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ホントは恐ろしい偽・誤情報対策 : 有識者会議の傍聴記

正式名称は「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(以下:デジ健)です。7月1日の第31回デジ健ワーキンググループ(WG)では、「ワーキンググループ中間とりまとめ(案)」をめぐって議論がなされました。気になる点を以下にいくつか挙げていきます。



偽・誤情報の定義を巡る混乱

この検討会は少し前まで、「規制ありき」みたいな雰囲気がありました。リスクや問題をやけに前面に出したり、海外の法規制や取り組みを事細かに紹介してみたり。ところがここにきて急に、偽・誤情報の定義がクローズアップされてきた感があります。「定義」の問題は今まで先送りにされてたのに……。そういうのは真っ先にやってよ、と毎回じりじりしながら傍聴してたんですけどね。

議論が進んで、とりまとめ案を検討していくにつれて、表現の自由とか偽・誤情報の定義、対処を要するコンテンツの範囲といった論点にどうしてもぶち当たるというか、避けては通れなくなってきたようです。

なりすましや詐欺広告などは明らかに違法ですから、話は簡単で、迷わず規制をかけられます。扱いが難しいのは、違法性はないけど有害性や社会的影響の重大性が大きいとされる偽・誤情報です。違法性は法律に照らして判断できるけど、有害性や社会的影響は判断基準が曖昧ですからね。規制に慎重になるのは当然で、さじ加減を間違えたらえらいことになります。

7月1日のデジ健WGでも、対応すべき偽誤情報の定義をどうするかで意見が分かれていました。まずは定義を決めて、対応すべきところから対応できるようにしようという意見と、法的規制をかけるのではなく方針を示すものとして、定義ではなく「範囲」くらいにするのが無難だろうという意見があったんです。両サイドのせめぎ合いがあるがゆえに、この期に及んで「定義」が決まらないのかもしないですけど。

ある現象に対処しようとする際に、その現象が何であるかよくわからないまま手を付けることって、ありなんでしょうか? どんなテーマを議論するにせよ、中核となる概念の定義は避けられないはず。ましてや「偽・誤情報」や「フェイクニュース」といった、比較的新しいテーマを論じるのなら、定義づけがかなり重要ではないかという気がします。

この検討会は、先日出された「とりまとめ素案」の冒頭部分を見ればわかるように、デジタル空間にはリスクや問題があって危険な状態だ、という認識が大前提となっています。具体的に何が危険なのか、その中身に相当するのが「偽・誤情報の定義」だと思うのですが、そこが曖昧なんですよね。だから、蛇がいるかどうかわからないのに、藪をつついてるみたいになってしまう。

定義をきちんと定めず、対処を要する範囲を曖昧にしたままでは、恣意的な運用を許してしまいます。「社会的影響が大きい」という理由で、行政や大手マスコミに批判的な意見が排除されるおそれがある。私だってNHKのワルクチを散々言ってきましたから、下手するとアカウント削除されるかもしれませんね。(ちなみに総務省のこの検討会では、「問題のある言説」に対して総務省や国が直接的に規制をかけるのではなく、MetaやGoogleなどのプラットフォーム事業者に迅速な対応を促すことを主な目的としているようです)。


マスメディアの「誤報」はお目こぼし?

実は前回のWGで出された論点整理(案)に、かなりおかしな記述がありました。

パロディ・風刺や伝統メディアによる誤報など、「客観的な有害性」及び「社会的影響の重大性」がともに小さい情報については、対応を検討すべき「偽・誤情報」の範囲に含まれないものと考えることが適当ではないか。

資料WG29-1 論点整理(案) p.4より。強調筆者

……って本気で言ってる?もしかして誤植?と驚いてしまって、思わずTwitterに投稿したら、思いのほか反響がありました。誰しも不思議に思いますよね。マスメディアの「誤報」の有害性と社会的影響が小さいって、いったいどういうこと?

SNSで匿名の個人がつぶやいてバズってもしょせんネットの世界の出来事で、一過性のものです。でも、大手マスコミには社会的信用があり、テレビや新聞の報道は実社会への広がりが相当あるのです。だからこそマスメディアの誤報は有害で、社会的影響も大きい。しかもその中には、「誤報」の一言で片づけられない、意図的で悪質な虚報・ねつ造も多く含まれています。私のように大手マスコミから報道被害を受けた人間は、それを身をもって知っている。虚偽の報道が多大な影響を及ぼすということも。

マスメディアの誤報・虚報が及ぼす影響は、社会全体を巻き込むことすらあります。それは先の戦争での報道が証明していますよね。マスコミが権力と結び付いた時の社会的影響力の大きさたるや……SNSの比ではありません。いざとなれば全国民を騙して、従わせることができるのですから。

