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追憶(17)
月影家は昔から天皇の護衛をしていた。でもそれは本当の役目ではない。時たま反乱を起こそうとする武家の反乱の芽を——首謀者を——摘む役目だ。秘密裏の事であり、誰も知らなかった。護衛をしているというのも知らないものが多い。天皇家に親しい二条院家でも知らないことだ。
その月影家で自分は生まれた。男も女も武芸を習得し、磨く。一族の女の中で紅夜は一番強かった。サーベル、短剣、暗器。すべてにおいて完璧だった。紅夜より強いというと自分の父親以外いない。母は自分よりも頭が鋭かった。
月影家は町はずれの館に住んでいた。月影家では秘密裏の仕事をしていたため十五までは外に出られなかった。簡単に話してしまう可能性があるためだ。
十五歳になった時に紅夜も外出した。初めての外出だったので母についてきてもらった。
紅夜が簪に見とれていると母と離れ離れになってしまった。つまり迷子だ。人混みに対処する方法は武芸では習わない。紅夜はとにかく人のいないところに走った。
大きな館が並ぶ通りに出た。ここは華族街だろう。月影家以外の華族が住んでいる。そこで一人さまよっていたがもうわからなくなってしまった。そして冷雅に会ったのだ。後ろに誰かいるのに気が付いて振り返ると青年が一人立っていた。軍服を着ている。その目が正直で冷たい表情をしているのを見て紅夜はハッとした。
「どうした?俺に手伝えることはないか?」
冷雅はまだ幼さが残るが整った顔立ちをしていた。紅夜は話しかけられていることに今気が付いた。
「あっ、家がどこかわからなくなって」
紅夜がたじたじと言うと冷雅はふっと笑った。
「そうなのか。どこに家があるかわかるか?」
紅夜は正確な場所は言わず、
「帝都の関所の前」
と言った。
「わかった。俺が案内する」
冷雅は自分の名前を言ってから紅夜の名前も聞いた。
「月影 紅夜」
冷雅は頷いた。そして迷子になって緊張している自分の気を散らすように色々と自分のことについて話してくれた。
「俺は軍に入ったのだ。友の羅貴の補助の役目だ。軍の仕事は非常に難しい。でも俺はきちんと仕事していかなくてはいけないと思う」
冷雅はキラキラとした目で話していた。紅夜は同じ家の男しか見たことがなかった。自分の目の前で話す青年があり得ないほどに完璧な存在に見えた。
「じゃあ。また……会えたらいいな」
冷雅は笑った。笑った顔を見て誰よりもこの人について知りたいと思った。
何度か会う事が出来た。正確に言うと紅夜が計算して偶然会うようにしたのだ。
母は自分がどこかに出かけているかといぶかっているようだったが何も言わなかった。
そしていつの間にか二人は世間一般でいう恋人になっていた。
一緒にまるで前夜のようなダンスパーティーに行ったこともある。そこで冷雅に指輪をもらったのだ。「いつの日か俺たちが一緒に過ごせるようになったら」と言われて渡された指輪の感覚は今でも覚えている。
「いつの日か」が現実になる前に冷雅の記憶を消さなくてはいけない事態が起こった。
「紅夜……紅夜……紅夜‼」
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