思い出したので書いてみるⅡ

夢でも良いからもう一度会いたい・・・。
会いたいのに夢に出て来てくれない・・・・。
そんな言葉をよく耳にする。
これから書く篠部さんは母親とあまり良い関係ではなかった。
大学進学、就職、そして交友関係・・・。
それらにいつも口を出してくる母親と大喧嘩してしまいそれ以来同じ家で生活していながら必要最低限の会話を無感情で交わす様になっていた。
ただ母親は大喧嘩依頼、何度も謝って来たし、以前にも増して彼女に優しい言葉を投げかけ明るく声を掛けてくれていたが彼女はどうしてもその大喧嘩の事が頭から消える事が無く素直になれないままずっと尾を引いていたのだという。
しかし、それはずっと環境が変わらないと思い込んでいるからこその愚行だったのかもしれない。
人間の命というのは強い部分もあるが案外脆く儚いもの。
そしてずっと続く関係などこの世には殆どの場合、存在しないのだと思う。
それは彼女も例外ではなかった。
彼女の母親はある日突然体調を壊し、検査入院の3日後に亡くなった。
最初にその訃報を聞いた時、彼女は理解すらできなかった。
そんな馬鹿な事などある筈がない・・・・。
きっと何かの間違いだ・・・と。
しかし病院で対面した母親は既に体が硬直し冷たくなっていた。
絶望と悲しみが強ければ強いほど人間は泣けないものなのかもしれない。
彼女は葬儀の間も火葬の際も一切泣く事が出来なかった。
まるで今起きている事がドラマや夢の中の出来事の様にしか感じられなかった。
そして、納骨が終わり自宅へと戻り自分の部屋で一息ついていた時に突然涙がこぼれだした。
拭いても拭いてもいっこうに止まらない涙。
もう涙をふく事は諦めそのまま感情に任せて泣き明かした。
仕事も休み食事も摂らず泣き続けた。
これほど大量の涙が流れても人は死なないのだと驚くくらいに・・・。
そうして4日後に泣き止んだ彼女だったが、今度は母親への懺悔の気持ちで頭の中がいっぱいになった。
どうして自分はお母さんにあんな態度しか取れなかったのだろうか?
お母さんはどれだけ孤独な気持ちの中で死んでいったのだろうか?
それを考えると自分という存在が嫌で嫌で仕方なくなった。
そして
せめて夢の中に現れて欲しい・・・・。
どんなに睨まれたとしても罵詈雑言を浴びせられたとしても一言でも良いからお母さんに謝りたい・・・。
そう思う様になった。
そして毎晩、母親が夢に現れるのをひたすら待ちづけた。
しかし、母親は夢に現れる事は無かった。
どれだけ願っても母親が夢に出てくる事も無かったしそもそも夢すら見られなくなったそうだ。
そんな月日が流れ、彼女はある時自暴自棄になってしまったのだろう。
やっぱりお母さんは私を今でも恨んでるんだ・・・。
だから夢にも出て来てくれない・・・。
それならばいっその事、私がお母さんに会いに行けばいい・・・。
死んで会いに行けば・・・・。
そうすれば絶対にお母さんに会えるだろうし、そもそもこんな私なんか生きている価値なんか無いんだから・・・・と。
そうして彼女は毎日自殺の事で頭がいっぱいになった。
何処でどうやって死ぬのが良いのか?
どの死に方が最もお母さんに会い易いのか?と。
その頃の彼女は周りからは、まるで何かにとり憑かれたように見えていたそうだ。
危ないから近づかないようにしよう・・・という感じに。
 
そんなある日、ずっと仕事を休み続け自宅に籠っていた彼女の元を一人の女性が訪れたそうだ。
その女性は自らを通りすがりの教師だと名乗った。
すみません・・・その通りすがりの教師さんが私に何の御用ですか?
そう聞いた彼女にその女性はこう返したそうだ。
 
