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短編小説『仮定の話を申し上げることは』

 しかし、どうしてあのような法案が通ってしまったのだろう。おそらくみんな、自分が反対しなくても良識のある誰かが反対するだろうと他人任せにしていたんだ。小学生の頃、同じようなことで先生に怒られたじゃないか。「みんながみんな、誰かがやってくれるだろうと思っていたら、教室の掃除なんて誰もしません。なんですか、あなたたちは。一人でも自ら名乗り出るという子はいないのですか?」すぐに怒るからヒス中村と呼ばれていた中村先生だ。あのクラスがそのまま大人になってしまったかのようだ。

 この法律、マジでやべえな、と実感したのは天気予報を聞いたときだった。いつものようにエフエム京極で朝8時のウェザーリポートをラインキャスターの馬場弓子が読み上げる。馬場はばんばと読む。普段はニュースや天気予報しか読まないが、たまに番組のなかでDJに話を振られるときがあり、そのときの場慣れしていない感じがたまらなくかわいいんだ。みんなが「ばんばちゃん」と呼んでいるから、僕もばんばちゃんと呼んでいる。

 今日のお天気です。まずは概況からお伝えします。冬型の気圧配置が近づいています。近づいていることは間違いありません。このあとの近畿地方のお天気は冬型の気圧配置の影響を受けるとか受けないとか、仮定の話を申し上げることはできません。今朝7時の京都の気温は2度でした。日中の気温はどのくらい上がるとか、寒くなるとかならないとか、仮定の話を申し上げることはできません。

 では変わって今日の京都の空模様です。現在、京都府南部は晴れています。京都府北部はやや曇っているそうです。これは仮定の話ではなく、気象予報士に聞いた話を事実として伝えております。このあと、日中にかけて広い範囲で晴れるとか曇るとか雨が降るとか、そういったことは、あくまで仮定の話になってしまうので申し上げることはできません。

 続いて今日このあとから午後6時にかけて、各地に雨の降る確率ですが、降るか降らないか、わからないことを推測で申し上げることはできないのですが、降るか降らないか、二者択一であるという事実は間違いありませんので、降水確率は京都府南部北部ともに50%となっています。

 あのような悪法さえ通らなければ、いつもの天気予報が聞けたのに!ああ、あんな悪法のない世の中に帰りたい!とtweetした翌日、私は「仮定法禁止法」違反の疑いで逮捕された。

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