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ファクトチェックという暴力

能登半島地震の被災地で自ら被災しながらも、炊き出しなどの支援活動を続けている方がいます。先日この方のTwitte投稿を、日本ファクトチェックセンター(JFC)が「不正確」と判定し、判定結果をウェブサイトとTwitterで公開しました。

すると非難の声が多数あがったのです。翌日、JFCのTwitterアカウントからは、判定結果が消えていました。

いわゆる「炎上」というやつですね。なぜそうなってしまったのか、経緯をたどりつつ原因を考えてみます。



1. 不十分で一方的な “取材”

ファクトチェックの対象とされたのは、以下のツイートです。

ここには弁当配布をめぐる行政とのやり取りが書かれています。「5月14日から珠洲市では弁当すら無くなります…」という言葉で、投稿者の「おいこらさん」が被災地の窮状を訴えています。

JFCはこれを検証対象としました。「検証過程」として珠洲市のウェブサイトをチェック。さらに、弁当を配布している珠洲市健康増進センターに「取材した」とありますが、どのような手段をとったのかすら明示されていません。電話なのかメールなのかもわからないのです。

そして行政からは、「避難所にいる人や困窮している人には引き続き弁当を提供する」という回答を得ました。これをもとに、おいこらさんの投稿に対して「不正確」との判定を下したのです。

客観的かつ公正に判断するのなら、双方に取材をしてそれぞれの言い分を聞くべきです。JFCのガイドラインにも、公正な検証のための情報収集について、次のように記されていました。

第22条(情報収集)
 ファクトチェックの実施に当たり、 対象言説に含まれる事実について、検証に必要な範囲で可能な限り一次情報を入手し、一次情報提供者と連絡を取るよう努める。多角的な検証を行うため、可能な限り複数の異なる情報源から情報を入手する。

JFCファクトチェック指針のページを参照のこと

実際には行政側の話を聞いただけで記事にしていて、肝心のSNS投稿者に取材した様子はありません。少なくともファクトチェック記事にはそういった記述がなく、投稿者側の「一次情報」は記事に反映されていないのです。片方の言い分をまったく聞かずに「不正確」のレッテルを貼って終わり。このような一方的な情報収集では、判定結果の客観性、公正性が疑われてしまいます。


2. 本当に「不正確」だったのか?

検証対象となった投稿をもう一度見てみましょう。

「おいこらさん@珠洲市民が2次避難先から支援」さんによる2023年5月6日のTwitter投稿

「5月14日から珠洲市では弁当すら無くなります… 」と冒頭にあり、管轄の健康増進センターとのやり取りが続きます。「配れるなら困ってる方、全員に配ってください」 と訴えたところ、「あなたに言われなくてもこっちでやります!」と電話を切られたそうです。

投稿者のおいこらさんがJFCのファクトチェックに反論して、5月17日に投稿した内容がこちら。

「そもそも困ってる方は取りに行けないケースが圧倒的だし、車の無い方がそんな所まで取りに行くなら交通費で赤字です 」と書かれています。
避難所の運営者に「弁当止まって取りに行けないお年寄りとかどうしてるんですか?」 と尋ねると、「諦めて泣き寝入りしてます…」との答えが返ってきたとのことです。

困っている人には弁当の提供は続けると、行政はアナウンスしていますが、そのためには申請をして取りに行かなければならない。しかも、珠洲市の公式サイトには、弁当の初回の支給は「申請受付をしてから1週間後となります」とあるのです。

実質的に弁当入手が困難な人が出てくる。そういう実態を踏まえて投稿者は、「弁当すら無くなります…」と言っているのです。これらの背景事情を抜きにして不正確と決めつけるJFCの判定こそ、「不正確」ではないでしょうか。

3. 検証対象の選定は適切だったのか?

なぜJFCは、個人のツイートをやり玉に上げるようなことをしたのでしょうか?

JFCが独自に定めたガイドラインによると、検証の対象はSNSなどネット上でやり取りされる言説です(報道機関によるものは除外)。
「当該言説の流布が、個人、組織、集団又は広く社会一般に対して影響を及ぼす可能性があること」という指標が示されていますが、「広く」影響を及ぼすといっても、その範囲や程度をどう判断するのでしょう?