いや、別に私だって自ら望んで此処に来た訳じゃないんですけどね。
どうしてもって頼まれたから仕方なく来たんです。
最初に聞きますけどあなたは絵里って名前で間違いないですか?
頷いたからきっと間違いないと判断しますね。
えっと、それじゃ伝言をお伝えします・・・。
 
絵里ちゃん、本当にごめんなさい。
あなたの夢に出ていかなかったのはあなたが物凄く怖がりだから。
夢だとしても私が出てきたら絵里ちゃんはやっぱり怖がったり勘違いしたりしそうで・・・。
お母さんは絵里ちゃんの事を恨んでもいないし憎んでもいないの・・・。
自分のお腹を痛めて生んだ娘を恨んだり憎んだりする筈ないでしょ?
寂しかったのは事実だけどそれももういいの・・・。
お母さんが今一番望んでるのは絵里ちゃんに幸せになって欲しいという事だけ。
絵里ちゃんに幸せになって欲しい、失敗してほしくないという気持ちが強すぎて色々と余計な口出しをしてしまった事を今は後悔してるの・・・。
でも絵里ちゃんはもう1人でも大丈夫!
自分の手でいろんな経験をして少しずつでも良いから幸せになって・・・。
絵里ちゃんなら間違いなく幸せになれるんだから・・・。
そして、お願いだから死にたいなんて思わないで・・・。
それはお母さんが一番悲しい事だから・・・。
お願い、それだけは守って・・・。
死んではダメ・・・。
生きて絵里ちゃんが幸せになっていく姿をお母さんに見せてちょうだい・・・。
お母さんはずっと近くで見てるから・・・。
約束だよ・・・・。
 
えっと、大体こんな感じです。
ちゃんと伝えましたからね。
もう私を伝書鳩みたいに使わないでくださいね・・・。
はっきり言って迷惑なので・・・・。
 
そこまで聞くと、彼女はその女性にこう尋ねたという。
あの・・・すみません。
あなたは何処から私のところまで来たんですか?
 
すると、その女性は
ああ・・石川県、いや金沢から・・・ですかね。
そもそもなんで私が高い電車賃を払って長時間電車に揺られて此処まで来なきゃいけないんですからね。
もっと母親とは生前から仲良くしておいてくださいね。
そうじゃないと、またこんなことが起こるので・・・・。
まあ、今回はお母さんが泣いて頼むのではるばるやってきました。
勿論、自分の判断で・・・。
だから交通費とかは必要無いです・・・。
あっと、それとね・・・。
余計なお節介かもしれませんけど自殺したら永遠にお母さんには会えませんから・・・
全然別の世界に行くことになるので・・・。
だから自殺だけは止めた方が良いです・・・。
どうせほっといたって人間は1000年も生きられるようには出来てませんからいずれ会えますって・・・。
まああなたは自分が幸せになる事だけを考えて生きればいいんだと思います。
人それぞれ幸せの形も違うとは思いますけど・・・。
そして、もしも子供が出来たら精いっぱいその子を愛してあげる事ですね・・・。
そうすれば記憶は永遠に受け継がれていきますから・・・。
生きていく意味っていうのは案外そういう事なのかもしれませんから・・・。
 
そう言うとその女性はさっさと帰っていった。
その後ろ姿に彼女は深々とお辞儀をし続けた。
そしてその女性の後ろ姿が見えなくなると家の中に戻ってまた号泣した。
彼女の住んでいるのは山口県。
そんな距離をあの女性は伝言を伝えるためだけに遥々やって来てくれた。
それを思うと感謝の涙が止まらなかった。
そして、伝言を聞き母親の気持ちを知る事が出来た彼女は、それ以来二度と死のうなどとは考えなくなったという。
そして、相変わらず彼女の夢の中には母親は出てこない。
しかし、あの女性が来て以来、ずっと母親の存在を近くで感じている。
ずっと私のそばで幸せになれる様に見守ってくれている・・・。
そう強く感じ、実はそれだけで幸せを感じてしまうこの頃だそうだ。
 

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