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パーティーへの誘い(9)

「紅夜を見なかったか?」
 そばにいた兵に聞くと兵は頷きながら
「ずっと訓練所でサーベルの練習をしていらっしゃいました」
 と言った。冷雅は紅夜のまめさに驚いた。しかし、もしかしたら他の兵に詰問されているかもしれない。なぜこんなところにいるのかなどだ。


 急いで訓練所に走り——その途中で二、三人の女中とすれ違ってクスクス笑いをされた——訓練所の前で減速し、落ち着いて入ると、
「中将様、このような時なのですが、はやり腕の力の差で負けることがあります。何か力差以外で相手の上を行く方法はございますか?」
 なんと紅夜は軍で一二を争うほどの厳格な中将と親し気にしゃべっている。


「ああ。そういう時はまずは速さを競うといい。でもそれでも無理だったら……途中で後退してから角度をつけて攻撃を始めろ」
 中将は冷雅に気づいた。
「二条院様」
 と言って膝をついた。
「失礼いたしました」
 紅夜も——いつも通り驚くほど優雅な仕草だった——礼をした。
「いや、構わない。紅夜、羅貴様がお呼びだ」
 冷雅は中将を物珍しそうに見ながら言った。
「わかりました。中将様ありがとうございました」
 紅夜はまた中将に礼をして冷雅の方に来た。


「中将とどうして訓練することになったんだ?」
 冷雅が聞くと紅夜は無表情で
「初め、中将様に問い詰められたんだが事情を説明してから一回手合わせしていただくと誤解が解けたらしくそれからは親しく話してくださった」
 と答えた。
「そうか」
 冷雅は前に女中が近づいてきたので口を閉じた。
「二条院様、その……私たちで作りました。これをどうぞ」
 女中が差し出したのは綺麗な房飾りだった。
 冷雅は無言で横を通り過ぎた。女中たちはなれていたようだったが横にいた紅夜のことをイラつくと言った目で見た。
「受け取りにくい渡し方のトップテンに入るな」
 紅夜が冷雅に言った。
「そうなんだ」
 冷雅はやれやれと言った。紅夜はきっと女中たちに疎ましく思われるに違いない。彼女たちの噂の力は侮れない。


「羅貴入りますよ」
 冷雅は紅夜を連れて入った。羅貴は書類に目を通していたが立ち上がって歓迎した。
「やあ。紅夜、改めて私がこの軍の帝都軍長、桔梗宮(ききょうみや)羅貴だ」
 紅夜が跪いた。
「よろしくお願いいたします」
 羅貴は紅夜のことをよく見ていた。
「なんか捕まっていた時よりもしおらしいというか行動が柔らかくなったね」
 と羅貴が言った。
「お答えいたします。それは私(わたくし)はもとより暗殺者などになりたくなかったのでございます。諸般の事情により暗殺者になることになりまして、これが基本的に本来の私(わたくし)でございます」
 羅貴は興味深げにしばらく見ていたが、
「そうなんだね」
 と言うと紅夜に立つように促した。


「じゃあ。正式にここの軍に僕の権限で——」
 羅貴がウィンクした。
「君を入れた。制服は準備させてるよ。試着してみてね。奥の部屋に女中たちを呼んでるから」
 冷雅は嫌な予感がした。女中たちに何か言われないだろうか。
「はい。ありがとうございます」
 というと紅夜は何の心配もないと言った様子で奥の部屋に入った。


「それで、紅夜はパーティーへ来てくれそうなの?」
 羅貴がわくわくとした顔で聞いた。
「まずまず聞いていませんね」
 冷雅は今思い出した。あまりにも紅夜と中将の試合が見事だったので忘れていたのだ。
「えっー!忘れてたの?」
 羅貴はがっかりしたようだった。
「こんな感じですが」
 紅夜の声がした。そちらを振り返ると紅夜が軍服を美しく着込んで立っていた。


  男が着た時と違って厳格さに上乗せして優雅さが入っているロングコート。ベストもきちんとした印象を与えている。そしてショートパンツからのロングブーツ。この言葉だけではセクシーなイメージだと間違われそうだがそんなことは微塵も感じさせない。謹厳と言ってもおかしくはない。
「すごく似合うね~。やっぱり僕の見立てた通りだよ」
 羅貴は近づいて行って紅夜の周りをぐるりと回ってしげしげ見ていた。紅夜は赤い顔もせずただ立っていた。


「紅夜、今夜羅貴の家でパーティーがあるのだが一緒に来ないか?」
 冷雅が言うと紅夜はハッと目を輝かせて頷きそうになった。しかし、
「すみません。行けない。まだ顔が暗殺者として知られているから隣にいる冷雅や羅貴様に影響があるのでは?」
 紅夜はそういいながら手を強く握りしめていることに気が付いた。
「大丈夫だよ。何なら僕がみんなに紹介してあげるからさ。新しく軍に入りました、影月 紅夜ですって」
 『影月』と呼ばれたとたん紅夜はぎょっとした顔をした。
「いえ、はい。一緒に行かせていただきますが、紹介はしていただかなくて大丈夫です」
 紅夜の反応に羅貴も冷雅もおかしく思った。


「そうかい。服装はドレスとかそういうのなんだけど、持っているかな?」
 羅貴がさすがに少し遠慮していった。持っているというイメージがなかったからである。まずまず暗殺者がもっているだろうか。
「はい。持っています。前の住処にあるのですが……」
 紅夜の答えに冷雅も少し目を見開いた。
「わかった。部下に捜索として入らせて取らせてこよう」
「いえ、私(わたくし)が行きます。それでは行ってまいりますので失礼します」
 紅夜は部屋から逃げるように去ってしまった。

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