見出し画像

「業態」ではなく「店格」で選ばれる時代へ

「業態」の時代は終わったのかもしれない

しばらく前のことではありますが、2軒の人気の飲食店に行きました。ひとつは渋谷の居酒屋、もうひとつは池尻大橋(渋谷の隣駅)の立ち飲みバーです。どちらも最寄り駅から徒歩10分以上離れているのに、若いお客さんを中心にとても賑わっていました。

ただし、食べたり飲んだりした感想としては、「良い店だとは思うけれど、そんなに特徴があるわけでもないし、格別おいしいわけでもないなぁ」というものでした。「全体的な『雰囲気』が人気のお店なんだな」という印象だったのです。

さて、ここで少し話をさかのぼります。5年近く前に僕はこんな発信をしていました。

伝えたかったことは、端的に言うとこんな感じです。
・飲食業界において、「新しいネタ探し」はさすがに限界に来ている。
・今求められているのは、目新しいものではなく、むしろ普通のものを「深掘り」すること。

そして、5年前の「FOODIT」(外食xテクノロジーのカンファンレンス)に登壇した際にお話しした内容も同じ切り口で、このときのテーマは「業態開発の終わり」というものでした。僕自身の仕事において、お店作りは大きな比率を占めているのですが、「新しい業態をつくる」ということに対しては、かなり懐疑的になっていたのです。

飲食業界ではありとあらゆる業態のお店がすでに出尽くした。なのに、これ以上無理矢理に『こんな新しい業態をつくりました!』というのは限界があるんじゃないの? そんなことを思うようになっていたわけです。

ただしこの時には、不毛とも言える業態開発競争が終わったとして、じゃあ次の論点は何なのか?ということは、正直自分自身がよくわかっていませんでした。

「人格」ならぬ「店格」が重要になってきた

さて、話を冒頭に戻します。僕自身が2軒の繁盛店に対して「雰囲気で売っているようだ」と思った際には、心の奥底で「味やサービスなどの『本質』で勝負していないのでは?」と少し斜めに見ていたような気がします。

けれども、よくよく考えてみると、実は「雰囲気」こそが、今の時代の大切な要素なのではないかと最近になって思うようになりました。

「雰囲気」や「空気感」では、あまりにもふわっとしたニュアンスですので、もう少し考えてみました。そこで思いついたのが「店格」というキーワードです。「格」という言葉からは「敷居の高さ」とか「品格」をイメージしてしまうかもしれません。

ただし、ここで言いたいのは、人に「人格」があるように、店にも「店格」があるのではないかという意味です。別の言葉で言えば、「キャラクター」や「個性」、あるいは店が放つ「バイブス」と言ってもいいかもしれません。

店が大切にしている価値観や美意識、そしてそれらの結果として醸し出される「店格」、それこそが今、店選びの重要なファクターになってきたような気がしています。

料理の味やサービス、あるいは内装デザインなどの要素は、ともすると5点満点で評価することもできなくはありません。しかし、数値化しようのない店格にこそ、飲食店の本質が潜んでいるような気がするのです。

若い層は食べログを使わない、むしろインスタを見て店を選ぶという話が以前からありますが、スマホの画面からにじみ出る「店格」が自分と合うか合わないかを瞬時に読み取っている、つまりハイコンテクストな店選びをしているのだと思えば納得できます。

あなたの好きな店に「コンセプト」はありますか?

考えてみると、飲食店におけるコンセプトというものも実は難しいものです。僕の仲間の会社(説明するのがちょっと難しいのですが)のフェアグランドが展開する人気の和食店には、明快なコンセプトがあるわけではありません。

同社の経営する「並木橋なかむら」を説明しようとすると「大きなオープンキッチンで、季節の食材を生かした料理を、活気あるサービスで提供している店」となるのですが、「果たしてそれはコンセプトなのか?」と問われると、「それ自体は当たり前のことだよね」となってしまいます。

みなさんも自分が好きで通っているお店を想像してみてください。そこに奇抜だったり、切れ味鋭かったりするコンセプトなどないケースがほとんどではないでしょうか。それはきっと、普通においしい焼き鳥屋さんだったり、店主が優しい町中華だったりすることでしょう。そこの何に惹かれているかというと「総合的な店の雰囲気」、つまりはここで言うところの「店格」になることが多いだろうと思うのです。

小さな飲食店がもてはやされるわけ

もしも、「業態」で競い合う時代が終わって、お客さまが自分と価値観の合う「店格」で選ぶようになってきているならば、「小箱」の飲食店が人気なのも当然の帰結かもしれません。

小さな飲食店では、店主やスタッフのキャラクターがそのまま「店格」に直結するので、お客にとっては「自分と合う合わない」がすぐにわかります。そして合うと思えば、そこは自分にとっての大切な居場所になるはずです。

長らく飲食業界では「大箱飲食店」は避けられるようになっていますが、その一番の理由は経営の難易度の高さです。膨大な初期投資に加えて、ランニングでも高い家賃が発生して経営を圧迫します。さらには圧倒的な人手不足も大箱レストランの運営を苦しめます。

しかし、大箱が避けられるもうひとつの理由は、実は「店格」の作りにくさにあるのではないかとも思うのです。大型店ではスタッフの入れ替わりやシフト変動も大きく、一人ひとりの存在感は希薄になりますから、結果的に店格をつくるのは相当大変なことです。

かつてのグローバルダイニングの店舗には、明確な店格を感じましたし、その後継とも言えるヒュージという会社の店舗でもそれを体現できているように見受けられます。しかし、それをできるのはほんの一握りの店舗にすぎないでしょう。結果的に、個性的で魅力的な飲食店を始めようと思うならば、それが企業体であっても自然と小さいお店を選ぶ傾向が強まっているのでないでしょうか。

店格の時代にどうしたらよいのだろうか

さて、もし業態の時代が終わって、「店格」が大事になっているとするならば、経営者は一体どうしたら良いのでしょうか。もちろん明確な答えがあるわけではありません。しかし、最初に意識すべきは「次は何が流行るか?」というギラギラした目を捨て去ることかもしれません。

もちろん食の世界にはトレンドは存在しますから、それを上手に取り入れることは大切です。しかし決してそれは入り口であるべきものではないはずです。むしろ、自分が本当に好きなもの、そしてお客さんに食べたり飲んだりして欲しいものをしっかりと深掘りすることこそが肝要なのだろうと思います。

そして人数は多くなくていいから素敵な仲間を集めること。その仲間とともに、自分たちが好きなものをいかに深掘りして、どのように表現するのか。ここをしつこくしつこく突き詰めた先に、「店格」なるものが現れてくるのではないでしょうか。

* * * * *

2023年11月15日に開催されるFOODITが「小さいお店」に光を当てるのは、ここまで書いてきたようなことも大きな理由のひとつです。小さくて繁盛しているお店には、必ずキラリと光る何かがあるはずです。ライフスタイル、テクノロジー、社会的意義など様々な側面から、小さいお店について掘り下げていきます。

詳しくはFOODITのサイトをご覧ください。

(※2023年11月11日追記)
ここで書いた内容を「結局は『人が大事』っていうことだよね」と解釈されてしまうと、元も子もない、思考停止状態になってしまうと思います。確かに、人が大事なのは当然なのですが、人の魅力をベースにしつつも、それだけに頼らない店の魅力を、いかにして作り上げていくかこそが重要なのだと考えています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?