JFCの公式サイトにはガイドラインを解説するページがあり、検証対象を選定する3つの指標が示されています。

世の中に無数にある言説のうち、JFCでは3つの指標をもとに、検証対象を選んでいます。影響する人の多さ=「広さ」、影響の深刻さ=「深さ」、影響の身近さ=「近さ」です。
影響する人の多さについては、SNS上の拡散数や動画プラットフォーム上のビュー数などを見ています。また、LINEアカウントや情報提供窓口など、ユーザーからの情報提供も参考にしています。

ビュー数などを参考に検証対象を選んでいるようですが、具体的な数字は示されていません。今回の被災者の投稿は、2024年5月10日の時点で320万回以上の表示回数があったといいますから、かなり読まれている方ですね。拡散もされています。

ただし、それが影響の「広さ」(範囲)に等しいと判断するのは性急です。いくら表示回数が多いとはいえ、これは一個人のSNS投稿であってマスコミ報道ではありません。言及されている地域も限定的です。

影響の「深さ」「近さ」はどうでしょうか?この投稿によってどのような影響がもたらされるのか?どういう実害があるのか?という点を、JFCは明らかにしていません。「深さ」=影響の深刻さと「近さ」=影響の身近さを測る指標が示されていないのです。

ただ単に、広く拡散されて多くの人の目に触れるからという理由で、投稿に「フェイク」のレッテルを貼り、発信を萎縮させるような真似はできないはず。なのに、「影響がありそうだから」という漠然とした印象で、SNSの個人発信を抑制しようとする。妥当性のない、不当な言論統制です。

投稿が社会に何らかの害を及ぼすよりも、JFCがこの投稿をファクトチェックすることで関係者が不利益を被る可能性の方が高いのでは?とすら思います。「不正確」のフラグを立てられたばっかりに、誹謗中傷が殺到するかもしれない。投稿者の「おいこらさん」は炊き出しなどの被災地支援をしていますが、そういった活動を妨げられる恐れがあります。

役所の方もファクトチェックで取り上げられて世間の注目を集めてしまい、直接的な利害関係のない他地域の人たちからクレームが殺到し、業務妨害を受けるかもしれません。

JFCのいう「影響の近さ」という点からしても、一部地域の問題にJFCが不用意に首を突っ込み、不適切な形で全国に広めることが、被災者にも役所にも悪い影響をもたらしかねないのです。

4. ファクトチェックの必要はあったのか?

そもそもこの投稿をファクトチェックする必然性があるのかという点からして、大いに疑問なのです。JFCは「可能な限り速やかに正しい情報を拡散する必要があること」を指標の一つにしていますが、「避難所にいる人や困窮している人には引き続き弁当を提供する」という「正しい情報」を、可及的速やかに全国に拡散する必要って、いったいどこにあるんでしょうか?

「弁当配布に関しての情報が不正確だったので、直しました」というのなら、それをなるべく早く伝えるべき相手は珠洲市内の被災者です。全国の人々に大急ぎで伝える必要はありません。なのになぜこの件をファクトチェックの対象とし、結果を公表したのでしょうか?

もっと深刻な影響を及ぼすような言説は、巷にあふれています。政治家が不正を隠すためにつくウソ、報道機関の虚偽やねつ造、有名人がネットでまき散らす根拠なき差別発言など、社会の秩序を乱し、人々を混乱させ、傷つけるような有害な「言説」は、そこらじゅうにあります。JFCがするように学生バイトを雇ってわざわざ検索させるまでもなく、普通に生活していれば目に飛び込んできます。そういった有害言説こそ取り上げるべきなのに、JFCはそれらを避けているふしがあるのです。報道機関の発信情報は扱わないと明言しているくらいですから。

JFCの検証記事一覧を見てみると、ファクトチェックする必然性がどこにあるのか、首をかしげるような案件が出てきます。たとえば、Twitterに投稿された「キッチンで調理中にカレンダーに引火した」という画像の検証などがそうです。

2024年5月12日に画像とコメントが投稿され、翌13日には 「画像はAIによるもので、火災への注意喚起だった」と投稿者が説明し、16日には削除されています。このようにすでに決着がついている話を5月20日になってJFCが蒸し返し、「誤り」だと判定しているのです。事実ではなかったと投稿者が認めているのに、さらにファクトチェックする意味が、私にはわかりません。

ファクトチェック記事の末尾で「こうした画像の投稿は、本人の想像以上に拡散して、多くの人を驚かせたり、不安を掻き立てることもあり、慎重に取り扱う必要があります。」とダメ押ししていますが、このコメントも適切とは言えません。

投稿を見た人たちが驚いたり不安になったりするとしたら、具体的にどんな行動を起こすのか、以下で考えてみることにします。

投稿者は画像と共に「皆んなもくれぐれも火のそばに可燃物は置かないように気をつけようね」 というコメントをのせていますが、この投稿を見て強い印象を受けた人たちは、自宅キッチンを点検し、燃えやすいものをコンロのそばから取り除くでしょう。消火器を据えるかもしれません。投稿によってかきたてられた驚きや不安は、よい方向に作用すると考えるのが自然です。

