残酷な回想~Ⅰ~ (20)
「朔隼‼」
冷雅が激高した。
紅夜は今何が起こったのか理解できなかった。
「失礼、またね。私(わたくし)の麗しい紅夜」
冷雅は部屋を出てから肩を怒らせて歩いていた。紅夜はその様子がうれしかった。
「あいつが人に興味を示すのはまれなんだ」
友とはいえイラつく。と羅貴は続けた。一緒に夕食はどうかと誘われ、行ったことがないような高級レストランに三人はいた。紅夜は女性たちからの冷たい目線が痛かった。
「あいつは基本的に女性に対しては無関心だ。ほんとうだ。羅貴ほど気安く女性に声はかけない。まぁ声をかけたときはその女性が失神するのがおちだけどな。まずまず俺たちよりも一つ年上で、しかも火影家も知っている人が全くと言っていいほどいない」
冷雅はまだ不服そうに言った。
「でさ、朔隼が紅夜に……口づけした……ってほんと?」
羅貴が聞きたくないというように言った。紅夜は頭の中で抜けていたシーンがよみがえった。
「ああ」
短く冷雅が答えた。
「うっそ~。嘘だと言って」羅貴が本気で嘆いていた。
「本当だ」
冷雅も険悪な顔をしていた。
「乙女の唇を奪うなど……!卑劣!」
羅貴は小さな声で様々に毒づいた。
「何度か他の乙女の唇を奪ったことのあるお前が言うなよ」
冷雅は険悪な顔をあきれの表情に変えて言った。
「私(わたくし)は別に何とも思っていない」
紅夜が言うと冷雅と羅貴がぎょっとした顔で見た。
「なぜ?」
冷雅が素早く聞いてきた。紅夜は心底自分の口が恨めしくなった。
「いえ、その箇所だけ頭から抜けているというか。なので損傷はないわ」
本当は初めてキスしたのは冷雅とだったから別にファーストキスを取られたという訳ではないからなのだがうまく取り繕えたらしい。羅貴は頷いている。
「まぁあの顔が目の前に合ったら失神しなかっただけすごいけど、記憶は飛ぶよな」
冷雅は少し怪しむような目で見ていたが時計を見て、
「そろそろ帰るか」
と言った。紅夜は安心してため息をついた。
部屋に戻って寝間着に着替えてから紅夜はベッドに倒れこんだ。ふわりとしたクッションが体を支える。
こんな風に冷雅との関係を一から始めないといけなくなったのは……天皇のせいだ。
月影家には噂が流れていた。冷雅に指輪をもらったころのことだった。
「誰かが月影家を狙っている」
その噂は信じるに足る証拠があった。
まず、天皇の護衛に派遣されていた月影家のものが一人、また一人と行方不明になって行くのだ。
いつもよりも一層厳重に警備していたのだが、ある日紅夜が冷雅と会うためにこっそり抜け出した日。
帰ってくると一家が全滅していた。家はあった。しかもほとんど壊されていなかった。ただ前庭に一家全員が倒れていた。父と母も、もうすでにこと切れていた。
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