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イラストに写真、「食のUI」のあるべき姿とは

話題を呼んだローソンPBのリニューアル

「プライベートブランド」(以下、PB)とは、コンビニやスーパーなどの小売店が、独自のブランドをつけて企画・販売する商品のことです。かつてのPBは低価格をウリにしていて、そのコスパで選ばれることが多い存在でした。

ところが、セブンイレブンが「金の」シリーズを出した頃から、その印象が「送り手の思想を込めた良品」へと大きく変わっていった気がします。こちらの記事からは、PBにかけるセブンイレブンの執念を感じます。

PBがクオリティという点で大きく向上したのに対して、パッケージのデザイン性という点においては見劣りすることが多いのもまた実態です(正確に言えば、いわゆるデザイン性をあえて追求してこなかったということでしょうが)。

ナショナルブランド(大手メーカーの商品)の練りに練られたパッケージデザインとは異なり、PBでは商品の名前と写真画像が奇をてらわずにドーンと存在感を放っていることが普通です。

そんな中、1年ほど前に、ローソンが自社PBのデザインを一新したことが大きな話題となりました。リニューアルしたローソンのそれは、ベージュピンクやクリーム色の背景をベースに、優しいタッチのイラストや手書き風のフォントがあしらわれ、従来とはまったく異なる印象を与えます。ユーザーからは賛否両方の声が大きく上がり、ネット上では「論争」にすらなりました。

デザインを担当したのは数々のプロジェクトを手掛けるnendoですが、代表の佐藤オオキさんは記事の中でこうコメントしています。

「『ローソンの商品なら生活を豊かにしてくれる』という体験を顧客が得られるデザインを心がけた」
「食卓に並べたとき、わびしさを感じないこと」
「女性にも豊かさを感じてもらい、その女性から『ローソンのPBがいいよね』と薦めてもらえるような存在にしよう」

この意図は私にもよく理解できます。女性に限らず、例えば男性の一人暮らしであったとしても、まるで雑貨のようなパッケージデザインの飲み物や食べ物が食卓にあったら、ほんの少し気持ちが和らぐこともあるでしょう。企業のビジョンとして「目指すは、マチの、”ほっと”ステーション」を掲げるローソンとしては、リニューアルはその方向性に合致したものです。

十分ではなかった「多様性」や「利便性」への目線

一方で、反対派からはそのわかりにくさに対して強烈な批判があります。写真のおかげでパッと中身や味がわかる従来のPBと違い、ローソンの新しいPBではそれが何なのかが瞬間的に理解しにくいのは確かです。「ん、何だこれ?」となってしまうわけです。

私は先日、家飲みのつまみを買おうとローソンに立ち寄ったのですが、珍味などを扱うコーナーにはこんな光景が広がっていました。

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さすがにこれでは何が何かわからず、私は途中でモノ選びを諦めてしまいました。そして結局ナショナルブランドのわかりやすいポテトチップスを買うことになったのです。

その際に感じたことが2つあります。

ひとつは、単体のパッケージデザインは確かにそれぞれ魅力的かもしれないが、「総体」として陳列された途端、魅力が逆に弊害になってしまうという点です。上記の画像を見ての通り、お客の多くは混乱してその場に立ち尽くしてしまうでしょう。点ではなく、「面での見え方」を最初に想像しなかったのだろうかというのは、さすがに気になるところです。

そしてもうひとつ感じたのは、シニアや子供、外国人などへの配慮が足りないのではないかという点です。新デザインでは、イラストおよび控えめなサイズの日本語テキストが主たる情報源になっているので、それを認識しにくい人たちにとっては、理解スピードが格段に落ちます(外国語表記もあるのですが、小さくて読みにくい)。

コンビニはインフラとして様々な人達を受け入れることが求められています。またコンビニという名が示す通り、その利便性が大きな価値だとするならば、ローソンのリニューアルは多様性や利便性という観点で損なうものが大きかったのではないかと思うのです。

ただし、そうした批判を受けて、写真画像を大きく扱うようになるなど徐々に改定も進めているようです。

変わりゆく飲食店のメニューブック

写真とイラストの問題と言えば、私が身を置く飲食店の世界でも興味深い変遷、そして新しい動きがあります。

高感度であろうとする飲食店では、メニューブックに写真を使うことを嫌う傾向が、昔からあります。写真を使うとわかりやすくなる一方で、「ファミレスやチェーン居酒屋みたいになってしまう」というのがその理由です。

もちろんファミレスやチェーン居酒屋が悪いわけではありません。とはいえ、ワインを楽しむオシャレなイタリアンレストランのメニューブックがファミレスのようだと雰囲気が出ないのというのもよくわかります。

