好きだった人

誰にでも初恋の経験というものがあるのではないだろうか。
気持ちを伝えられたかどうか、想いが実ったかどうか、は別にしてやはり初恋の相手というものは忘れられないもの。
鉾田さんにも中学時代に初恋の経験があった。
2年生の時に同じクラスになった女の子。
長い髪をポニーテールにした学級委員だった。
成績も良く運動も万能だったらしいが何故か部活動では図書室の管理を行う図書部に所属していた。
身長も高くどこか日本人離れした顔つき。
彼にとってはまさに生まれて初めて女性を異性として好きになった瞬間だった。
だが彼は彼女に想いを伝える事も出来なかった。
勉強も運動も苦手な自分と彼女とではあまりにも不釣り合いすぎるしもし告白したとしても全く相手にされず笑われて終わってしまうに違いないと思ったからだ。
しかし、それからも彼の気持ちは変わらなかった。
中学を卒業し高校へ進学し、そして大学生になるまでの間に学年単位ではあるが同窓会が開催された事もあったらしく、彼はその度にもしかしたら彼女に会えるのではないか?と思い同窓会に参加した。
しかし、彼女が同窓会に参加する事は無く彼としては一度も再会を果たす事も無く初恋が終わってしまったのだと受け入れるしかなかった。
社会人になってからは仕事の忙しさもありさすがに彼女の事を思い出す事も無くなった。
そして、社内結婚をした彼はしばらくの間はそれなりに幸せに暮らしていた。
そんな彼が離婚したのは30歳を少し過ぎた頃。
離婚の原因は奥さんの不貞だったらしいのだが、そんな事はその時の彼にとってはどうでも良かった。
結婚生活にも女性という生き物にも失望しとにかく1人になりたかったのだという。
そんな時、ふと思い出したのが中学時代の初恋の相手である彼女の存在だった。
女性に失望した彼が初恋の彼女を思い出したのというのも理解に苦しむがどうやら彼にとってはその彼女だけはずっと心の中で特別な女性として存在しており、そんな彼女にもう一度会ってみたい、と思うようになったのだという。
だから彼は一度実家に帰って古い思い出の品が沢山入れられている箱を幾つか持ち帰った。
その中には彼女の写真があるはずだったから。
その写真は彼女を隠し撮りしたものだった。
彼にそんな度胸がある筈も無かったからその写真はカメラが趣味という友人に体育祭や文化祭の時に遠くから望遠カメラで撮影してもらったものだった。
その中から体育祭で撮られた一番はっきり、そして大きく写っている写真だけを大切に残していた。
昔はその写真をみているだけでまるで彼女と付き合っている様な錯覚さえ感じられた。
そんな大切な写真を彼は必死になって探したという。
捨てた記憶が無いのだから絶対箱の中に残っている筈だ・・・そう思っていた。
しかしどれだけ探しても幼少の頃からの思い出の品々が全て入っている筈の箱の中からは
その写真が見つからない。
中学時代の思い出の品が特に多く収められている箱からもその写真だけがどうしても見つからないのだ。
彼は本当にがっかりしたそうだ。
それでも無くなってしまった物はしょうがない、と諦めていた時、なんとその写真が彼の会社のデスクの引き出しから見つかった。
自分でその写真を引き出しに入れた記憶は無かった。
いや、というよりも離婚するまでずっと彼女の事などすっかり忘れていたのだ。
しかし、そんな事はどうでも良かったという。
不可解さよりも探していた大切な写真を見つけた事の方が何倍も嬉しかった。
それからの彼は写真を傷めたり汚したりしないように持ち歩く事はせず、写真をスマホで撮影し仕事中に何度もそれを見ては癒される様な感覚を味わい、帰宅すればずっとその写真を傍に置いておくという生活を送る様になった。
仕事中に何度も写真の中の彼女を見ているせいか、家に帰ってからは専らフォトフレームに入れた写真を傍に置いておくだけでじっと見入る事はしなかったがそれでも彼にとっては最高の宝物になっていた。
