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観る者を違う世界へ!あの幻の舞台が「負けない映像」で蘇る!

島田薫です。
今回はバレエダンサー・熊川哲也さんについて書こうと思います。

2年前、再演不可能と言われた大作が上演されたことがあります。2019年にBunkamura30周年記念として世界初演された『カルミナ・ブラーナ』です。熊川さんが構成・演出・振付を手がけた同作ですが、たった2公演しか行われなかったのは、非常に大がかりで、上演するには2公演が限界だったから。劇場は約2000人収容のため、世界で4000人しか観ることができなかった、まさに幻の舞台となりました。


その『カルミナ・ブラーナ』が今、オンライン限定で配信されています(27日まで)。しかも、初演にはなかった熊川さんの特別参加があるのです。近年の熊川さんは舞台に立つ機会が限られているため、これは本当に貴重。ダンサー、オーケストラ、合唱など総出演者250名超、完全無観客だからこそできた大規模映像作品の4K特別収録となっています。


作曲家カール・オルフが1936年に作曲した『カルミナ・ブラーナ』。CMやドラマでも使われているので、聴けば「あぁ!この曲!」と分かるかと思います。物語は、女神フォルトゥーナが悪魔ルシファーと恋に落ち、子を授かったものの、アドルフと名付けられたその子は悪魔だった…という衝撃的な内容です。

今回の映像作品では、フォルトゥーナを人類、アドルフをコロナウイルスと見ることができます。ウイルスを制覇してコロナから復活するというイメージで見ると、今、世界が抱える問題とリンクして、よりリアルに感じることができるのではないでしょうか。

ちなみに、劇中の熊川さんに役名はありません。それでも、画面に現れるだけで圧倒的な存在感を放ち、その姿だけで存在の意味を感じられるのです。


普段から生(ライブ)の素晴らしさを大切にする熊川さんだけに、映像をどう表現するのかとても興味深かったのですが、それについては「ライブには勝てないけど負けない映像ができた」と語っていました。

熊川さんとしては、コロナ禍での制約は耐え難いものだと思いますが、相当我慢して今回の映像作品に取り組んだのかと思うと、イギリスから帰国した20代の頃から観ている身としてはまた感慨深くもあります。


北海道出身の熊川さんは、地元のバレエ教室に通っていた子供の頃からその才能を発揮していました。当時の教室の教師によると、決して身長が高い方ではなく、むしろ小さい方でしたが、群を抜いていたのがジャンプ力。レッスン場の2m40cmの天井には、ジャンプでついた熊川さんの手の跡が薄黒く残っているといいます。そしてこの教師が、熊川さんのビデオテープを世界三大バレエ団の1つであるロイヤル・バレエ団のバレエ学校に送ったのです。

いくら実技が素晴らしくても、ロイヤルには東洋人自体が入れなかった時代でしたが、15歳の熊川さんには入学許可が下り、単身ロンドンへ。本来なら15歳のクラスに入るところ、17~19歳が通うアッパークラス、それもいきなり2年のクラスに入れられたのです。熊川さんは、なめられちゃいけないと、ピルエットを2回と言われているのに15回もやってみせたり、ジャンプも限りなく高く飛んだと聞きます。


以前、熊川さんが主宰するKバレエカンパニーを取材した際、ロンドンに行った初日の映像がVHSで残されていたのを発見し、荒れた映像を貪(むさぼ)るように見たのを覚えています。

そこに写っていたのは、レッスン場で高く飛び、くるくる回り、アピール力満点で一際目をひく色気のある少年。その少年を一目見ようと、教室の廊下には鈴なりの人。レッスン場の廊下側は窓になっていたので、廊下が人であふれかえっているのがよく分かります。教師たちまで見に来ていて、とにかく大騒ぎ。まさにロイヤルバレエ学校の一大事。少年…熊川さんが飛ぶたびに、回るたびに、とにかくすごい歓声でした。

結局、東洋人が入ることさえできないと言われた名門ロイヤル・バレエ団に入団し、21歳2ヵ月という史上最年少の若さでプリンシパルに昇格。入団以来4年の異例のスピードでした。その後、ロイヤル・バレエ団で次々と記録を塗り替えることになるのです。


熊川さんのジャンプは大げさではなく、普通の人の倍、飛んでいます。さらに、空中で止まって見えるというか、実際、止まっていると思います。そして、音もなく着地するのです。これを生で見た人間はこの瞬間、明らかに違う世界に連れて行かれる経験をし、その数秒にも満たない瞬間を忘れられなくなるのです。

さすがに今は主演を務めることはなくなり、ジャンプも当時ほど飛ぶわけではありません。でも、存在感が段違いにすごいのです。舞台に立つだけで、観ている人の血流を熱く、早くすることができる。そこにいるだけでこんなにも人間の内部を動かすことができるものなのかと、本当に感動します。


熊哲4


さて、こちらが今回の映像作品のポスターです。全くバレエを見ない人が、見て動けなくなったというほどのインパクト。たった1枚の写真からも迫力が伝わってきます。鍛え上げられた肉体にこけた頬、射るようなギラギラした瞳。まるで人類を背負っているようです。やはり彼は、バレエの神様に選ばれた男なのだと思います。

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