それなのに、今回のデジ健で出された中間とりまとめ案でも、当該箇所の論調は変わっていませんでした。報道機関の影響力をわざと小さく見積もっているかのようです。そのわりには、「デジタル空間の健全性」を確保するために、NHKはじめ伝統メディアに「参照点」の役割を期待する。これは過大評価じゃないかな。矛盾してますね。

なぜメディアの「誤報」を除外するか、その論拠が中間とりまとめ案の注釈に示されています。

このほか、報道の自由(最大判昭和 44 年 11 月 26 日刑集 23 巻 11 号 1490 頁(博多駅テレビフィルム提出命令事件))に基づく自律的な努力が求められる報道機関等について、その自律性を尊重する観点から、伝統メディア等による誤報を上記「一定の類型の情報」に含めることも考えられる。関連して、EU の「2022 年偽情報に関する強化された行動規範」でも「誤報」(reporting error)が「偽情報」の定義から除外されているほか、豪州の 2023 年通信法改正案でも「専門的なニュースコンテンツ」(professional news content)が適用除外とされている。

資料WG31-1 中間とりまとめ(案)p.15の注33より。強調筆者
※「一定の類型の情報」とは「対応を検討すべき偽・誤情報の範囲に含まれないもの」を指す


表現の自由という不自由(権力側にとっての)

報道機関の「報道の自由」には配慮して適用除外とするのに、SNSの個人ユーザーの「表現の自由」は規制していいのか、という引っかかりを感じます。もちろんデジ健の議論においても、個人ユーザーとPF事業者における表現の自由については目配りがあり、7月1日のWGではいつにもましてそれを感じました。表現の自由に配慮して慎重に、とか、過剰規制にならないように、といった指摘が何度か出てましたからね。

「中間とりまとめ(案)」のこんな文言にも、慎重さが表れています。

上記のとおり、権利侵害性その他の違法性はないが有害性や社会的影響の重大性が大きい偽・誤情報は、違法性のない情報であることから、第三者からの申出・要請を契機とした可視性への影響が大きいコンテンツモデレーション(情報の削除、アカウント停止・削除等)について上記(ⅰ)から(ⅳ)までのような対策の実施を制度的に担保することは、そうした措置の実施により、違法性のない情報に関する利用者の表現の自由を実質的に制約するおそれがあるため、当該偽・誤情報の特性・性質(有害性や社会的影響の大小・明白性、誤りが含まれることの明白性)を考慮しつつ、引き続き慎重な検討が必要である。

一方、情報伝送 PF 事業者が自主的な判断により、こうした情報の流通・拡散を抑止するため、利用規約等に基づいて、情報の可視性への影響が大きいコンテンツモデレーションの措置を講ずることは妨げられるものではない。

資料WG31-1 中間とりまとめ(案)p.21-22より。強調筆者

最後の太字部分を見てください。"我々からは手出ししないけど、君たちが手出しするのは止めないよ"ってことです。暗にPF事業者に自主規制しろと言っているようなものですね。こういうスタンスが国や監督省庁としては理想なんでしょう。自ら手を下すと公権力による弾圧だと言われかねないけれど、PF業者が意を汲んで「自主的な取り組み」をするぶんには、表向き問題はないですから。

慎重論の一方で、表現の自由を規制の障壁と見なす意見が、第8回のWGで出されていました。

また、強すぎる表現の自由の保障が、情報伝送 PF 事業者に対する規制を含め、必要な規制を妨げているのではないかとの問題意識が広がっているとの意見もある

資料24-1とりまとめ素案 p.184より。注216も参照のこと。強調筆者

表現の自由の保障が強すぎるとは……どこかで聞いたような言葉だな、と思ったら、今年1月のフジテレビ番組審議会で似たような発言がありました。

人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、テレビ局の挑戦も締め付けられ、番組がつまらなくなり、世の中から見捨てられてしまうのではないか

フジテレビ第533回番組審議会議事録概要より。強調筆者

表現の自由も人権意識も「強すぎて困る」のは、規制をかける側の都合だと思いますけどね。


パロディをフェイク扱い?

「パロディ」や「風刺」の扱いをどうするか? という話が、今までデジ健で何度か出ていました。これらの表現は基本的には対処すべき偽・誤情報に含めないというのが、諸外国では優勢な見方のようです。デジ健では、パロディ等の中には有害性があってグレーなものもある、という意見が出ていました。ネガティブな意図(ヘイトなど)によるものがある、ということです。今回の中間とりまとめではそれを反映してか、パロディや風刺を明確には適用除外としていません。

「一定の類型の情報」として、例えばパロディ・風刺などが考えられる。この点、豪州の 2023 年通信法改正案(CombatingMisinformation and Disinformation Bill)は、「真に娯楽、パロディ又は風刺の目的で作成されたコンテンツ」を適用除外としているところ、我が国で対応すべき「偽・誤情報」の定義・範囲を検討するに当たっては、「真に」等の要件を求めることによる限定の要否が問題になり得るとの指摘がある。

