見出し画像

「感動」とはなんであるか考える。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「感動」の意味・わかりやすい解説
感情,情動気力などを含む総括的用語。精神機能を知,情,意に分類する場合の情にあたる。狭義には,喜びとか興奮とかを意味することもあり,また特定の対象に対する感情反応をさすこともある。この特定対象から,これと連合した他の対象へと感情が移動する場合を,感情の転移という。

ブリタニカ国際百科事典

まずは、わかっていることだとしても調べてみました。

実は先日『ONE PIECE FILM RED』を観たのです。ほんというと「ONE PIECE」は漫画もほとんど読んだこともなくて当然アニメも見ていない。でもこれだけ大ヒットしていたんだからアマプラにあるし観てみないとと思ったのです。

ストーリーは分かりやすくなんとなくの知識でも十分楽しめるし、さすがなんと言っても東映アニメーションでONE PIECEだったらドル箱なのはわかっているから潤沢な製作資金で作られているから映像も圧倒的に美しい。

で、オープニングでちょっと泣いてしまったのです。。。。

UTA(Ado)の「新時代」が映像とリンクして心臓がドキドキしました。なんだか涙が出ました。泣くところじゃないんですけどね。で、これが何をもって揺さぶられたのか非常に気になりました。

おそらく映画は(配信を含めですが)普通の人よりはたくさんみていると思います。泣ける定番映画としての「ニューシネマパラダイス」や「ライフイズビューティフル」最近では「Coda あいのうた」も泣けました。アニメだと「ロミオの青い空」や「夏目友人帳」には何度も涙腺崩壊させられております。案外感動やさんなのだなあと思います。

でも繰り返しますが「新時代」でのオープニングは泣くところじゃないよな?って思いました。でもなぜなんですかね?

「ニューシネマパラダイス」や「ライフイズビューティフル」には最後に迫ってくるまでのストーリーやシーンの美しい積み重ねがある。そうやって積み重ねていったものを最後に爆発させる、「Coda あいのうた」の最後の歌のシーンなんてその爆発力と歌声に震えるしかない。一人ひとりの人間像や想いが入り込んでしまうからそこに共感が生まれ感動する。
「夏目友人帳」も多くのストーリーに叶わぬ恋や老い、ノスタルジーや優しさが練り込まれているから自らの体験やじいちゃんやばあちゃん、夏の日や冬の日の思い出、体験した楽しさや悲しさや死別と重なり、それが感情の震えとなって涙が出てきます。

じいちゃんの葬式ビデオ

そういえば、じいちゃんが亡くなったのは僕が高校生の時でした。葬儀で友人のマダムが「大野さん」と別れの言葉をかけている時に、もう号泣してしまいました。これだけ多くの方に愛された祖父であったのだと、ある面誇らしくもありました。

ところでその葬式セットには、なぜか記録ビデオががついていました。今の葬式でもあるのだろうか?冷静に考えるとおそらく誰も見返すことなどないだろうに、編集されたビデオがついていたのです。で、これは今だから話せることで、なぜかは全然思い出せないんですが、思いっきり泣きたくなって、家に一人でいる時に、いかがわしいビデオを見るように、こっそりそのビデオを見たことがあります。オープニング、すごい量の花輪や会葬御礼を渡す受付が映ってじいちゃんの葬式が始まりました。で、当日一番泣いた友人のマダムの別れの言葉。
でもこれが、全然泣けないわけです。泣く気満々だったはずなのに、なんともしらけてしまった。

おそらく「体験した時」ほど心が動かされなかったんだと思います。
病院での心臓マッサージ、父親が「もういいです」と言った瞬間。自宅でのお通夜、続々と集まる親族。じいちゃんの形見となった背広に手を通す。高校生なのに飲んだビール。
葬式までの間のさまざまな積み重ねや体感としての興奮が、マダムの問いかけの時に堰を切ったのだと思います。また特にその瞬間は自らの体験として積み重なったものですから、客観的なビデオになると却って心が離されてしまう。
だから、ビデオでそこだけを見ても泣けなかったのだと思います。

余談が長くなりました話を『ONE PIECE FILM RED』に戻します。

さてじゃあなんで「ONE PIECE FILM RED」のオープニング、UTAの歌で泣いちゃったのか?先ほど「体感としての興奮」と書きましたが、その興奮を導くための積み重ねが実に巧みに計算されて作られているからです。

映画が始まって1分53秒くらいまで、海賊の出現と虐げられた庶民が登場します。
その庶民はインタビュー形式で少し荒いテレビの向こう側のような演出で表現されています。ここで、物語と同一世界上の綺麗な絵の二人称としてではなく、「画面の向こう側」の状況として描くことで見ている人はウクライナのニュースを見ているような、離れた世界だけれどもリアリティを感じるように誘導されます。そうしてその光景は絶望に近く、唯一の救世者を求めていることがわかります。次にコンサート会場への入場のシーンが映され、その救いの場に入っていく導入を映画の観客も体験します。
その後、2分15秒あたりからワンピースのレギュラーメンバーが会場の中でUTAに関する話をします。本映画にて初登場はずのUTAに対してワンピースメンバーが既に知っており、しかもファンであることを説明することで映画の観客の中に「同一視(好きな人が好きなものを好きになる)」の心理効果が生まれます。

