見出し画像

リーダーの矜持?キリンの本気を感じる3つのプロジェクト

キリンの動きが面白い

10月1日から酒税法が改定されて、ビールや新ジャンル(第三のビール)の価格が変わることが、あちこちでニュースとして取り上げられています。私も以前、酒税の変化に関して「金麦がビールと同じ価格になった時、あなたはどちらを選びますか?」という記事を書きました。

日本では俗に「大手4社」と呼ばれるアルコールメーカー・ビールメーカーがあります。アサヒ・キリン・サッポロ・サントリーのことです。各社ともに、マーケティング戦略や営業戦略としてあの手この手を打っていますが、この数年、私がその大胆な動きにもっとも注目しているのがキリンです。日経新聞でもこのような特集が組まれていました。

新ジャンルに本気で立ち向かった「本麒麟」の快進撃、あるいは、先日発表された新商品「一番搾り 糖質0」など、非常に興味深く、掘り下げてみたいテーマは色々あるのですが、私が個人的に「凄み」を感じたのは以下の3つの打ち手です。

【プロジェクト①】47都道府県の一番搾り

キリンは2016年5月に「47都道府県の一番搾り」なるものを発売しました。その思いや概要は次の通りです。

これまで、「ビールは全国どこでつくっても同じ味」がビール業界の常識でした。(中略) 国内ビール市場は、20年間で約180万kl減少、これは「お客様にとって、ビールが魅力的でなくなってきている」ことが原因だと考えました。
そこで、もっと多様な味わい、個性や地域性が楽しめ、つくり手の思いが感じられるビールを目指し、「地元の誇りを、おいしさに変えて」をスローガンに、プロジェクトがスタート。全国9工場の醸造長・全国の営業メンバーが、地元の方々と一緒になって、使用する原料や醸造法にもこだわった地域ごとのレシピを開発し、47種類のビールをつくり上げました。

要するに、同じ一番搾りブランドながら都道府県ごとに異なる47種類のビールを作り始めたのです。最初にこのニュースを見たときには、「とんでもないことをやるな」という感想を抱きました。上記リリースにもあるように、「ビールは全国どこでつくっても同じ味」は常識ですし、ナショナルブランドというものは、「同じである」という安定感や安心感こそが価値でもあるはずです。

そして何より、会社にとっての本丸である一番搾りというブランドで、リスクの極めて大きいチャレンジをすることに、非常に驚かされたのです。キリンには、かつて圧倒的王者だった頃にも、そしてアサヒにシェアで逆転されてからであっても、「保守的」というイメージが付きまとっていたように感じます。基本的には何事にも正攻法のアプローチで、「革新」のイメージは希薄。そんなキリンが、まさかの大胆なチャレンジをしたのです。

このプロジェクトは一部では好評だったようで、「日本マーケテイング大賞」も受賞しています。ただし想像するに、社内的や業界的には相当な混乱もあったのでしょう。結果的にはこの商品の販売は終了しています。しかし、少なくとも外部から見た限り、この試みは決して失敗ではなかったと思います。「キリンは本気で自らを変えようとしている」という意気込みが伝わるには十分でした。

【プロジェクト②】スプリングバレーブルワリー&タップ・マルシェ

2010年代なかばには「クラフトビール」という言葉が一般化していきました。1990年代後半に「地ビール」としてブームになり、その後急速に沈静化してしまった「非メジャー」のビールが、「クラフト(=手作り・手触り)」という価値とともに、今一度注目を集めるようになっていったのです。

アメリカではクラフトビールの存在はとても大きなものになっています。2018年のデータではビール市場の中で、数量ベースで13%、金額ベースでは24%をもクラフトビールが占めています。それに対して、日本はわずか1%程度。ビール市場全体が微減傾向にある中で、程度の差こそあれ「クラフトビールにはポテンシャルがある」というのは多くの関係者に共通する見解です。

とはいえ、大手ビールメーカーはこのクラフトビールにどう向き合うべきなのかは、なかなか難しいテーマです。下手に力を入れてもそれほど大きな売上は期待できないかもしれない。むしろ自社の主力ブランドに対してはマイナス効果を与えかねない。そんな思いがあるでしょうから「社名をあまり出さない形で、『クラフトビール風』の新商品を発売する」というあたりが落とし所になりがちです。

しかしキリンは違いました。アメリカに限らず、世界的に起こっているクラフトビールへの追い風に対して本気で乗っていくことにしたのです。2015年には代官山と横浜に「スプリングバレーブルワリー」という醸造所をオープンさせます。日本のメジャーなビールブランドのほぼ全ては「ピルスナー」と呼ばれる、黄金色ですっきり飲みやすいタイプですが、同醸造所ではピルスナーとは全く異なる様々なタイプのビールを開発し、出来たてを併設レストランで楽しむことができるのです。2017年には京都にも開業しています。

