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ビデオを活用した体験設計メソッド

以前の記事にも書きましたが最近YouTubeをよく観るようになりました。YouTubeからはいつも2つの学びがあります。一つはコンテンツの中身(釣り関係がお気に入り)、そしてもう一つが映像(ビデオ)による情報性や体験性です。

情報性とはビデオのメディア特性によって時間・空間の情報が多くなることの影響、またその情報同士の結びつき。体験性とはその情報性によってもたらされる参加感や追体験感です。

今回はビデオ(映像記録)のそのような特性を考えつつ、体験設計のプロセスの中にどのように使っていけるのか考えてみます。


体験設計は「体験」を扱う

当然ですが体験を設計するためには「体験」という目に見えないものを扱う必要があります。扱うとは具体的には認識し、記録し、変化を与え、比較し、選択し、洗練させていくことができるということです。

体験設計の難しさは、そこで扱っているものをメンバーと共有しにくいため、モノ作りと同じように共通理解を持ってチームで進めにくいことにあります。例えば小説は一人の作家の頭の中だけで作ることができますが、たくさんのメンバーで開発する工業製品やサービスの体験設計は難しくなる訳です。

自動車の開発では一人の主査(絶対的リーダー)を置くことで、その人の感性によって体験設計を高めていこうとする試みが過去におこなわれていました。現在ではCXO(チーフ・エクスペリエンス。オフィサー)へと考え方は引き継がれていますが、それだけでなく現在ではチームで体験設計をおこなうことが重要で「体験を扱うメソッド」が必要になってきています。


開発中に撮影対象となる「体験」

既存製品や他社製品を使ってみたり、プロトタイプを使うことは体験ですが、ただ会社の机で触ってみるだけでは機能や操作の確認しかできません。それは開発者としての体験であり、ユーザーの体験ではありません。

人間中心設計プロセスの中では、①利用状況、②ユーザー、③製品(解決案)を扱うことが謳われており、私はこれを体験システム(体験の3大要素)と呼んでいます。つまり単に製品を操作するだけでなくユーザーの立場になり、利用状況や環境を想定してアクティングアウト/ロールプレイイングをおこなうことで体験したと言えるようになるのです。

そのためビデオで撮影する対象もこの体験システム(≒アクティングアウト)になります。製品だけの映像やユーザーだけの映像ではなく、製品とユーザーと利用環境がセットで撮影されている必要があります。


自分自身が体験することも重要

ユーザビリティテストではマジックミラー越しに客観的に観察する手法が多く用いられますが、体験設計では民族学(エスノグラフィー)に習って観察者自身がその環境の中に入ってより感覚的・文脈的に深く理解することが求められます。

これは単に何かの機能が実行可能かどうかを確認するのではなく、その体験が嬉しいものであるかどうかという意味的・経験的な価値に重きを置いているためです。

誰かに体験してもらい嬉しいか聞いてみる方法もありますが、言葉では十分にやり取りできない感情もありますので、自分自身で体験し感じることが重要になります。

一方で自分自身で体験していると、その状況を客観的な視点で観察できなくなってしまいます。ビデオを記録する目的の一つがこの自分自身の体験を客観的に観察し、味わった感情と合わせて体験をより深く理解することにあります。

体験設計において意味的価値は重要であり、そのためには自身で体験し感じると同時に、客観的な視点で行為全体を把握するためにビデオは重要なツールと言えるのです。


俯瞰映像

「利用状況、ユーザー、製品」で作られる体験システムはサイバー空間によって繋がることもありますが、フィジカル空間でおこなわれるものについては俯瞰映像によって記録・分析することができます。

フィジカルな空間(場)全体を一度に撮影できる広角レンズを用いたり、複数のアングルから撮影する方法があります。イメージとしては監視カメラです。監視カメラはなんとなくネガティブな印象がありますが現在では、そこから人の行動や機器の動作を分析するデータ活用がおこなわれており、その技術を体験設計のプロセスに取り入れることができます。

360度カメラによる自分を含めた映像や、ドローンカメラによる登山の映像を観ると、俯瞰映像があることで体験全体を理解しやすくなると強く感じます。

また昔「電車男」というサイバーとフィジカルの融合した世界を描いたドラマがありましたが、IoTを始めとする現在の俯瞰情報はその映画のように両方の世界を同時に映すものでなくてはなりません。電車男以降チャットやメールの文章と実写が融合した映像を目にするようになったことは大きな転換点だったのではないでしょうか。


主観映像

大きな視点で関係性を撮影する俯瞰映像に対して、ユーザー(主体験者)目線で記録するのが主観映像です。POV(point of view)映像とも言うそうです。YouTubeを面白くしている要素の一つは主観映像による追体験(疑似体験)にあるのは間違いありません。

体験設計では目に見える客観的な出来事だけでなく、体験によって得られる感情(情動)が重要になります。主観映像と体験中のリアルタイムな発話録音は、その記録として一番近いものではないでしょうか。

これまでもカメラは撮影者の主観映像を映していたと考えられますが、それは撮影という行為が映されていることになります。ここで言う主観映像はGoProなどのアクションカメラによって、撮影以外の行為を体験者の視線として記録されたもので、カメラのデジタル化・小型化によってようやく実現できるようになりました。


振り返り再生

映像を記録する目的は、体験を客観的な視点でじっくりと観察しユーザーの要求や製品などの問題に気付くことです。もちろん開発資料として記録を保存することもありますが、直ぐに再生して観察し、問題の抽出やアイデア出しに結びつける使い方ができなければなりません。

一般的な振り返りのタイミングは一通りアクティングアウトが終わった後ですが、体験中や体験直後にその場で、体験者を交えて振り返り再生をおこない、行動の背景にある意味や感情の情報と結び付ける話ができればより精度の高い情報になります。

少し技術的な話ですが、このビデオを見て振り返りをしている状況も録画できていると記録として大変役立つので、録画を継続しながら前の部分を再生できる装置があればベストです。


同時再生

複数アングルの映像を同時に再生することでより体験システムを立体的に確認しやすくなります。監視カメラの映像のようにタイムラインを一致させて複数映像をマルチ表示して、複数製品や複数ユーザーの連携行動、動線などの空間内での行動を確認することができます。

体験観察での複数映像は時間をずらして意図的に編集することは無いので、後から編集するのではなくスイッチャーなどの機器を使って複数映像を組み合わせて記録しておくのが良い方法です。

そうは言っても各画像はユーザーの表情や細かい操作を確認するためFHD画質は欲しかったりするので、FHDを4画面まとめて4K表示できる大型のモニタやそれを録画できる装置を用意できれば理想的です。


体験設計のためのカメラシステム

以上のように体験設計のプロセスの中でいかにビデオ映像を活用できるかをまとめてみましたが、実際にこれらの映像を撮影・編集・共有・記録するための機材を準備するのは大変なことです。

ただ以前に比べて格段に実現しやすくなっているもの事実です。「100カメ」というTV番組も最近の機材進歩で可能になったものです。

これまで製品設計の検証に多くの費用と労力を掛けてきましたが、これから経験価値の時代においては体験設計にこそしっかりと費用を掛けてこれらのメソッドを実現していくべきだと考えます。



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