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『学問の政治で私を潰すな、あるいはQuriosity(オートエスノグラフィックな何か 5)』

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私は政治家にも外交官にも、なるつもりはない。むしろ拒絶する。世界を変えようとする学問の政治とは、自らを切り離すことにする。私がしたいのは、調査研究。調査研究をすること、それ自体に、そもそも十分な政治性が存在する。

1990年代末、日本ではトランスジェンダーや性同一性障害ということばが、アカデミアでもほとんど通じない時代に、調査研究を始めて、社会学の分野で科学として、きちんと認められうる研究をしていると認識をしてもらうこと自体が、私にとってはある種のアクティビズムだった。それをしなければならない状況は現在も続いている。私は、そう判断する。

また、こちらで、とても重要だとされることの一つに、Quriosity がある。日本語にはない単語かも。世界を知りたいと思う欲望。それは世界を変える原石だ。

私がここまで生きてこられたのは、いつもQuriosityを胸いっぱいに吸い込んできたからだ。それだけを続けていこうと思う。



私が文章を発表しようとしてから、多くの人びとに支えられてきた。しかし、その中で、私が三つの学問の政治の網の目の中にいることが、ものすごくよくわかった。

トランスジェンダースタディーズ、フェミニズムやジェンダースタディーズ、ゲイスタディーズ。

まず、トランスジェンダースタディーズの中での仲間意識や人間関係がある。私を自分と比べて羨む。自分を爪弾きにしていると恨む。あるいは逆に、気に入らない私を外す。外されている私への評価や判断を、外している人に合わせるよう調整する。そういう一番近しい人たちの中で、私はしんどい思いをしてきた。もちろんそれらを知った上で、アドバイスをくれる人たちもいる。

ゲイスタディーズスカラーはフェミニストの研究者と同じくらい、ずっと私を支えてきた。しかし、結局、私を彼らの政治に巻き込んで潰すなら、それは歴史上すでにたくさん起きていることだ。歴史への反省がない。歴史的なことを扱っている人にやられると、気持ちが殺伐とする。もちろん、それを知った上で、私のために何かをしてくれようとする人たちもいる。

フェミニストスカラー、ジェンダースタディーズスカラー。私を一番に支えてきた人たちだし、今もそうだけれど、ここまで来て、私がフェミニズム全体の勢いを削がないように調整しないといけないとしたら、あまりに酷だ。それに、私にはフェミニストの政治により、外されてきた男性の研究仲間もいる。

加えて、この3つの研究領域全てに、私がEMCA者であることへの偏見が織り込まれている。正面から受け止めてもらえても、マルクス主義との関係が争点になるように、結局価値観がぶつかる。

そういう全体のために、私はやっぱり壊れていく。またバーンアウトしそうになる。あるいは甘く絞め殺されそうになる。

なので、この全体を投げ出して、キンキー研究のフィールドの開拓でもしようと思う。そんなに手のつけられていないフィールドに没頭するのは、研究上の政治性から離れて調査研究に没頭するにはうってつけだ。

私が研究をするのは、単純に興味深いから、というのも大きい。世の中が我慢ならずに変えたい私と、起きていることに興味津々の私は、いつも常に強く結びついているわけではない。人間はそんなに意識的に統合された生き物ではないし、私は解離が激しいので尚更だ。そういう自分自身のことも、とても興味深い。

私は解離をブレイクスルーして、自分に起きたことを言語化するために、ジャーナリングをしている。それをネット上で公開することも、こちらでは推奨されており、私の一連の作文と投稿は、その一環である。今は、いろいろなことを引き受けず、本としてパブリッシュする際に、面倒なことはあらためて考えることにする。


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