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2.事件と幹部たち

「孤蝶様」
 幹部の一人が入ってきた。彼女は情報収集部隊、情報処理部隊を指揮する聖蝶。すらりとしていて、丁度蝶妃と同じぐらいの身長をしている。
 髪は銀色に輝き、逆ボブにしているため彼女の鋭い顔立ちがより一層冷たく見える。そして眼鏡をかけていることにより怜悧な印象を強調していた。彼女の耳には青色の蝶のピアスがついていた。

「ご報告があります」
 聖蝶は跪いた。円形の場所の中心に跪いていた。
「言って」
 聖蝶は何故か拳を握っていた。話し出した声ははっきりとしていて彼女自身の理知を感じさせた。

「銀蛇というここ一帯で幅を利かせている暴力団の連中にうちの情報部隊の……隊員一人が……路地裏で‥……」
 流暢に話していたはずがどんどん詰まってきた。
 孤蝶が静かに自分の唇の前で指を立てた。黙るようにという合図だ。
「理解したわ」
 孤蝶はそう言いながら素早く紙に何か書いた。そして蝶妃に渡す。
「襲蝶、黒蝶、秘蝶を呼び寄せると同時にこの事件に関する情報を集めてきて。この内容を皆に伝えて」

 蝶妃はそれを読んだ。すると急に無表情に近かった顔に怒気が現れた。ぎゅっと目を見開き、紙を食い入るように見る。唇をぎゅっと噛み過ぎて唇の色が白んで見えた。
「蝶妃。行ってきて」
 孤蝶はそういうとそっと天幕から出た。聖蝶がまた頭を下げる。
「聖蝶。立ちなさい」

 孤蝶はそういうと聖蝶の頬に触れた。
「さて、では銀蛇についての情報と、どれぐらい打ちのめしたいか答えて」
 聖蝶は握りしめた手をコートの中に隠すようにしていたが孤蝶の言葉につられて、
「なぶり殺す」
 と虚ろなそれでいて真剣で針のように鋭い声で言った。
「ええ。我らが『血濡れの蝶』を穢したものにはそれ相応の罰を与えましょう」
 そして孤蝶はゆっくりと聖蝶の頬に触れていた手を聖蝶の唇に添わせる。
「聖蝶。安心しなさい」
 孤蝶はそういうとふっと手を放した。そしてカツカツとヒールの音を立て歩き、また天蓋の奥に座った。

「かけて。今から幹部会議を開く」
 聖蝶はゆっくりといつもの席に座った。その椅子には青い蝶が刻まれていた。

「孤蝶様」
「我が蝶の君様」
「孤蝶様」
 三人の女が入ってきた。後ろから蝶妃が扉を閉めた。

 紅い蝶が刻まれた椅子に座ったのは拷問部隊、処刑部隊を指揮する黒蝶。乱雑にした長い黒髪にはところどころ赤色のメッシュが入っている。耳には赤色の蝶が煌めいていた。身長は孤蝶より十センチほど高い。犬歯が鋭く、唇の隙間から白い歯の先が見えていた。孤蝶の事を『我が蝶の君』と呼び慕うのは彼女の特徴だ。

 黄の蝶が刻まれた椅子に座ったのは遠距離襲撃部隊、近距離襲撃部隊を指揮する襲蝶。彼女だけ小学校六年生ほどの身長しかない。しかも銀ではなく白の髪で姫カットでくりっとした瞳が小動物を見ているような気分にさせる。そして耳の黄色い蝶が余計にかわいらしく見せる。とはいえどマフィアはマフィア。非常に冷徹で残酷な手段でターゲットを狩るとマフィア界隈では噂だった。

 緑の蝶が刻まれた椅子に座ったのは遊撃部隊、特攻部隊を指揮する秘蝶。ワンレッドの長髪を無造作に垂らしている。耳で光っている紫色の蝶もそのミステリアスな雰囲気に一役かっていた。背は丁度孤蝶と同じぐらいだ。髪の色が特殊だからだろうか、彼女の周りだけ異質の雰囲気があった。すこしけだるげな様子を見てもやはり特異な存在だった。

「それで、話は伝わっているのかしら?」
 孤蝶がいうと全員が素早く頷いた。
「いいでしょう。では作戦があるもの」
 孤蝶が言ったと同時に襲蝶が立ち上がった。

「孤蝶様。私が銀蛇を全て焼き払ってきますが」
 孤蝶は愉快そうに笑った。そして立ち上がり、襲蝶に近寄る。
「あなたらしい意見ね。でも……」
 孤蝶の表情が一瞬冷たくなった。コートがふわりとかすかな風でなびく。
「生ぬるい」
 襲蝶は目を見開いた。秘蝶がかすかに嘲笑を漏らす。

「ほか」
 襲蝶はキッと秘蝶を睨んだ。
「我が蝶の君様。それではこうしよう。我々が銀蛇の所にわざわざ向かってやり、部屋に入れてもらった後で……殺戮をはじめる……どうだろうか?」
 孤蝶はゆっくりとほほ笑んだ。
「聖蝶。どうおもう?」
 聖蝶は先ほどまで下を向いていたがパッと顔をあげて言った。

「はい。黒蝶にしてはまともでよい案かと思います」
 黒蝶にしてはというところで黒蝶が聖蝶ににらみを利かせた。
「そう。ならば、秘蝶、あなたはどう思う」
 秘蝶は黙ってうなずいた。彼女の目線の先は何故か地面を向いているようだった。
「それでは……銀蛇をつぶしてこい。我らが構成員にした罪を決して忘れさせるな」
 孤蝶がそういうと幹部は全員立ち上がり、礼をして去って行った。

「蝶妃」
「はい」
「こちらに来て」
 孤蝶は天蓋の中に蝶妃を呼び寄せた。そして近づいてきたところで蝶妃のコートのすそを引き、もっと近寄るように合図した。
「蝶妃はどう思う?」
 蝶妃は白い睫毛を揺らした。
「はい。非常に効果的です。しかし……我らの構成員を辱めるなど」
 孤蝶もゆっくりと頷いた。
「ええ。そのものは?」
 蝶妃は視線をそらした。
「平常心を失い、今でも茫然としているそうです」
 孤蝶は形の良い眉をしかめた。
「銀蛇は許されない罪を犯したわ。さて……幹部もみなが殺ってくれるでしょう」


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