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あの日のミートパイ

もう30年前に卒業した短大の研修旅行が、オーストラリアで色んな体験ができる牧場ステイ+ホームステイ数日間だった。

陸の孤島と言われていた故郷に出来て間もない空港から出発した覚えがある。日本からオーストラリアまで9時間の空の旅。後にも先にもわたしが飛行機に乗った機会はこの時だけなのだが、もう朝焼けだか夕焼けだか覚えていないけれど窓から見たオレンジ色で満たされた太陽の光に、同じ学校の学生であること以外何の繋がりも無い人と言葉無く『あれ、すごいね』の表情で顔を見合わせて指差しして感動したことを覚えている。

牧場で乗馬やキャンプファイヤーなどのイベントもあったが馬の上は思いの外高くて恐怖を隠し切れずそんな声を出していたら、あなたがそんな声を出していたら馬もこわがるから落ち着きなさいって怒られたことも忘れられない。馬は好きだけど高いところと身体がむき出しで動く乗り物があまり得意ではないのであれ以来乗ることはしていないのだが、苦手を知る良い経験だった。

ホームステイは2人1組で一般家庭にお世話になる形だった。タラマラという町で、リビングが半地下で壁に大きな本棚がある素敵なお宅に泊めていただいた。そこを拠点にして全体で動く観光をしたり個々で電車移動して自由行動したりしていたのだが、夕飯はステイ先のお宅でいただくのが基本だった。1日だけ電車を間違えてしまった日があり、組んだ人が遅くなったからこのまま外で食事をしたいと言うのでステイ宅に夕飯いらないよって電話連絡をし、日本食を扱うおにぎりの店を覗いてめちゃくちゃ高いねって怯んだりしながらシドニーの町を散策した。

翌日、昨日の夕飯はミートパイだったのに、って言われ、結構なショックを受けた。外国の一般家庭で作られたミートパイなどというおしゃれなものを食べる機会を逃してしまった。実家では絶対に食卓に上がることが無いメニュー。外食よりそっちがよかった、食べてみたかったなぁ。

この後悔をずっと30年心に残していた。買って食べる機会はあったし、その気になれば作ることも出来たけれど、それはわたしが食べたかったあれじゃないんだ。そう思っていた。

これまで作らなかったのは、パイシートを作る工程が結構大変だと思っていることと、その工程の大変さを知ってはいるものの冷凍で売っているパイシートって、普段のお買い物で気軽にぽんっと買うには高めなところ、なんだけれど、昨日たまたま商品入れ替えで普段の半額以下になっているパイシートを見つけた。途端にあの日お目にかかれなかったミートパイ(イメージ)が思い出されて、週末だし、作ろう、とひき肉売り場に足を向けた。

今日作ったのは、あの日のミートパイのイメージではなく、わたしのミートパイ。絶対に違うものなんだけど、わたしが満足するスタイルで作って、楽しい気持ちで食べたら、ずっと引き摺っていた後悔がふわっと軽くなった。あの日のミートパイは2度と食べられないけれど、自分が食べたいミートパイを作って食べたら、わたしの中で食べたかったランキングが新たに設立され殿堂入りして落ち着いた感じだ。

もうあの町に行くことも無いのだろうなと思うけれど、思い出の中の後悔をこうして和らげる機会はまだあるんだな、パイシートってやっぱり便利だし美味しいし新しいものを作る挑戦もしてみたいな、と振り返ったり前を向いたりしながら美味しくいただいた。

こういうの、他にもあるかもなぁ。
きっとこれまで生きてきた時間より残りの方が少ないから、消化できそうなものを見つけたら何か小さくアクションしていってみよう、そう思い始めている。

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