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SS「盂蘭盆会」

※収載書籍『プラトニックチェーン(上)』→クリック
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「もしもし! お母さん? お母さんだよね!」
「そうよ、待っててくれたの?」
「もちろん! 朝からずっと待ってたんだよ。あのね、あたし、今度クラス代表で弁論大会に出ることになったの、それとね、お父さんがこないだ青い自転車買ってくれて、それでええと」
「うふふ、時間はたくさんあるから、ゆっくり話しましょう」
「だって、1年に1度だけなんだもん。話すことたくさんありすぎて。ねえお母さん、お母さんが死んじゃってからもう10年なんだよ」
「あら、もうそんなになるかしら」
「小さい頃はこれって普通のことだと思ってた。お盆になると、死んだ人から電話かけてもらうことができるって」
「昔からお盆は、死んだ人を迎える行事なのよ。正式には盂蘭盆会、って言って」
「でも死んだ人と本当に話ができるわけじゃないでしょ」
「そうね。でもきっと、夏のこの時期になると死者の気配をそこかしこに感じていたんでしょうね。そもそも昔は電話もなかったんだもの。遠くにいる人と話をすることだって、まるで魔法みたいだったはずよ」
「今だってすごく特別なことだよ、毎年、死んだお母さんから電話がかかってくるなんて。友達に言っても誰も信じてくれないよ。それはあんたの幻覚だよって言う子もいるくらい。でもいいの。あたしがちゃんと信じてる以上、お母さんは幻覚じゃないから。サンタクロースだって、いるって信じている子供にとっては、実在してるんだって思う。信じなくなった時に、自然に、消えてしまう。そういうものだって」
「そういえば、あなたが4歳の時、泣いて帰ってきたことがあったわね。友達に、サンタさんなんかいないんだよって言われて」
「うん。サンタの正体はお父さんなんだって言われた。ねえお母さん、そんなことまで覚えてるなんて、やっぱり本物なんだよね。ねえ、お母さんって、本当に死んでるの。本当はどこかで生きてるんじゃないの」
「死んでいるのよ。お葬式だって覚えているでしょう」
「あの時のこと思い出したらあたしまたちょっと泣いちゃうかも。あたしもう物事がわかる年だったから、わんわん泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。お父さんを困らせちゃった。 お父さんだってすごく悲しいってことまでは、気が付けなかったんだよね。きっと自分だって泣きじゃくりたかったくせに、あたしのために、絶対に涙を見せなかった......」
「そんなことに気が付くなんて、あなた、大人になったわ」
「お父さん、それでプラトニックチェーンに頼んでくれたんだろうね。『死んだ人間を蘇らせてほしい』なんて、正気じゃないって思われるかもしれないのに。無理を承知で頼み込んでくれた。プラチェには不可能なことはない、っていう伝説があったから」
「プラトニックチェーンのことも聞いたのね。ごめんね、いつか私からちゃんと教えるつもりだった」
「お母さん、あたし......」
「言わせて。プラトニックチェーンの探偵さんはね、ある研究所の、最先端の人工知能プログラムにアクセスしたの。そして生きてた頃のお母さんのしたこと、言ったことの記録を集められるだけ集めて、そこに入力した。それで、本物のお母さんにそっくりな人格を、ネット上に作ったのね。それがこの私なの。私。偽物のお母さん」
「お母さん、何言ってるの。あたしお母さんが偽物だなんて、思わないよ。あたし、本当は知ってたの。お母さんが人工知能だってこと。でも、本物だよ。本物のお母さんだよ」
「そう。聞いたのね、お父さんに」
「ううん。お父さんとはこういうことは話さない。あ、でも心配しないで。ちゃんと親孝行はしてるからね。あたし、プラチェのことは彼氏に教えてもらったの」
「よかったわね、お父さんが青い自転車を買ってくれたのね」
「お母さん、聞こえてる? あのね、その人、初めて最後までちゃんと聞いてくれた人なの。毎年お盆に会えるお母さんの話を。だからあたし、自分でももう、わかってるってことまで話したんだ。きっとコンピュータか何かを使ってるんだって。そしたら彼氏、詳しく説明してくれた。そういう人工知能があるってこと。けどね、それでも、信じさえすればそれは本物なんだ、って言ってくれた」
「そしてサンタさんはお父さんだったのね」
「ねえお母さん、どうしたの」
「ごめんなさい、もう、よく聞こえないの。わかっている。カイワがセイリツしなくなっているでしょう? もうすぐキエル、私」
「変なこと言わないで。消えちゃうなんて」
「しっかり聞いて。こういうこと。人間と人間のお喋りって、とても複雑なものなの。あなたと私の会話プログラムは、5歳の頃のあなたと、死ぬ直前のお母さんの関係をもとに作られ、セットされたものなの。2人の関係性がそこからずれてしまうと、シミュレーションが不可能になる。カイワがセイリツシナクナル。ソロソロネ。イカナクテハ」
「お母さん、だめ、行かないで!」
「ではソロソロ、サイゴになりマス。サイゴにホントウのお母さんからのメッセージがあるんデス。よく聞いてネ」
「最後なんて嫌! あなたが、本当のお母さんなんだってば!」
「『これからは、生きてる人のことを大切にして』......キコエマシタカ?  デハ。グッバ イ。アリガ  ト  ウ。サ   ヨ ウ   ナ     ラ!


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