ここまででもすごいのですが、その動きを強く加速させたのは、その後に投入した「タップ・マルシェ」という器材です。クラフトビールがメジャーになれない大きな要因に「裾野の広げにくさ」があります。例えば、スーパーやコンビニでは売り場の「棚」が限られているので、値段も高めのクラフトビールはなかなか入り込みにくい実態があります。また飲食店においても、いわゆる生ビールサーバーは多くの場合、1つや2つしかありませんから、それをクラフトビールに割くところはほとんどありません。仮にクラフトビールを導入しても、回転しないと品質が劣化してしまうので、店にとってはロスを出しやすい商材なのです。

そこでキリンが開発したのが、3Lの小型ペットボトルにクラフトビールを詰め、異なる種類のビールを2本あるいは4本同時に装填できる「タップ・マルシェ」というコンパクトなビールサーバーです。この画期的なところは、これまでであればサーバーから注ぐクラフトビールが取り扱えなかった小規模な飲食店(ワインバルや居酒屋に寿司屋、あるいはたとえそれがカラオケスナックであっても)が、ロスなどの心配をすることなく、気軽にクラフトビールを扱えるようになったことです。つまり、これまで一部の店舗やビールファンに限定されていたユーザーの裾野をぐっと広げる効果が期待できるのです。

もうひとつ着目したいのは、タップ・マルシェのビール商品ラインナップに積極的に他社製品を採り入れているところです。自社のスプリングバレーや提携先であるヤッホーブルーイング(よなよなエールなどを製造)の商品は当然ですが、「常陸野ネスト」「伊勢角屋麦酒」「ファーイーストブルーイング」など、クラフトビール界のキープレイヤーを巻き込んで、その商品も販売しているのです。これは、業務用クラフトビールの販売プラットフォームをつくるという動きであり、言葉を変えればクラフトビール全体をエコシムテムと捉えて、その発展を目指していることに他なりません。

【プロジェクト③】ホームタップ

最後に触れたいのは「ホームタップ」です。これは簡潔に言えば、「工場直送の出来たて生ビールを、家庭用の専用サーバーで楽しめるサブスクリプションサービス」です。家庭でも缶ビールではなく、お店で味わうあの「生ビール」を楽しみたいというのは、ビール好きにとっては憧れでしょうが、それを実現したサービスです。

ちなみに肝心の価格は、月に1Lのペットボトルが4本届くプランの場合、基本料金と合わせると、総額7,500円(税別)です。330mlのグラスで飲んだとすると、1杯あたり625円という計算です。決して安くはありませんが、ホームタップは発売当初から注文が殺到し、現在でも申し込みをしてから、実際に届くまでには3ヶ月程度の時間を要するほどの人気ぶりです。

ここで注目したいのは、ホームタップによってメーカーとユーザーが直接繋がる世界を構築している点です。通常の缶ビールであれば販売に際して、卸問屋や酒販店、そして小売店を間に挟みます。あるいは業務用商材であっても、間には同様に酒販店、そして飲食店が入ります。結果的に、メーカーにはユーザーに関する情報が蓄積していくとは言えない状況です。

しかし、ホームタップではエンドユーザーの基本情報をキリンはしっかりと獲得することができます。しかも、高単価商材を継続的に購入してくれる優良顧客のデータです。今注目を集めているリテールの世界のキーワードに「D2C」がありますが、「Direct to Consumer」すなわち「消費者と直接繋がること」は、これからのマーケティングにとっては欠かすことのできないものになるはずです。

どのような顧客体験を提供するのか、どのようにして継続的に顧客と繋がるのか、そして顧客の声をいかに次の施策に繋げていくのか。ホームタップには、これまでの商品やサービスにはない、キリンの深い戦略が込められているのは間違いありません。

**********

大手ビールメーカーの戦略と言えば、従来型の新商品投入によるシェアの奪い合い、広告中心のコミュニケーションによるブランディング、外食チェーンへの積極的なセールス、海外飲料企業の買収などばかりでした。そしてもちろんその構造自体は今後も続くでしょう。

そんな中、キリンは一足先に、違うフェーズの戦い方に軸足を移しているように見えます。もちろんここで触れたクラフトビールやD2Cも数年後に振り返った時に、どのような結果になっているかはわかりません。しかし、キリンが「本気で、面白いチャレンジをしている」ことには変わりありません。引き続き、同社の動向には注目していきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?