最初の時点で「虐げられた人々」によって感情を負の方向へ落とすことで徐々に上がっていくプラス方向への高揚感の振れ幅を大きくしているのです。そうして同一視によって「もはや好き」に決定づけられたUTAが3分27秒、ついに歌い始めるのです。

聴覚・視覚刺激と心拍数

「新時代」は、最初演奏なしの高音から一気にアップテンポに持っていきます。調べてみると「新時代」のBPM(テンポ)は175とかなり早いです。ボカロや歌い手などネット系の現代の傾向なんだと思います。(あいみょんの「マリゴールド」はBPM106)
で、調べてみると曲のテンポと心拍数、併せて呼吸数には関係があり、呼吸数とテンポが同時に増加することで心拍数に顕著な変化が見られる、すなわち交感神経活動が増加するということが実験により立証されているようです。また聴覚信号に対して交感神経活動が活発化し心拍数を同調させようとする効果があることも確認されているため、アップテンポは興奮状況を体感的にも積み重ねて増強していくことがわかりました。

また、加えて映像の同調も完璧です。目まぐるしくアップテンポのカットバック、記号としての文字を加えることでの意味の補完、CG構成によるダンスシーンとアップになった絵には手書き要素を詰め込む。ここ10年くらいで発達したプロアマ混交の映像技術をこれでもかというくらい見せてくる。正直「見たことのない表現」はないのだけれどもその技術と編集力があまりに高いため、結果的に見たことのない完成度になっているように思えてくるのです。そうしてこういった映像の視覚刺激に対しても交感神経活動は増大し、情動反応が引き起こされるのです。

情動と感情と

サラッと「情動」と書きましたが。神経学者のアントニオ・ダマシオによると「情動と定義が似ている感情は、高次の機能である」とのこと、要するに(解釈間違っていたらごめんなさい)「情動」とは外的刺激から自律神経に反映される身体反応であり、それが予測や経験により、より高次に認知され判断されたものが「感情」であると考えても良さそうです。最初に書いた「ニューシネマパラダイス」や「夏目友人帳」に対する反応は経験や知識があるからこそ導かれた「感情」であると言ってもいいのではないかと思います。
対するUTAのステージは非常に「情動」に近いのではないかと思います。徐々に引き上げられた興奮の後に圧倒的な情報量が自律神経・脳に刺激を与え、身的反応が起こる。これがUTAのステージで僕が泣いてしまった原因なのではないかと思います。

感動に対して味気のないことを書いてきたように見えますが

身的反応、反射みたいなもんだよ、と、言ってしまうとワンピースファンから怒られそうですが、実際はそういう反応なのではないかと思います。
しかし、ただ単に交感神経を刺激すればよい、というのであれば簡単で、当然そうもいかないことを皆理解していると思います。アップテンポの音楽でフラッシュ的な映像を見せられても気分が悪くなるだけです。昔「ビデオドラッグ」というのもありましたがあれなんてまさにこの視覚・聴覚・神経を刺激するというだけの外的刺激でしたよね。

UTAやっぱすげえや。

しかしこの文章を書こうと思ってから最初のUTAを何度か見返したのですが、やはりこの最初のステージの完成度って圧倒的です。で、これだけ生物的なことを書いておいて、突然象徴的な推理で恐縮なのですが、やっぱ「人」が与えるインパクトってすごいのではないかと思います。
UTA(Ado)の圧倒的な歌唱力から我々は人間の生み出している「art」を感じているわけで、そこに無意識に感動が芽生えていると感じています。またCGをガンガンに使いながらもアップになった瞬間に「手描きの線(もちろんPC上で書いているのかもしれないですけど)」の強さがズバッと現れ、それもやはり人の手による「art」に我々は感動しているのではないかと思います。

全部ボカロで全部AI CGだったとして、同じ感動を生み出すことができるのか?
人はきっと漠然と受け止めながらも「人によるart」をなんとなく取捨できているのではないかと僕は感じているし、「感動」とはそうであってほしいと願っているのであります。


参考文献
・音のテンポと呼吸数の組み合わせが自律神経に与える影響
(情報処理学会研究報告:2013)
・被験者の心拍数に応じたテンポによる音楽聴取時の心拍変動について
(臨床教育心理学研究 2007.3 Vol.33 No.1)
・視覚的情動刺激による交感神経皮膚反応の発達的変化
(脳と発達36巻5号:2004年)
・アントニオ・ダマシオ:wiki









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?