AIと芸術について書き連ねるある役者の手記

これは2部構成の2部目です。
未読の方はこちらの記事を先にどうぞ。https://note.com/koyo_koyo/n/n6886522c7407



以下、私の文章です。


昨年発表され話題になったイラストAIとチャット型AI。
その驚くべき性能と手軽さで、イラストレーター業やライター業界隈が震え上がったらしい。
音楽もAIでかなり良いものが出来上がるという。

技術の進歩と共に消え去る仕事というのは古今東西存在したであろうが、今回の1番の問題点は、それらが芸術業であることだ。

人間の特権であった芸術という分野に人工知能が踏み込んできたのだ。人間という存在そのものと向き合う時期が来たのかもしれない。
過去、芸術という分野では何度も技術革新がなされた。

例えば絵画はカメラが発明されたことが影響して、結果的に大きな方向転換をしたと認識している。
肖像画が写真に取って代わられたため、絵を描くという行為や意味を見直さざるを得なくなった。
そのなかで生き残った者は、カメラを積極的に活用して新たな作風を開拓した者たちだ。
さらに時を経て20世紀絵画と呼ばれる作風(抽象画など)も誕生した。抽象画は写真では表現できない、感情や感覚を絵によって表現しようとしたものだ。
このことによって写真との住み分けがなされたと思う。

さて、私は売れない役者である。
役者は古代から主に舞台演劇を主戦場にしていた職業だったが、
ここ100年ほどで映画、テレビ、動画投稿サイトという新しい表現媒体が乱立し、その度に舞台演劇は何とかうまく共存して現在まで生き残っている。

だがおそらく22世紀に入る頃にはアンドロイドが舞台に上がっているはずだ。
動きや文章などはプログラムすれば完璧にこなしてくれるし、音声機能はだいぶと前から精度が上がっているし、あとは身体さえ完成すればもう大半の役者が必要無くなる時代がくる。
人工知能でアドリブもセリフだけならこなせるだろう。
舞台演劇という媒体は残るが、そこに立っているのは主役以外アンドロイド。なんていうことが当たり前で、全て人間の役者を使う舞台だなんて贅沢だわ!という時代が来るかもしれない。

AIとの共存こそ、21世紀を生き抜く鍵だ。

イラストレーター、音楽家、文筆家、役者。芸術家たる我々はAIと手を繋ぎながら、互いの小さな隙間にある「これは人間にしか出来ないことだ」というものを見つける旅になるだろう。
雲を掴むような話ではあるが。


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