現実と思い出
次の瞬間、朔隼は表情を厳しくした。紅夜も首筋に感じる殺気を感じた。振り返って攻撃を避けようとした。
しかしもう狙ってきた何かは地面で血まみれの何かに変わっていた。隣にいつの間にか朔隼がいる。サーベルを抜いている。目がいつもでは見られないぐらい厳しい目をしている。紅夜はその表情の朔隼にドキッとした。あり得ないぐらい真剣な顔だ。
「私の天使に何をしているのかわかっていないみたいだね。こいつらは。私がいるところで襲いに来るとはどこまで愚鈍になればできるのかな。大丈夫だった?」
朔隼が紅夜に言った。しかし前半部分は吐き捨てるように言っていたのでもうこの世にはいない刺客に言ったのだろう。
「ええ。大丈夫」
紅夜はいきなり襲われてぞっとした。いつもサーベルは持っておくべきだ。短剣は持っていたが気づくのが遅れたらもうこの世にはいないだろう。
サーベルをカチリとさやに直しながら朔隼は言った。
「君がサーベルを剝(む)かなくても私が君の代わりに剝(む)くよ。私の天使さん」
朔隼が紅夜の手に口づけを落とした。その時に指輪が見えたに違いない。また急に目を厳しくした。
「これは誰にもらったんだい?私以外にもらったものなんて外してもらわないと。私の天使なのだから」
なんと独占欲のある言葉だろう。その言葉が美しい紅の唇から漏れるだけでそれが最善の策のように聞こえる。
でも紅夜には冷雅との思い出——正確に言えば私(わたくし)しか覚えていないことだが——を簡単になくしたくはなかった。
黙っていると
「消えた人の思い出にすがるのは悲しみ以外ない。現実で思ってくれている人との思い出ほど人を輝かせるものはない」
朔隼はそういうと去って行った。銀髪がサラリと流れる。その様子が寂し気で何故か紅夜の心に強く響いた。
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