紅夜の部屋(6)
[こっちだ」
冷雅と軍の施設を抜けてそのすぐ横にある建物に案内しながら紅夜の動きを注意してみていた。逃げ出そうとしていないかチェックしていたのだが全くそういう事を考えていそうなけはいがなかった。
「なぜ先ほどから私(わたくし)を見ているの?」
紅夜が冷雅と視線が合った時に聞いた。
「いや、お前が逃げないか確かめていた」
紅夜はほほ笑んだ。
「そう。じゃあ逃げてあげてもいいのよ。お言葉通り。でも私(わたくし)は軍が気に入った」
紅夜はそういいながら先ほど渡した短剣を見ていた。
「これは何という短剣なの?」
紅夜は切れ味を試すように指の腹で軽く刃をなでながら言った。
「これはタガーという」
冷雅が名前だけ紹介すると紅夜はタガーを見つめながら言った。
「そう。西洋の剣なのね」
そして冷雅の方を向いた。紅夜の部屋のすぐ前だった。
「ここがお前の部屋だ」
紅夜は部屋の中に入った。そして少し見回してから言った。
「調度品はもとからここにあるの?」
紅夜はそっとまるで懐かしむかのように和室に置かれた西洋のランプを見ながら言った。
「そうだ。必要なものは言ってもらったら準備する」
冷雅は紅夜の懐かしむような手の動きに注目しながら言った。
「そう。ありがとう。ところで私(わたくし)を許していないと言っていたが今はどうなの?」
紅夜の声に冷雅は少し詰まってから、
「そうだな。許しはしていないがまだ信用はできると思う」
と言うと部屋を出て行こうとした。
「衣類はどうなるのかしら」
紅夜の質問に冷雅は困った。知らないのだ。軍服は後日届くがずっと暗殺者の黒装束の格好でいさせるのも軍の一員として何か言われそうなものだ。
「……小柄な男物の軍服を取ってくる」
と言い残すと冷雅は足早に部屋を出た。
「戻った」
冷雅が部屋に入ると紅夜はまたランプを見ていた。まるでなくなってしまったものを惜しむかのような表情だ。そしてその顔のまま冷雅の顔を見ている。その顔にまた既視感をおぼえた。
「……あ、ありがとう」
ふっと意識が戻ったかのように紅夜は慌てて言った。
「それでは私はこれで。明日はお前が準備ができたらこの建物の前で待っておけ」
というと冷雅は部屋を今度こそ出ようとした。
「私(わたくし)のことをお前ではなくて名前で呼んでもらってもいいかしら?」
紅夜が最後に声をかけてきた。冷雅は無視して部屋を出た。
はじめは気に入らなかったが、実は物事を客観的に見る合理的でいい軍人なのではないかと思った。
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