しかし、ある時久しぶりにスマホの画像ではなく写真を手に取ってまじまじと見つめていた彼はある違和感を感じてしまう。
何故か写真の中の彼女が以前よりもかなり痩せている様に見えた。
急いでスマホの中の画像を確認するとその画像には変化は無かった。
どうして本物の写真の中の彼女だけが痩せて見えるんだろう・・・。
とても不思議だったがもしかしたら撮影した角度や光の加減でそう見えてしまうのかもしれないと思ったし逆に写真の中の彼女は痩せて見えるせいか、とても大人びて見えたらしく、まるで彼女が自分と同じように大人になった様に感じられて満更でもなかった。
それからはスマホの中の画像ではなくカバンの中にフォトケースごと写真自体を持ち歩く様になった。
そして一日に何度もその写真を眺めるのだが何故かその写真の中の彼女は見る度に表情が変わっている様に感じられたという。
いや、表情だけではなかった。
一度写真の変化に気付いてからは、彼女の顔がとても歪に変化していった。
顔が長くなり曲がり耳が上へと伸びていった。
そして半年も経つと写真の中の彼女の顔はとても人間とは思えない、まるで狐の妖怪の様な顔になっていった。
狐の顔の上に人間の黒い髪が載っている様は、とても不気味で気味の悪いものだった。
なんなんだ・・・・これは?
どうして写真の中の彼女がこんなに変わっていくんだよ?
スマホの中の画像は以前と変わりなく可愛い彼女の姿のまま。
それはもう比べるまでもない事だった。
彼はもうその写真が怖くて見られなくなった。
それと同時にどうしてこんな事が起こるのか?と考え再び実家に戻り彼女の現在の様子を探ろうとした。
しかし中学時代の友人に会って話を聞いてもそんな女子生徒は記憶に無いという。
学級委員もしていたし図書部にも入ってただろ?
と言うと、
そもそも学級委員という制度も図書部という部も無かっただろ?
と返されてしまった。
それでも友人からは
そんなに信じられないのなら卒業アルバムでも確認してみればいいだろ?
とアドバイスをもらい彼は実家で中学の卒業アルバムを探したが何故か見つからない。
仕方なく友人に頼んで卒業アルバムを見せてもらうと、やはり彼が卒業した中学には図書部なる部活動は存在していなかった。
彼はその彼女の名前も顔もしっかりと覚えていた。
しかし卒業アルバムの中からはそんな名前も顔も見つからなかった。
それでも納得いかなかった彼は卒業した中学を訪れて話を聞いた。
当時の先生は誰もいなかったがそれでも彼が切羽詰まった顔で事情を話すと何人かの先生達が協力して当時の資料を調べてくれたという。
しかし、やはり結果は同じだった。
学級委員という制度も無ければ図書部という部活動も存在していなかった。
そして、勿論、写真の彼女も。
彼は恐ろしくなって自宅へ戻るとその写真もスマほの画像も全て処分してしまおうと思った。
しかし、既にスマホの中にも画像は残っておらずフォトフレームの中にも写真は残されてはいなかった。
そんな事があってから彼はそれまで住んでいたマンションから引越しした。
何かとても嫌な予感がしたのだという。
しかし、そんな嫌な予感はそれ位の事で回避できるものではなかった様だ。
彼が新たに入居したマンションはかなりセキュリティが強固なマンションだった。
しかし、毎晩の様に彼の元を訪れるモノがいる。
いつも真夜中にやって来るがその姿は監視モニターには映らないそうだ。
しかし、その声は間違いなく中学時代に好きだった彼女の声そのものだそうだ。
会いに来たよ・・・開けて・・・。
インターホン越しにそれしか言わないそうなのだが彼はとても玄関ドアを開ける気にはなれないそうだ。
もしもドアを開けてあの写真の様に醜く変化したモノが立っていたら・・・。
それにアレはこの世に存在すらしないモノ・・・。
そう考えると生きた心地がせずドアを開ける勇気はないそうだ。
 

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