メリークリスマス!

その夜、私はようやく仕事を終えて車で自宅へと向かっていた。
時刻はもう既に午後9時を回っていた。
もうすぐ30歳になろうかという女がクリスマスイブの夜に何をやってるんだろ?
我ながら情けなくて涙が出てきそうになる。
そもそもクリスマスイブの夜に残業を押し付ける会社もどうかしている。
ブラック企業として訴えてやろうか・・・。
確かにクリスマスイヴだとしても一緒に過ごす男なんていないのも事実だけど、
それとこれとは全くの別問題だ。
私はいつもとは違いカーラジオのスイッチを入れた。
どこの局に周波数を合わせても流れてくるのはクリスマスソングばかり。
それもイブという事でどの局もド定番のクリスマスソング。
確かに好きな曲も多いし、クリスマスという雰囲気も嫌いではない。
ただ、仕事に疲れ家路についている事を考えれば虚しさだけが頭の中を駆け巡っていく。
明日は休みだが予定も無い。
このままマンションに帰っても1人で風呂に入って寝るだけ。
それを考えるとなんだかこのままマンションに帰るのが馬鹿らしくなってきた。
いつもとは別のルートで遠回りして帰ろうかな・・・。
そう思った私は大きな商業施設や専門店が軒を連ねる街中へと車線変更した。
しかし、それは完全に間違った選択だった。
通りの両側には綺麗なクリスマス仕様に飾り付けられた店が並んでいたがどの店も
幸せそうなカップルでいっぱいだった。
「本当に暇な奴ばっかりだな・・・」
私は独り言のように捨て台詞を吐いて、そのままマンションへと戻る事にした。
その場所から自宅マンションまでは車を使えば20分程度。
良い暇つぶしになったと思えば腹も立ってこない。
住宅街を抜けていく事にしたがどの家からも暖かそうな光が漏れており町中が
クリスマスという幸せな時間に満たされている様に感じてしまい少し疎外感
すら感じてしまう。
車も人も外など歩いていない。
それでも信号機はしっかりと動いており私は赤に変わった信号を確認しゆっくりと
停止線に車を停車させた。
ふと横に在った公園が気になって視線を向けた。
えっ?
私は思わず小さな声をあげてしまう。
既に時刻は午後10時を回っている。
そんな時刻に公園の中に1人の女の子がブランコに乗って揺れていた。
公園には必要最低限の明かりしか灯っておらずそんな暗さの中でブランコに座り
小さくゆっくりと揺れている小学生くらいの女の子。
こんな時間に何してるんだろ?
1人きりだよね?
クリスマスだっていうのに親は何してるんだろ?
そんな事を考えていると、その女の事私自身がとても似た境遇なのではないか?
と思いついつい感情移入してしまう。
気が付くと私は車を公園の駐車場に入れ静かにエンジンを切っていた。
このまま放っておいてはいけない気持ちになった。
何か理由があって家に帰れないのだとしたら私がしっかりと家まで送り届けよう。
そう思っていた。
車から降りた私は出来るだけ女の子を怖がらせないようにブランコの方へと
歩いていった。
「こんばんは~」
私が声をかけるよりも先に女の子の方から声をかけてきた。
その声には不安や悲しみというものは感じ取れなかった。
こんばんは!
どうしたのかな?
今夜はクリスマスイブなのに・・・。
こんなくらい公園に女の子が1人でいるなんて危ないよ?
お姉ちゃんがおうちまで送って行ってあげようか?
私がそう声をかけるとその女の子は少し不思議そうな顔をして
ふぅん・・・お姉ちゃんで3人目だよ・・・。
私の事が視えたのって・・・。
でもね・・・うちは貧乏だからクリスマスとか関係無いの・・・。
それに、お父さんもお母さんももういないし・・・。
だからおうちに帰る必要なんて無いんだよ・・・。
そう返してきた。
私は女の子と並んで空いていたブランコに座った。
大人には少し窮屈ではあったが、それでももっと女の子の話を聞いてあげなくては!
そう思ったのだ。
しかし、それから私が
お父さんもお母さんもいないってどういう意味なの?
おうちに帰る必要か無いってどういう事?
と聞いても女の子は何も答えてはくれなかった。
しばらく黙ったまま女の子と2人でブランコに乗って揺れていた。
しかし、突然、私の頭に中に強い衝動が沸き起こった。
そして私は次の瞬間、
それじゃ、何かしてみたい事って無いの?
お姉ちゃんが何でも願いを叶えてあげるから!
そう話しかけていた。
その時女の子は初めて少しだけ笑顔を見せてくれた。
そして、
なんでも?
本当に何でも良いの?
と聞いてくる。
勿論だよ!