資料WG31-1 中間とりまとめ(案)p.15の注32より

ここで問題とされているのは、この種の言説がどのような意図で発せられているか、という点なのですが、「意図」を客観的に判断することは、ほとんど不可能です。偽・誤情報の定義と同じく、「真の」パロディや風刺とそうでないものの線引きは曖昧で、過剰規制の余地を残してしまう。それに、表現の自由を語るうえできわめて重要なのが、これらの言説です。パロディや風刺は、庶民が政治家や政府を批判するための、ささやかでありながら有効な手段です。たかがパロディと侮るなかれ、なのです。

パロディを偽・誤情報として報じた事例が、つい最近ありました。都知事選演説の写真を加工したTwitter投稿がファクトチェックの対象とされ、「検証記事」が書かれて、さらにその検証記事が全国紙に掲載されたのです。

①対象となったSNS投稿

②日本ファクトチェックセンター(JFC)の「検証」記事

③JFCの検証記事を紹介した毎日新聞の記事

①のSNS投稿者は、加工後の画像の直後に加工前の画像を投稿しています。画像が本物ではなくパロディであることを、自ら明かしているのです。加工後の画像についたリプライや引用を見ても、本物だと思い込んでいる人は少なく、一種のおふざけだとわかっている人が大半を占めていました。投稿の内容だって、とりたてて過激ではありません。

わざわざファクトチェック対象にする必要があったのか、ひいては全国紙がそれを無批判に受け入れて「コタツ記事」を書き、拡散するほどのものだったのか、理解に苦しみます。PV稼ぎを目的とした記事なのかと、勘繰りたくもなる。そのような意図が無いにしても、これでは結局のところ、①②③のいずれの言説もアテンションエコノミーに回収されてしまいます。


自由からの逃走

今回のWGでは、今後のおおまかなスケジュールが示されました。パブリックコメントを募集するようですが、どの程度集まるのでしょうね。最近はぼちぼちメディアでもデジ健のネタが取り上げられるようになったものの、いまだに世間の注目は少ないし、メディア関係者の関心も薄いようです。

そういえば「中間まとめ」の前に出された「とりまとめ素案」に、気になる箇所がありました。

全体として、偽・誤情報対策に取り組むべき主体の回答で、すべての国で最も高くなったのは「政府機関」であり、政府に望む偽・誤情報への対応姿勢は、日本では、「人々が情報を自由に公開したり、アクセスすることを制限しても、オンライン上の虚偽情報を制限する措置を講じるべき」(41.1%)となり、「デジタルプラットフォーム事業者」に望む偽・誤情報への対応姿勢は、日本では、「人々が情報を自由に公開したり、アクセスすることを制限しても、オンライン上の虚偽情報を制限する措置を講じるべき」(43.9%)となった。

資料24-1「とりまとめ素案」p.161より

上の引用は、総務省の委託で実施されたアンケート結果の一部です。政府に対してもデジタルプラットフォーム事業者に対しても、「人々が情報を自由に公開したり、アクセスすることを制限しても、 オンライン上の虚偽情報を制限する措置を講じるべき」と考える人が4割程度、という結果が出ています。偽・誤情報への危機感が強いためなのか(煽られてる?)、私権の制限にはあまり抵抗感がなさそうです。

さらに同調査では、偽・誤情報の対策に取り組むべき主体についても質問していますが、日本で最も多かった回答は「政府機関」で50.1%、次いでSNS事業者、三番目に新聞・テレビが続きます。一方、NPO等の民間団体や大学などの研究機関を挙げる割合は、他国に比べて低いです。草の根で下から改善していくよりも、政府主導で上から規制かけていく方が好まれるようですね。

自由よりも安心・安全を選ぶ人が多いのだろうし、自分自身が規制・排除の対象になるとは思っていないんでしょう。だから、「表現の自由が侵害される!」などと訴えても、残念ながら一般の人はおろか、マスメディアの人たちにも響かないんですよね。

政府主導の偽・誤情報対策はこのところ急ピッチで進んでいますが、もっと時間をかけて議論を重ねた方がいいように思います。みんなが知らないうちに決まっていて、ふたを開けたらびっくり!ってことにならないように。


資料

■資料23-1-1とりまとめ素案(旧)第1章から第6章「1.対応の基本的な考え方」まで 6月19日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000953304.pdf

■資料23-1-2 とりまとめ素案(旧)第6章「1.対応の基本的な考え方」について 6月19日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000953289.pdf

■資料WG29-1 論点整理案 6月25日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000954489.pdf

■資料24-1 とりまとめ素案(新) 6月27日 
https://www.soumu.go.jp/main_content/000955234.pdf

■資料WG31-1 ワーキンググループ中間とりまとめ案 7月1日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000956165.pdf

とりまとめ案決定版 7月16日公表
https://www.soumu.go.jp/main_content/000958787.pdf


※8月20日までパブリックコメント募集中

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000416.html


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