。

金ないのに呼んだの?でもホテルに行くと?

口には出せなかった。

分かった、いいよ、と笑って答えてその夜を過ごす。

けれど、もう彼の事は切ろう。

ずっと心の中でそう唱えていた。

その日以降、何度か既読無視をした彼の連絡。

4回目の追いLINEに、私は返事をした。

『もう会わないよ。』

『なんで?』

『最近、私の扱いが雑すぎる。』

『会わないの?』

『うん、会わない。』

『それでいいの?』

『うん、いいよ。』

『昨日、一緒に使おうと思って、玩具買った』

『知らないよ。』

『俺以外の人とするの?』

『するよ、貴方程扱いが雑な人、他にいない。』

『そっか〜じゃあ終わりだね、ばいばい笑』

最後につけられた『笑』に、
彼の性格全てが現れている気がした。

「さようなら」

特に返す言葉も見つからないので、そのまま彼のLINEをブロックし、インスタも消した。

少しだけ気持ちが寂しくなった。

けど、この感情はただ、小さな子供がおもちゃを一つなくしてしょげているのと同じだ。

少し時間が経てばスっと忘れる。

彼は、その程度の人間なのだから。

私にとってこのしょうもない関係で繋がれた男達は、素晴らしく都合のいいものだ。

もちろん向こうにもそう思われる。

けど、そんなしょうもない関係でも、二人で居る価値は必要なんだと思う。

他の人達にあって、彼になかったものは価値だった。

「今日、いつもより女の子っぽい」

「前の髪型も可愛かったけど、今のも似合うね」

「その服似合うじゃん、可愛いよ」

彼らはいつも私にそう言ってくれる。

「いつもより」「前より」

その言葉は、私に居場所を与えてくれるもので。

「可愛い」「似合うよ」

その言葉、私を女の子にしてくれるもので。

嘘でも良かった。その場しのぎでも良かった。

そんな軽い言葉でも良かったのに、
彼はその言葉すらもくれる気配がなかった。

ただ、私の身体を消費していくだけの時間。

そんな時間に、私は価値を見いだせなくなっていた。

嘘で塗り固められたこの関係達に、
今更そんな細かい事なんて必要ないのかもしれない。

それでも、私の心の安定を保つためには、
そんな細かい事が、必要不可欠だった。

まぁ、友達みたいな関係も、楽ではある。

けれど、私に必要なのは、恋人ごっこだった。

だから、私に貴方はもう必要ないの。

「じゃあね。もう一生会う事はないだろうね。」

彼のLINEのアイコンにそう呟いて、
私は削除ボタンを押した。

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