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「気分はグルービー」

 1970年代、「週刊少年チャンピオン」は絶頂期だった。「ドカベン」「ブラック・ジャック」「キューティーハニー」「がきデカ」「750ライダー」「マカロニほうれん荘」……と人気作品がきら星のごとく連載されていた。萩尾望都さんが作画を手がけた「百億の昼と千億の夜」や柳沢きみおさんの「月とスッポン」など、少年ばかりでなく、少女たちも十分楽しめるラインナップだった。70年代終わり、部数は200万部を超えた。

 80年代に入ると、「週刊少年サンデー」であだち充さんの「タッチ」が始まるなど、ライバル誌が台頭。「チャンピオン」は次第に元気をなくしていった。それでもしばらく、私は「チャンピオン」を読み続けた。なかでも一番好きだったのが、「タッチ」と同じ81年に連載が始まった「気分はグルービー」(佐藤宏之さん)だ。

 高校生バンド「ピテカントロプス・エレクトス」のメンバー5人の群像劇である。連載は84年まで続き、高校生になってから、私は全13巻の単行本をこつこつ買いそろえた。連載当時は「バンドブーム」の前夜。マイケル・ジャクソンやプリンス、マドンナといった海外スターのプロモーションビデオに夢中になった中学生たちは、高校に進むと、競うように楽器を手にとった。

 5人は私より、少し年上の設定だった。主人公でドラムの「ケンジ」と、ケンジが恋心を抱くキーボードの「ヒサコ」を軸に、物語は展開する。今よりずっと、バンドは「不良がやるもの」で、親や学校の理解を得られにくかった(たぶん、最初に潮目が変わったのはバンドブームだ)。

 ケンジやヒサコらは、高校生なのに、当たり前にタバコを吸い、酒を飲む。彼や彼女は少しばかり「普通」からはみ出してはいるけれど、あの頃、バンド少年・少女ばかりでなく、ちょっと「とっぽい」高校生たちは、みんな飲酒や喫煙をしていた。良し悪しは別として、社会は今より、ずっと寛容だった。コンプライアンスがうるさい現在では、きっと、こういう描写は不可能だろう。

 5人はみんな、バンドにのめり込み、親や学校の理解のなさに悪態をつき、恋に悩む。まだ何者でもない己を自覚しては将来の不安におののいて、それでも夢を追い続けることを模索する。こう書くと、ずいぶんシリアスな内容に感じられるかもしれないが、至るところにコミカルな要素がまぶされて、全編を通じペーソスあふれる作品に仕上がっている。ケンジやヒサコらの喜びやしくじりは、すべてが同時代に青春を過ごした若者たちに突き刺さり、あははと笑って、ちょっと涙ぐみ、あれこれ考えさせられるのだ。

 その後、バンドを描いた漫画はたくさん刊行されている。それでも私にとって、「気分はグルービー」は揺らぐことのないこのジャンルのナンバーワンだ。検索すると、アマゾンでも古本が販売されているだけで、絶版になっているらしい。なんとも残念だ。

 5人は折に触れて、なじみのバーに通う。暑い夏、定番は「フローズンダイキリ」だ。ヘミングウェイが愛したことで知られるハバナ生まれのこのカクテルを、私は「気分はグルービー」で知った。ラムとキュラソーとライムジュースとシュガーシロップを、砕いた氷に混ぜ合わせる。大学時代、漫画を思い出してバーではじめて注文し、あまりのうまさに虜になった。

 もう少しで鬱陶しい梅雨があける。近所のバーで、フローズンダイキリを頼んでみようと思っている。




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