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蜜の香り(19)

「さぁ。どうぞ」
 入ると紅夜はまずは部屋の中の香の香りに圧倒された。蠱惑的な香りで香りの元がつかめない。もともと何をもとにして作っていたのか、何を加えたのか。わからない不思議な香りだった。


「香の香りに気に入った?それはよかった。僕秘蔵の香でね。紅夜も冷雅も座ってくれ」
 朔隼が長椅子にしなやかに座りながら言った。すらりとした足を組んでいる。


 紅夜もさっと小さな椅子に座った。冷雅はその隣に座った。
「紅夜、私はね前々から君としゃべりたかったんだよ。その紅に輝く唇から紡ぎだされる言葉を聞きたかったんだ。私は羅貴ほどは浮気男ではないからね。ついでに冷雅の場合は恋人一人いないらしいから」
 朔隼の言葉がグサッと自分の腹を打ち抜いた感覚がした。本当は恋人はいたのだ。冷雅には月影家の長女 月影 紅夜という人がいたのだ。なのに自分で忘れさせていたとはいえ自分がいなかったことになるとは……。理不尽な怒りを感じた。


「そういえば紅夜って呼んでもいいかな。紅の夜か。素敵な名前だね。艶やかであでやかでミステリアスだ」
「なぜ私(わたくし)を呼んだんですか?」
 紅夜は姿勢を正して聞いた。まずは目の前にいるこの危険な人物に集中しなくては。
「単純に僕が君を知りたかっただけさ、君のすべてをね」
 朔隼はにぃっと笑った。甘く低い声に紅夜は頭がくらくらした。深い瞳に見つめられると何故か自分の口が話し出してしまいそうになる。
「なぜ、知りたいのですか?」
 やっとのことで魅惑的な目から視線を外しながら言った。


「おや、粘るね。いいよ。そういう女性も私は嫌いではないから。単純に言って君に興味を持った。私の中ではありえないほどにね。だから知りたいのさ。なにも不自然じゃないだろう」
 朔隼はそういいながら興味深げに見てきた。紅夜は何と言ったらいいのかわからなかった。今朔隼は私(わたくし)のことが好きだと言ったのだろうか?いや、ほとんど初対面の人にそう思うはずが……。でも興味を持ったというのはどういうことなのだろう。


「考えている君の顔も非常に気高いね」
 朔隼が立ち上がった。冷雅も何故か立ち上がった。
「朔隼。紅夜を誘惑するのは仕事時間が終わってからにしてくれないか」
 冷雅の声にかすかな怒りを感じた。朔隼もそう思ったに違いない。整った眉毛を軽く上げ、
「わかったよ。君が案外紅夜に肩入れしていることが分かったから。でも、紅夜は私(わたくし)がいただこうかな」
 と言うと朔隼は紅夜の目の前に来て手を差し伸べた。
「紅夜、冷雅が帰るそうだよ。立って」


 紅夜は朔隼が先ほど何と言ったか頭に残っていなかった。残すことができなかったのだ。「私(わたくし)が—————かな」なんと言っていたのだろう。
 紅夜はそっと立ち上がった。自分の頭一つ分上にある朔隼の顔が急に近づいてきた。


「朔隼‼」
 冷雅が激高した。

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