綺麗なまま・・・。
「死ぬ時には綺麗なまま死にたいの」
それが彼女の口癖だった。
事故で体が潰され血まみれになって死ぬのも嫌だし、病気でガリガリに
痩せ細って死ぬのも嫌!
理想的な死に方は眠ったまま痛みも感じずに死んでいく事。
友達と飲みに行ったりして酔いが回ると必ず彼女はそんな言葉を口にしていた。
せっかく楽しく飲んでいるのにどうしていつもそんな話をするのよ?
と窘められても彼女は更にこんな言葉を付け加えた。
どれだけ健康でも永遠に生き続けられる訳じゃないんだから!
誰だっていつかそう遠くないうちに死んじゃうのよ!
だから今のうちに理想的な死に方を考えておくのは決して無駄な事じゃないよ!と。
確かに誰もが彼女と同じような事を一度は考えたことがあるとは思うのだが
もしかしたら事あるごとにそんな話を他人に聞かせるべきではないのかもしれない。
誰が何処でその話を聞いているかもわからないし、そんな言葉に聞き耳を立てている
のは人間ではない何か、かもしれないのだから。
そう、自分の心の中でこっそり思っているだけならば彼女もきっとそんな目には
遭わなかったのだろう。
その夜はクリスマスイブ。
特に予定は無かったが、それでも街中を歩いているだけで不思議と気持ちが
高揚してくる。
それにしてもクリスマスにこれほど雪が積もったのも何十年ぶりだろうか?
いや、ニュースで映像を観た事はあったが少なくとも彼女が生まれてからこれほど
大雪になったのは記憶になかった。
積雪量はたぶん30センチを超えている。
都会に降り積もった大雪は、大都会をいともたやすく幻想の世界に変えてくれた。
道路を走る車は殆ど無く、人もそれほど歩いていない。
そんな町中に賑やかで陽気なクリスマスメロディが誰の為ともなく流れている。
街中の建物は全て雪に覆われており、まるで時間が止まったようだった。
そして、いまだに降り続いている雪は、視界を白く煙らせ、まさに今視えている
世界が自分だけの為にあるかのような錯覚すら感じてしまう。
1人で過ごすクリスマスも悪くないかも・・・。
そう思いながら彼女は降り続く雪の中を傘もささずに歩いていた。
すると、前方にある高架橋の下に何やらぼんやりとした明かりが灯っているのが
見えた。
なんか素敵・・・。
そう思い、彼女はその明かりに近づいていった。
そして、彼女はその明かりの正体が占いなのだと分かった。
いつもは絶対に占いなど信じなかった。
彼女自身が他人の言葉に左右されやすい性格だというのも一因ではあったが、
自分の未来を他人に進言してもらうなど論外じゃないの、と考えていた。
だから、いつもならばその占いの前を素通りしていた筈だった。
しかし、その占いがタロット占いだった事。
そして、その夜が幻想的なクリスマスの夜だった事。
更に前を素通りしようとした彼女に占い師が声を掛けてきたこともあり
彼女は人生で初めての占いを体験する事になった。
占い師は彼女よりも少し年上の女性に見えた。
とても美しい女性で切れ長の目がとてもミステリアスな印象を彼女に与えた。
そんな占い師が彼女は向かって
今夜はとても良い夜になりそうですよ・・・。
と声を掛けてきたのだから彼女としても、そのまま素通りは出来なかったのだろう。
お幾らですか?
と聞く彼女に対して占い師の女性は
いいえ、お代は頂いておりません・・・。
と返してきた。
えっ?
商売で占い師をやられてるんじゃないのですか?
と聞くと、その占い師は
いいえ、私はお金を頂いたことはありません・・・。
この場所に座って、目の前を通り過ぎる人を勝手に占っているだけです。
そして、悪いカードが出た方や良いカードが出た方にだけお声をおかけしているんです。
と返してきた。
そこで彼女は
私はそのどちらなのでしょうか?
さっきは「今夜はとても良い夜になるって・・・」聞こえましたけど?
と返した。
すると、占い師は、
ええ、確かにそう言いました。
今夜は長年の夢が叶う夜になりますよ・・・。
と断言してくれた。
えっ、長年の夢ですか?
片思いの男性に出会えるとか?
宝くじでも当たるのかな?
と彼女が聞き返すと、
これ以上は私にはお答えできかねます・・・。
でも、今夜、夢が叶うのは事実ですよ・・・。
素敵なクリスマス・イブをお過ごしください・・・。
と、その占い師は微笑みながら返してきた。
彼女はそれからすぐに占い師にお辞儀をしてその場から立ち去った。
そして。自宅までの道のりを歩いていると、昔よく遊んだ公園で子供たちが
何かをして遊んでいるのが目に留まった。
それは、沢山の子供たちが大量の雪で大きなカマクラを作っている様だった。
楽しそう・・・。
私が子供の頃にもこんな大雪になっていたら間違いなくあの子達と同じように
カマクラを作って遊べたのに・・・。
そう思うとその子供たちがとても羨ましくなってきた。
そして、自分も一緒に造りたい・・・。
という思いがどんどん大きくなっていった。
彼女はゆっくりと子供たちに近づいていった。
そして、
こんばんは!
