「騎手」を意味するスペイン語は興味深いアラビア語起源を持っている

前回のお話。

スペイン語には「獣医師」を意味する Albéitar という単語があり、これはアラビア語の Bayṭar を語源としていると紹介しました。

今回はその続編みたいな形で、興味深いアラビア語起源の競馬単語をもう1つ紹介します。最後まで読むと、男性はウマジョとの合コンで役に立つし、女性は口うるさい競馬狂い親父よりも豊富な知識を得られます、タブンネ。


騎手は外国語でなんと言いますか?

そう、ジョッキー(Jockey)です。

ジョッキーは英語発祥の言葉ですが、フランス語でもスペイン語でも騎手のことは Jockey と言います。ポルトガル語では Joquéi と書きます。日本語だってカタカナでジョッキーです。ジョッキーは世界中どこでも「馬に乗る人」として通じる英単語です。

ところで、Jockey は本来どういう意味だったか知っていますか?

Jockey というのはもともと、Jock というファーストネームのあだ名だそうです。Jock は現在の John に相当する名前でした。

15世紀のイギリスに、初代ノーフォーク公ジョン・ハワードという人物がいました。この人物はシェイクスピアの史劇『リチャード3世』の中で Jockey of Norfolk(ノーフォークのジョックさん) と書かれました。つまり、Jockey の最初の意味は「騎手」ではなく「ジョックさん」という人名だったわけです。

16,17世紀になり、Jockey に馬っぽい意味が与えられます。Jockey は「馬商人」「馬車を操る人」「吟遊詩人」などを意味する単語となりました。

そして1670年ごろ、Jockey は「レースで馬に乗る人」という現在の意味で使われるようになったそうです。


Jock(現在の John に相当する人名)

Jockey(Jock という名前のあだ名)

Jockey(馬商人、馬車を操る人)

Jockey(騎手)


では、Jockey 以外に「騎手」を意味する言葉はあるでしょうか?

ドライヴァー(Driver)、レーサー(Racer)、パイロット(Pilot)なども文脈によっては騎手を意味します。『ギャロップレーサー』のレーサーが良い例です。

ですが、ジョッキー(Jockey)とは異なり、これらは馬に乗ることを専門にする人を表す単語ではありません。車のドライヴァー、バイクのレーサー、飛行機のパイロットと言うように、乗る対象が馬じゃなくてもいいわけです。

「騎手」「馬に乗る人」「馬の操縦を専門にする人」。これだけを意味する単語は Jockey 以外には存在しないのでしょうか?

いいえ、実はスペイン語に存在します。Jinete という単語が「馬に乗る人」だけを意味します。読み方はヒネテです。車のヒネテや、飛行機のヒネテという使い方はしません。


スペイン語圏の国々では、騎手のことを Jockey と言います。ですが、Jinete も当たり前に使います。スペイン語の競馬ニュースを読んでいると、使われ方としては Jockey が3~4割、 Jinete が6~7割かなぁというのが個人的な体感です。

英語の Jockey とスペイン語のJinete。どちらも J で始まっていることから、何か関係があると思われるかもしれません。

しかし、まったく関係ありません。なぜなら、スペイン語で騎手を意味する Jinete はアラビア語に起源を持つからです。Jinete はアラビア語の Zanáti から来ています。

では、Zanáti とは何でしょう?

現在のモロッコ、チュニジア、アルジェリア、リビアあたりの北アフリカには、古くからベルベル人という民族が住んでいました。アラビア語を話し、イスラームを信仰する人々です。

ベルベル人はいくつかの部族に分かれていました。その中の1つに Zanāta もしくは Zeneta と呼ばれる部族がいました。8世紀ごろにイベリア半島に侵攻し、その一部はそのままイベリア半島南部、現在のアンダルシア地方に住みついた勢力です。

この Zanāta もしくは Zeneta と呼ばれる部族が、アンダルシア・アラビア語、つまり、イベリア半島系アラビア人の方言で Zanáti と呼ばれるようになりました。

この Zanáti と呼ばれるベルベル人の部族を、スペイン側は13世紀ごろから Ginete と呼んでいました。このときからずっとスペイン語では Ginete でしたが、1843年にスペイン語の広辞苑的な組織であるスペイン王立アカデミーが、正しい表記は Jinete であると修正したことで、Jinete という言葉が定着しました。

なるほど、騎手を意味するスペイン語の Jinete の語源は、大昔のベルベル人の部族である Zanáti から来ていることが分かりました。

ですが、1つ疑問が残ります。どうして部族の名前が「騎手」を意味する単語になるのでしょうか?

それは、 Zanáti という部族の特徴に答えがあります。Zanáti は馬の生産と馬乗りの技術に秀でていたそうです。つまり、当時のスペイン人にとって Zanáti は「馬の部族」「馬に乗る人々」「優れた騎兵部隊」という認識だったわけです。


スペインは南米大陸を支配しました。そのため、Jinete はアラビア語起源にもかかわらず、南米の国々でも普通に使われています。

さらに、「騎手」を意味するスペイン語の Jinete は、ポルトガル語やフランス語、イタリア語、英語にも影響を与えました。

「スパニッシュ・ジェネット・ホース(Spanish Jennet Horse)」という馬の種類があります。スペイン産の小型の馬のことで、日本語ではジェネット種と言います。

ジェネット種は英語で Jennet、ポルトガル語で Ginete、フランス語で Genet、イタリア語で Ginnetto と言います。もうお分かりかと思いますが、これはスペイン語の Jinete を語源としています。

言葉の成り立ちとしては以下のようになります。


Zanāta / Zeneta (アラビア語:ベルベル人の部族名)

Zanáti (アラビア語方言:ベルベル人の部族名)

Ginete (中世スペイン語:ベルベル人の部族名)

Jinete (今のスペイン語:騎手)

Jennet(英語:ジェネット種)
Ginete(ポルトガル語:ジェネット種)
Genet(フランス語:ジェネット種)
Ginnetto (イタリア語:ジェネット種)


いかがでしたが?

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木下 昂也(Koya Kinoshita)
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