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ゆうれい部員【小説】

3-Aの教室に夕日が差しこんでいた。教室の窓から校門を通り過ぎていく部員たちの姿が見える。

放課後、この教室は将棋部の部室として使われていた。多くの部員はすでに帰路につき、残っているのは数人の三年生だけだった。

「あれ、木村ってだれだっけ」

そう声をあげたのはノッポだった。そのあだ名の通り、将棋部でいちばん背が高い。ほっそりしたごぼうみたいなやつで、眼鏡をかけていた。

木村って、芸能人の木村拓哉だろうか。

どっしりと席に座っていたフトッチョも、ぼくと同じことを思ったらしい。ふくよかな手をポテチの袋につっこみながら「キムタクか」と応じた。

「ちがうよ。これ見て」

ノッポが手にしていたのは部員名簿だった。立ちあがる気配を見せなかったので、ノッポがフトッチョの席に歩み寄った。フトッチョは部員名簿を目にすると、怪訝な顔つきになった。

「木村信司? だれだこれ」
「ね、将棋部に木村なんていないよね?」
「どれどれ」ぼくも少し気になって部員名簿をのぞきこんだ。「あ、ほんとだ」

部員名簿にはたしかに『木村信司』の名前があった。学年は一年となっている。一年から三年を合わせても部員数はそんなに多くないから全員の名前を把握しているはずだが、木村なんてやつはいない。

「気味が悪いね」

ノッポが顔を青くして言うと、フトッチョはげらげらと笑った。

「どうせただのゆうれい部員だろ。一年はどっかの部活に入らないといけないから、入部だけしてぜんぜん来ないやつがいるんだよ」
「なるほど、ゆうれい部員か」

ノッポが安堵の表情を浮かべた。

「いや、ちょっと待ってよ」ぼくは思わずそう口にした。

思いだしたことがあったのだ。フトッチョの言うように、最初だけ来たやつがいた。小さい頃からおじいちゃんと将棋をさしていました、将棋が大好きです、なんて自己紹介で言っていたっけ。急な父親の転勤だとかで、すぐに転校してしまったのだ。

あの子がたしか木村と名乗っていたのではあるまいか。

すごく熱心な子だったので、ゆうれい部員と勘違いされるのは気の毒だ。かといって訂正してあげることもできない。だって、ぼくの声はだれにも聞こえないだろうから。

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