お姉ちゃんも一緒にカマクラ作ってもいいかな?
と声を掛けた。
すると、子どもたちは一斉に大きく頷くと、その中の1人が手に持っていた
小さなプラスチック製のスコップを貸してくれた。
ありがとう!
彼女はそう声を掛けたが相変わらず子供たちは何も言葉を返しては来なかった。
しかし、子供たちの顔は皆、嬉しそうに笑っていたし、何よりもスコップを
貸してくれたことが歓迎されている証拠だと思った。
それから子供達と一緒に雪を集めて来てはカマクラに乗せてそれをスコップで
固めていった。
そして、20分もすると、とても子供達と一緒に作ったとは思えない程立派な
カマクラが完成した。
すると、子どもたちの1人が彼女に大きなろうそくを渡してきた。
どうやら、そのろうそくを持ってカマクラの中へ入れ、と言っているように
思えた。
子供達よりも先にカマクラの中に入るのは気が引けたが、どうやら子供たちは
カマクラから少し離れた場所に移動しており、中に入る気配は無かった。
もしかしたら、中に入るのが怖いのかな?
それじゃ、私がお手本にならないと・・・。
そう思った彼女はそのままろうそくを持ってカマクラの中へ入っていった。
カマクラの中はとても広く、そして暖かかった。
カマクラの中ってこんなに暖かいものなんだ?
それに外の音が全く聞こえなくて・・・・。
彼女はカマクラが醸し出す幻想的な雰囲気に酔いしれていた。
その時だった。
こうすると、もっと暖かいよ・・・。
それに音も全然聞こえなくなるし・・・。
そう言って、子供たちが一斉にカマクラの出入り口を雪で塞いだ。
一瞬、驚いたがすぐに彼女はこう思った。
きっと子供たちが気を利かせてくれてるんだ・・・。
それに、子供の力で塞いだ雪ならいつでも外に出られるよね・・・と。
それから彼女はカマクラの中でぼんやりとろうそくの火を見ながら過ごしていた。
今年はなんて素敵なクリスマスなのだと感動すらしていた。
そんな時、ふと考えてみた。
もう夜だというのにあの子供たちは何故公園でカマクラを作っているの?
保護者は1人もいなかったのに・・・。
そう考えていると先ほど初めて聞いた子供の声が何か異質なものに感じられてきた。
確かに子供のような声ではあったが何か嫌な笑いや邪悪さが潜んでいるような
不思議な声・・・。
彼女は少し気味悪くなりすぐにカマクラの外に出ようとした。
しかし、どれだけ手で雪を掻いても足で蹴ってもいっこうに外の世界が現れない。
それどころか、雪は何をしてもびくともしない程に固められていた。
ちょっと・・・冗談はやめてよ・・・。
お姉ちゃんを早く此処から出して!
と必死になって叫んだ。
すると、ちょうどカマクラの上の方から先ほどの子供たちの声が聞こえてきた。
大丈夫だよ・・・。
ちゃんと夢を叶えてあげるから・・・と。
そして、何かがカマクラの上でダンダンと飛び跳ねる様な音が聞こえてきて
しばらく経った時、突然、彼女の上に大量の雪の壁が落ちてきた。
彼女はそのまま雪に押さえつけられて身動きできないまま、どんどん体が
冷えていくのが分かった。
どれだけ大声で
助けて~!誰か助けて~!
と叫んだか・・・。
しかし、どんどんと奪われていく体温の中でやがて寒さも感じなくなり強烈な
睡魔が襲ってきた。
寝てはいけない・・・・寝たら死んでしまう・・・。
そう自分に言い聞かせるが睡魔はどんどん強くなっていく。
そうしていると、彼女に覆いかぶさった大量の雪の山の上の方から子供達が
楽しそうに遊んでいる様な笑い声が聞こえてきた。
そして彼女はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
その年は雪が解けかかると、また大雪が降るという異常気象だった。
そして、完全に道路から雪が消えたのも年が明けて2月になってからの
事だった。
そして、大きな雪山の下からようやく彼女は発見された。
綺麗なままの姿で・・・・。
まるで眠っているかのような美しい死に顔だった。
彼女が出会った子供達は、いや、もしかすると占い師もやはり人間ではなかった
のかもしれない。
死神・・・?
悪魔・・・?
それとも、天使・・・?
それに言及するのは避けた方が良いだろう。
口は災いの元・・・。
どこで誰が聞き耳を立てているのか、わからないのだから。
ただ、それが幸せだったかどうかは別にして
とにかく彼女の願いが叶ったのだけは間違いない。
長年の夢が・・・。
この物語はフィクションです。
登場する団体・個人は架空のものであり、実在する全てのものとは一切
関係がございません。
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