指輪の謎(8)
「その指輪はなんだ?」
冷雅が紅夜に聞いた。紅夜は何かを考えるように下を向いていたがその言葉にハッとしたように顔をあげた。
「これは、貰い物」
と言いながら指輪を外した。そして冷雅の目の前にもってきて言った。
「これ、見覚えはない?」
指輪はよく見ると細かく装飾されていて手の込んだものだというのが分かる。
「いや。ない」
冷雅が答えると紅夜はなぜか安堵したような失望したような顔をした。
「誰からもらったのだ?」
冷雅が聞いてみると紅夜は首を振りながら言った。
「いえない。ごめんなさい」
その後は何も聞けずじまいだった。
そのまま一週間過ぎていた。紅夜の実力は磨きを増すばかりだった。正確に言うと勘を取り戻していると言った方よいが……
「ねぇ。紅夜はどう?まだ暗殺者技が抜けない?」
昼の休憩の時、休憩室に座っていた羅貴が聞いてきた。
「いや、ほとんど完璧にできています。もとから習ったことがあるような感じでしたね」
冷雅はそういうと隣に腰を下ろした。
「何か過去にあるようです。あの剣筋はどこかで見た記憶があります」
羅貴はしばらく考えていたが、
「紅夜の身元を引き続き調べておくよう」
冷雅は頷いた。まだ何も成果がないのだ。
「ねぇねぇ今日家であるパーティーに来——」
「無理です」
冷雅が最後まで聞かずに即答した。
「え~そしたら紅夜についての噂が聞けるかもよ」
羅貴がそそのかすと冷雅はしばらく考えていたが言った。
「わかりました。あなたの護衛としていきましょう。いや、あなたがお嬢さんがたに声をかけないように見張っておきましょう」
冷雅が珍しく皮肉を言った。
「うわぁ。じゃあ護衛官様もお気に召したお嬢様がたと踊ってみてはいかがですか?」
羅貴もクックと笑いながら言った。
「結構です。それに紅夜を連れて行く予定です」
冷雅は平然とそう言ったが、羅貴が美しい薄茶色の目を丸くしているのを見て自分の言ったことを考えてみた。
「いっいや、紅夜が好きとかそういう訳ではなく。ただ情報を聞き出す時や、その———」
「他のお嬢様がたが群がってこないためかい?」
羅貴が言ったことに冷雅は頷きそうになって慌てて止めた。
「紅夜に聞いてみたら僕の予想だけど顔を真っ赤にして頷くと思うよ」
羅貴は面白がるように笑いながら紅茶をすすった。
冷雅は自分の口を恨めしく思った。コーヒーを持ってきた女中がキャッと言いながら頬を染めて去って行ったのを見てあきれた。
「人の顔なんて美しいときは人生の中でわずかなのにそれだけで人を判断するなどよくわからん」
そう呟きながらコーヒーを飲んだ。
「わずかだからその時に楽しんでおかないと!さっきの女中すごくかわいかったね。声かけてみようかな」
羅貴は興味深げに女中が去った戸を見ながら言った。
「いや、持っている盆をひっくり返して着物に紅茶のシミができるのがおちでしょう。貴方の麗しい美貌はたまに武器になりますから」
冷雅がかすかに口角をあげながらいった。口角をあげるのは羅貴と話している時だけだった。
「君にも言われたくないね。それにわが軍には悲鳴をあげさせるのでなく失神させる人がいるじゃないか」
羅貴も苦笑しながら言った。
「あと新しい紅夜の軍服なのだけどこれどう思う?」
と言って軍服を運ばせてきた。
「まずは男物と同じロングコート。でも少しウエストを絞ってる。肩幅も少し狭めにしている。それでショートパンツだろ、それで上のシャツは男物と変わりなし。ベストはシンプルに、でも側面がきれいな曲線を描いているだろう。そして同じネクタイをつけるんだ」
冷雅は服のことではどうのこうの言うほどの知識がなかったので黙ったままだった。
「これにね、ロングブーツをつけるんだよ。いいでしょ~」
羅貴はにこりと笑った。
「えっと。私はどうのこうの言えるほど服の知識はありません」
冷雅の言葉に羅貴は眉をひそめた。
「うわぁ謙遜の権化だ。君がいつもパーティーで着てくる服はハイセンスの塊とか噂されまくってるのに」
羅貴が冗談で言ってるのを知らなかったら怒ってサーベルを抜きかねなかった。
「あれは家人が選んでくるものです」
と冷雅は言った。
「だろうね。でもさ、紅夜は誘うんだろ?」
羅貴がわくわくしたような顔で言った。
「そろそろ休み時間の終わりですね。紅夜を呼んで軍服を見てもらいましょう」
冷雅はそういうとスルーっと戸から出て行った。
「逃げたな」
羅貴の声が冷雅の耳にも届いた。
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