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冷雅と羅貴の仕掛け(11)

「会場は僕の家なんだ。君が入った途端、全員があっけにとられるだろうな」
 羅貴が紅夜の耳元に囁いた。
「私(わたくし)は別にそのようなことは期待もしておりませんが。ただこれしか持っていなかったもので」
 と言うと紅夜はさりげなく冷雅の方を振り返った。
「あと、どれぐらいで着くのですか?」
 羅貴はあと二分もかからないと言った。それを聞いて紅夜がするりと手を離した。
「どうしたんだい?」
 羅貴が驚いたように立ち止まった。


「私(わたくし)が羅貴さまの隣にいたら何かと面倒でしょう。冷雅と入場することにいたします」
 羅貴は自分を気遣う発言に気をよくしたのか笑いながら前を歩いた。
 冷雅の横に紅夜がやってきた。
 本格的に無言になった。
「あれが僕の家さ」
 羅貴が指したのは大きな洋館だった。
「僕個人の家だけどね」
 冷雅は見慣れていたが紅夜は少し目を丸くしていた。


「お帰りなさいませ」
 門で衛兵が礼をした。冷雅にも礼をしたが紅夜を見て眉をひそめて、
「そこのお嬢さん少し止まってください」
 と言った。しかし冷雅が
「私の連れだ」
 と言ったので衛兵は失礼しましたと言って、道を通した。


「キャー‼羅貴さまのお帰りだわ。羅貴様!こちらですわ!」
「いえ、わたくしと踊ってくださると言っていたではないですか!」
「私とでしたわよね?」
「私ですわ」
「いえ、私」
「何を言っていらっしゃいますの?わたくしに決まっています」
「私のことをお探しですよね」
「私ですわよね」
「いえ、私(わたくし)が本命ですよね」
「私(わたくし)よ」
 総勢二十人ほどの美女に囲まれながら羅貴は館へ入って行った。


「冷雅様だわ。本日もなんてお美しいのかしら。凛々しくて、それに……」
 と囁いていた令嬢たちの目に紅夜が止まった。
「あれはどなた?」
「冷雅様をたぶらかして一緒に来たんじゃなくて?」
「もしかして無理やりついてきたとか!」
「冷雅様おかわいそうに」
「冷雅様は孤高のお方なのに」
 冷雅は令嬢たちの声をうるさいと思いながらさりげなく紅夜を見ると軽蔑するような目で令嬢を見ている。
「あれらは無視しろ」
 冷雅が囁くとまた一段と声が上がった。
「あれ見た?」
「あの親し気な雰囲気」
「許せないわ」
 紅夜はするりと冷雅から離れていこうとした。


「待て、それでは羅貴の護衛官と言う事を教えてやれなくなる」
 冷雅はにやりと笑った。冷雅が笑うとは国宝級に珍しいことだ。
 冷雅は羅貴に合図を送った。冷雅と羅貴がもともと準備をしていなかったとは言わせない。
「キャー、賊よ!羅貴様に襲いに来たんだわ」
 令嬢たちの声がホールにこだました。そして我先にと逃げていく。そこで紅夜は羅貴のもとへと駆け出した。冷雅は立ったままだ。羅貴は丁度サーベルを離れたテーブルに置いていた。
 羅貴の前に黒装束の男が二人立っていた。
 紅夜の青のドレスがひらりと舞った。そして紅夜はスリットのところに手を入れ、短剣——ダガーを取り出した。そして刹那。黒装束の賊は喉元にダガーを突きつけられていた。そして、またスリットから暗器を出して、もう一人いて、羅貴へ近づいていた賊に向かって投げた。正確にいうとなびいていた黒装束の布だけに当たるように加減してあった。壁際にいた賊はそこに縫い留めるように暗器で服を刺されてしまった。しかし、人体には当たっていないらしい。


 冷雅は仕組んだながらにも紅夜の動きに感心してしまった。しかも殺さなかったのは多分冷雅と羅貴の策略を察していたのだろう。
「あれは、さっき居た冷雅様の連れ?」
「もしかして軍の羅貴さまの護衛官じゃないかしら?」
「そうかもしれないわね」
「そう考えたら冷雅様といても不自然ではないし」
「そうね」
 令嬢たちのざわめきが収まると次は華族の若者たちが騒ぎ出した。
「あのお嬢さんはとても美しいですね」
「スリットに手を入れたときはどうなるかと思ってドキッとしたよ」
「冷たい顔立ちが麗しい」
「あの足の動きを御覧よ。優雅で軍人にしておくのにはもったいない」
「僕のお嫁さんどうかな」
「もう正妻がいるお前が何言ってるんだよ」
「私の彼女に」
「あの細い脚!」
 紅夜は表情一つ変えず冷雅の方に歩いて行った。黒装束の二人はいつの間にか消えていた。それには誰も気づかなかった。


「それではダンスを始めようか」
 羅貴の声がホールに響いた。
「踊っていただけますか?」
 羅貴は一番近くにいた令嬢に声をかけた。
「はい!」
 その令嬢は喜びで礼儀作法も忘れて頷いた。
「紅夜」
 冷雅は男たちが紅夜に群がってきそうなのを見て言った。
「私と踊っていただけますか?」

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