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『ストリプティーズとは何か(セクシュアリティ考6)』
バーレスク、すなわちストリプティーズは、大きく誤解をされている。それは、見る人に、すなわにシスヘテロ男性に消費をされている、と。しかし、やっている側にとっては、そうではないし、見る側が同じコミュニティのメンバーである点で、ここで行われているものは、そのようなものでは、ない。
人前でセクシーに踊ること、露出の高い姿になること、下着になること、裸になること、それらは、
自分が自分を愛していること、自分が自分に魅せられていること、より直接的に言うなら、自分の身体を愛していること、そして魅せられていることを、観客に見せること、それによって観客を魅せようとすることであり、
それらの総体を、観客と、会場全体的とシェアすること、特に、コミュニティとシェアすること、それらのこと、そのものである。
私自身が、やっと腑に落ちた。
私が乳首までを取る胸オペをするか、それとも胸をドラァグレスクのために維持するか迷い続けているのは、トラウマの塊である自分の胸を愛せるか、それとも、思い切って全て取ることによって、その取った姿を愛することにするか、自己決定しようとしている過程にあるということであり、自分の身体と共に生きていくための、極めて重要な作業である。
私には、その作業を、書き物のように、目的と運命を最初に決めてしまう、という仕方では出来ない。人はみんな違うから、何を簡単に思い、何をそう思わないかは、違う。
同様に、髪を染めるのも、タトゥーを入れるのも、ピアスを開けるのも、自分の身体をコントロールすることであり、セクシュアルアサルトにより、自分の身体が自分のコントロールの外に置かれてきたのを、自分のもとに取り戻す作業であり、結果としての自らがコントロールした、自己決定した、その身体と生きようとすることである。
私にとっては、また私たちにとっては、必須の作業だ。
人に迷惑をかける訳ではないのに、非難をされたり、非難の眼差しを向けられがちだ。しかし、見たくないやつは見なければいいだけ。それだけだ。
むしろ、非難されればされるほど、意思は固まり、強行をする。なぜなら、何があっても、自分自身のために、自分たちのために、必要だから、である。
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