「火災への注意喚起」という投稿者の意図は、おそらく正しく受け止められたことでしょう。画像がAIによるものであって実物ではないという点を加味しても、悪質な投稿とは思えません。ファクトチェックの対象にする必要があるのか、はなはだ疑問です。JFCの判定はタイミングも対象も、的外れだったと言えます。

5.「客観的な事実」が真実を覆い隠す

先に挙げた被災地弁当配布の件もそうですが、JFCの判定が的外れになるのは、発信者の意図をまったく考慮に入れないからです。確かに、主観的な要素を扱わないというのは、ファクトチェックの原則の一つです。検証可能な客観的事実のみを対象とし、主観的な意見や主張は扱わないというわけです。

とはいえ、発信者は誰しも何らかの意図をもって情報を発信します。その意図を持つに至った背景や事情もある。それらを抜きにして字面だけを取り上げ、真偽を判断することに、どれほどの意味があるのでしょうか? JFCのファクトチェックは表面をなぞっているだけで、本質をとらえていないのです。

被災地で炊き出しをしている人が行政の支援の不足を訴える時、表現が多少は不正確であったとしても、それがなんだと言うのでしょう。少しくらい不正確だったとしても、その人が伝えたいこと、伝えるべき核心が受け手に届くことの方が重要です。

「行政の支援が不足している」という実態こそが、このケースでは真実なのです。JFCはこの真実が世に広まることを阻止したかったのではないか、とすら思えてきます。さすがにそれは考えすぎですが、JFCのファクトチェックは、いわゆる「客観的事実」によって真実を覆い隠してしまっている。今回のケースでは、被災地の支援が不足しているだけでなく、それに関するマスコミの報道も十分とはいえないために、被災地の当事者が自ら発信しているという事情もあります。

このようにして第三者が客観性をもとに「判定」することは、当事者の体験がもつ主観性への挑発であり、時として当事者の本意を損ない、傷つけるものです。一個人の情報発信をファクトチェックの対象とする場合には、慎重の上に慎重を重ねて十分に配慮するべきです。

6. フェアなファクトチェックに向けて

ファクトチェックする団体と対象となる個人の間に歴然とした力の差があることも、考慮に入れなければなりません。先にあげた二つの例の発信者はいずれも市井の一個人でしたが、JFCは非営利団体とはいえ巨額の資金を企業から得て運営されています。また、上位団体であるセーファーインターネット協会が、総務省の有識者会議による提言を受け、JFCの設置に至ったという経緯があり、現在でもJFCの運営委員会には総務省有識者会議のメンバーが名を連ねています。

赤線のメンバーは総務省有識者会議の構成員を兼任している


資金力も後ろ盾もなかなかのものですよね。こういう団体が当事者に直接話を聞かずに「不正確」だの「誤り」だのと一方的に判定を下すのが、いかにフェアではないかわかるでしょう。

ファクトチェックによって、個人の表現の自由を損なうおそれもあります。JFCのガイドライン第1章3条には、表現の自由を最大限に尊重する旨が記されていますが、ファクトチェックの全過程にわたってこれを最優先にするべきです。とりわけ検証対象の選定にあたっては、表現の自由への配慮と人権の尊重が強く求められると思います。

ファクトチェックの取り組みが「情報空間の健全化」と民主主義の発展に資するためには、フェアであること、権力の側ではなく弱い者の側に立つことが求められます。ファクトチェックはどうあるべきか、ファクトチェックに取り組む組織のあり方はどうすべきかを、もっと深く考える必要があります。そうでなければ社会からの信用を得ることはできず、ファクトチェックの実行もうまくいかないでしょう。

信義なき判定はただの暴力です。これからなされるファクトチェックが、暴力に堕することがありませんように!


【追記】

JFCのTwitterアカウント投稿は削除されましたが、ウェブサイトの記事は引き続き掲載されています。そこには大きく「不正確」の文字が。検証対象の投稿画像にチェックマークをつけ、「FALSE」と記す念の入れよう。

JFCのウェブサイトより。

こういう取り組みはただでさえ反発されやすいのですから、もう少し工夫がほしいところです。ユーモアを込めて判定結果を伝える、台湾の例を参考にしてはどうでしょうか。以下の記事に台湾のファクトチェックのユニークな取り組みが紹介されています。


👇続きを書きました。

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