そんな状況に新しい流れを作り出した人として私が認識しているのは、放送作家の小山薫堂さんです。小山さんがプロデュースしたとされる東京タワー下に位置するレストラン「タワシタ」では、メニューブックに写真ではなく手描きの「イラスト」を使用したのです。

これは当時、画期的なことでした。もちろん画像ほどの情報量はありませんが、名前だけではわかりにくい料理も、イラストがあればどんなものか想像がつきます。そして雰囲気のあるイラストを使うことで、料理やレストラン自体にクリエイティブな印象を与えることもできるのです。

イラストの価値に気づいた多くの飲食店はすぐに後を追い、イラスト入りのメニューブックは一気に流行しました。今でも結構な数の飲食店のメニューブックでイラストを見かけることがあると思いますが、背景にはそんな経緯があったのです。

そして、「飲食店とメニューブック」の関係については、今まさに大きく状況が変わりつつあります。ファストフードやコーヒーショップ、あるいはテイクアウトや宅配主体の飲食業態では、スマホによるモバイルオーダーがすでにかなり広がっています。

その流れは、イートイン主体の飲食店にも及んでいます。飲食店の席で食事をする際に、お客が自らのスマホ経由で注文(および決済)をするという流れは今後急速に広まっていくことでしょう。これまでの紙の大きなメニューブックを、小さな画面のスマホに置き換えるわけですから、様々な要素の根本的な見直しが必要となります。

例えば、メニュー名。紙でそれなりにスペースがある前提であれば、「岩手県 山本牧場の短角牛 30日熟成モモ肉のじっくり炭火焼き 醤油麹と赤ワインのオリジナルソース」のようなメニュー名が可能です。しかし、そんな長ったらしい名前をスマホ画面に表示させることは、効率的でも現実的でもありません。お客がメニュー全体を俯瞰するうえで、長いメニュー名は邪魔でしかないのです。

すると「短角牛熟成肉の炭火焼き」くらいが適切になるわけです。冗長な説明調だったり、ふんわりしたイメージを伝えたりするようなワーディングは避けられるようになり、むしろ直感的にイメージできるシンプルな文言が求められます。

時代とともにUIをアップデートする必要性

ビジュアルに関しても、少ないスペースでいかに多くの情報を伝えるかが重要になるわけですから、前述したようなイラストが採用されるわけがありません。わかりやすく、かつ食欲を刺激するような写真画像が有効です。

飲食店の予約台帳や顧客管理サービスを手掛ける株式会社トレタは、飲食店支援業務の一環としてモバイルオーダーの開発を進めています。すでにいくつかの店舗で実績を積んでいるので話を聞いてみると、メニュー写真の撮影でも、紙のメニューブックとスマホ画面とでは、ポイントが大きく変わるそうです。

紙メニュー時代の写真は、「商品に影ができないように」とか「手前から奥まできちんとピントが合って、どんな料理かきちんと分かるように」とか「料理は全体を必ず収める」みたいな暗黙のルールがありました。それは言わば「カタログ写真」なんです。確かにどんな料理かという情報を正確に伝えてはいます。ただし、それがおいしそうと感じさせる「シズル感」に繋がっているかというと、必ずしもそうはなっていないのです。
今は誰しもが「カメラマン」になる時代ですが、特に食べ物や飲み物を撮影する機会は多いはずです。その時にみなさんが撮っている写真は「インスタ向き」のものです。これは決してカタログ写真ではないんですよね。

では、カタログではない「いまどきの料理写真」とはどんなところに特徴があるのでしょうか。トレタからのヒアリングをもとに整理してみました。

●ライティングは一方向から当たっているのが自然。よって影がある方がリアリティがあり、影がない写真はむしろ嘘っぽく見えてしまう。
●料理全体を俯瞰して撮るのではなく、彩りが華やかだったり照りがあったりしてシズルを感じる一部のポイントにあえて寄る。
●必ずしも完成形で静的になったものではなく、調理していたり盛り付けていたりなど動的なものはむしろ歓迎される。

以下は、株式会社エー・ピーホールディングスの「塚田農場」の一部店舗でテスト運用をしているモバイルオーダーシステムの写真画像です。まさにメリハリと動きがあって、シズルを感じさせるのではないでしょうか。

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(※画像提供:エー・ピーホールディングス、トレタ)

パッケージデザインやメニューブックは、お客に食の魅力を伝えていく大事な「UI」(ユーザーインターフェイス)です。そのちょっとしたさじ加減で、顧客体験がプラスにもマイナスにも大きく振れることを、送り手はもっと意識するべきでしょう。

そしてUIのあるべき姿は、時代とともにどんどん変わっていきます。コロコロ変えることが必ずしも良いわけではありませんが、時代に合わせて常にアップデートしていく姿勢を持つことが何より大切だと思います。


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