ドレス姿の紅夜(10)
「変だな」
羅貴が言った。
「はい。変というか自分の身元について驚くほど秘密にしていることが多いのです。わかっているのは月影家という事だけですが、月影など、どこの家でしょうか」
冷雅が言うと羅貴は頷いた。
「僕が我が国の一族の一覧を見ておくよ。ところでさ——」
羅貴が一気に目をキラキラさせていった。
「一瞬断られて驚いたでしょう?誘って、はいの答え以外もらったことがない君だから」
「まず誘いません」
冷雅がはっきりといった。
「まずまず、私の役目はあなたのお目付け役ですから」
そして皮肉でお返しした。
「うわぁ。公私混同のしなさが君の特徴だったのに今ではこうなっているなんて」
羅貴が嘆く真似をした。
「失礼します」
女中が入ってきた。
「何だ?」
冷雅が冷徹な声を出した。
「紅夜様から置手紙がありました。お読みいたしましょうか?」
冷雅は羅貴を見た。
「ああ。頼む」
女中は読んだ。
「今夜という事でしたのでもしお時間になりましたら寮の建物のベルを鳴らしてください。お先に失礼します」
女中が憤慨したように最後の文を読んだ。
「冷雅、これは困ったね」
羅貴は笑いながら言った。
「乙女が服に時間をかけるというのは——」
羅貴は日が落ちそうだがまだ昼と言えるぐらいの空を指した。
「こっちは一泡吹かされそうだよ。僕たちも準備を行くかい。一応定時だし、帰ってもいいっていう時間だよ」
冷雅もごく軽くほほ笑みながら言った。
「そうですね」
女中だけが訳が分からず突っ立っていた。
「君、かわいいね。今日一緒にパーティーにでも……」
と羅貴は言いかけた首筋に感じる殺気に言葉を止めた。
「いや、何でもないよ。下がっていいよ」
女中は嬉しそうに去って行った。
「だから、女中に軽く声をかけないようにと言っているではないですか」
冷雅はため息をついた。
「はーい」
羅貴はふざけた返事をした。
「時間だからという事で来たけど紅夜はまだだね」
羅貴が洒落たスーツを着て言った。
「そうですね」
冷雅もスーツだが羅貴よりもしっかりとした正式なスーツだった。
「お待たせして申し訳ありません」
そういって階段から現れたのは美しい青のドレスに身を包んだ紅夜だった。
大胆に胸元が広く開いている。この時ばかりは冷雅も耳を少し赤くした。
深い青色のオーガンジーが何枚も重なっている。色目はすべて同じに見えるが外にいくごとに色が薄くなっていく。
ウエストの部分は細く絞られている。生地がキラキラと角度によって光る。
一つにまとめた黒髪に揺れる髪飾りがついている。しかもデコルテには角度によってはありとあらゆる青系の色に変化する宝石が輝いていた。
「あの~」
紅夜が羅貴と冷雅に話しかけた。
「あっ。ごめん。とても美しいよ。どうか僕と歩いていただけますか?」
冷雅と同じようにぼおっと見ていた羅貴が手を差し伸べた。
「わかりました」
と紅夜は手を差し出した。羅貴が軽く口づけをする。紅夜は恥ずかしそうに顔を染めた。
冷雅はその様子を遠いところから見ているような気分になった。
「冷雅も来いよ」
羅貴が紅夜の手を引きながら言った。
「わかった」
もう仕事場ではないのでいつもの口調に戻りながら言った。
紅夜が一歩足を踏み出した。途端にスカートに少し深めのスリットがあることに気が付いて冷雅はさらに耳を赤くすることになった。
「会場は僕の家なんだ。君が入った途端、全員があっけにとられるだろうな」
羅貴が紅夜の耳元に囁いた。
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