お姉ちゃんも今夜クリスマスイブなのに独りぼっちだからさ・・・。
何でも願いを叶えてあげるよ!
2人で思い出に残るクリスマスにしようよ!
私がそう返すと女の子はブランコから降りて私の方へと向き直った。
お姉ちゃん、私ね・・・・大きなクリスマスツリーが見たいの・・・。
それとね・・・丸くて大きなケーキも食べてみたい・・・。
最後は暖かいところで寝たい・・・かな。
でも、こんなに沢山のお願いしても大丈夫?
真剣な顔でそう言うと女の子は私の反応を待っている様な素振りを見せた。
私は女の子に向かってニッコリ笑いかけながら
全然大丈夫だよ!
それじゃすぐに願いを叶えに行こうか!
と云いながら女の子の手を取った。
女の子を助手席に乗せて走り出した。
その時の私には1つの確信があった。
だから、その行為が誘拐や連れまわし行為には該当しないという確信があった。
女の子は黙って窓の外の景色を見つめている。
最初の願いは大きなクリスマスツリー。
それならば街中の大型ショッピングモールに巨大なツリーが設置されているのを
知っていた。
車を市街地へと走らせショッピングモールの駐車場に車を停めた。
既に沢山の人達がイルミネーションで飾られた大きなクリスマスツリーの回りに
集まって賑やかな空間を作り上げていた。
女の子は少し遠巻きにツリーを見つめていた。
女の子のワクワクした嬉しい感情が私にも伝わってくる。
じっと黙って嬉しそうにツリーを見つめる女の子。
いつまでもツリーを見続けさせてあげたい。
だから私はそのショッピングモール内で2番目の願いである丸くて大きな
クリスマスケーキを買う事にした。
値段はかなりのモノだったが、その時の私には値段などどうでも良かった。
とにかく女の子の願いを叶えてあげたい・・・。
女の子を笑顔にさせたい・・・。
それしか考えてはいなかった。
有名なケーキ店で一番大きなクリスマスケーキを買った。
私はそれを持ち帰って自宅マンションの部屋でそのケーキを女の事2人で食べようと
思っていた。
しかし、女の子はこのまま大きなクリスマスツリーのそばに居たいと懇願した。
私にはその頼みを拒絶する事は出来なかった。
女の子は私の手を引いて大きなクリスマスツリーの側まで連れて行った。
そして、空いているベンチを見つけ私と女の子はそのベンチに腰掛けた。
お姉ちゃん、ケーキを箱から出してもいい?
そう聞かれた私は、
うん、どうぞ・・・隙にすればいいよ!
もうこのケーキはあなたのものなんだから・・・。
そう返した。
ベンチが置かれた場所は意外にもとても温かく感じた。
嬉しそうにケーキを見つめている女の子に私は声をかけた。
もう十分見たでしょ?
そろそろお姉ちゃんの部屋に行ってケーキを食べない?
それにお姉ちゃんのお部屋は暖かいから、きっとぐっすり寝られると思うよ?と。
しかし、女の子は首を横に振ってこんな事を聞いてきた。
ねぇ・・・おねえちゃん?
「マッチ売りの少女」ってお話知ってる?
私、そのお話が大好きなんだ・・・。
願い事が叶った大好きなおばあちゃんに天国へ連れて行ってもらえるの・・・。
なんか今夜の私みたいだよね?と。
私は「マッチ売りの少女」という話は当然知っていた。
しかし、あの話は本当に可哀そうな話だと思っていた。
悲しいけれどとても好きな話・・・。
私の中ではそういう認識として捉えていた。
だから、
あのね・・・・あのお話は本当に可哀そうなお話なんだよ?
それに、今夜の私みたい・・・なんて言っちゃダメだよ・・・。
あのお話の女の子は最後には死んでしまうんだから・・・。
そう言おうとして言葉が出てこなかった。
目の前の女の子は少しずつ薄くなり周りの景色に溶けていくのが見えたのだ。
私はそれを黙って見ているしかなかった。
そして、それを見ている私自身がどんどんと薄くなっているのが
はっきりと分かった。
そう、最初に女の子を公園で見つけた時から全て分かっていた事。
あの女の子は私自身なのだ。
誰にも愛されず1人きりで生きてきた私自身の姿。
女の子が話した内容だけでなく願い事も全て私自身がずっと心の中で願っていた事。
だから、もう願いは叶ったのだ。
もう思い残す事は無い。
私と女の子の姿はそのまま大きなクリスマスツリーに吸い込まれる様に消えていった。
誰にも気づかれず・・・。
誰にも愛されず・・・。
マッチ売りの少女と同じように・・・。
それでもいい。
皆に幸せが届きますように・・・。
メリークリスマス!

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