使用禁止

これは仕事関係のお客さんから聞いた話になる。
彼の勤める会社は主に出版物のデザインが主な業務だ。
川沿いに建つ古い4階建てのビルの最上階にそのデザイン会社は入っている。
ビルはかなり老朽化が進んでおり仕事で訪問した際にはエレベーターを利用するのだが
振動や作動音が異様に大きく、このまま落下してしまわないかといつも不安に
駆られてしまう程だ。
だから俺はつい彼に聞いてしまった事がある。
あのエレベーター利用するのって怖くないですか?と。
すると、彼は笑いながら、
あっ、そういえばKさんはその手の本を出されているんですよね?
怪談のネタ集めですか?
と返してくるので、
いえ、そうじゃなくて・・・。
あの振動とか運転時の音とか聞いていると、
このまま停止して落ちてしまうんじゃないか?と
つい不安になってしまって・・・。
そう返した。
すると、彼は少し深刻な顔をして、
まあ、あの振動や音にはもう慣れましたけどね・・・。
でも、慣れないことが一つだけあります・・・。
実は夕方暗くなってからはあのエレベーターって一切利用出来ないんです・・・。
勿論、Kさんが好きそうな理由で・・・・。
と言ってくるので、つい興味が湧いてしまい詳細を聴かせてもらった。
そのエレベーターは単なる噂ではなく本当に暗くなってからの利用を管理会社が
禁止しているそうだ。
夏ならば午後7時以降、冬ならば午後5時以降といった感じで・・・。
エレベーターに貼り紙などはされていないが、管理会社からそのビルに入っている
全ての会社に正式な書類として配布されているそうだ。
勿論、その内容には使用禁止にした理由は明記していないし文章自体も命令口調
ではなく、あくまでお願いというスタンスだ。
だが、そのビルに入っている会社の者ならば、その理由は明記されなくとも
全員が理解しているのだそうだ。
つまりは怪異が発生するのだそうだ。
そして死人こそ出てはいないが過去には怪我をした者も数人いる、という事も。
だから、そんな一方的な使用禁止に対して今では文句を言う者もいない。
しかし、以前はそうではなかった。
1階や2階ならまだしも3階や4階のフロアに勤務する者にとってエレベーターが
使えないというのは不便極まりない。
大きくて重い荷物がある時や深夜の残業後に非常階段を使って帰るのは
あまりにも辛すぎる。
だから、彼らは同志を募り管理会社に文句を言いに行った事があるそうだ。
しかし、管理会社の返事は、
別にその禁止事項は強制ではなく、あくまで「お願い」という事です。
つまりは自己責任でお願いします、という事ですから。
ただ、もしも本当に暗くなってからあのエレベーターを利用されるのならば
この書類に一筆お願いします・・・。
そう言って1枚の書類を渡してきたという。
その書類には、
「私は管理会社の提案に同意せず、あくまで自己責任で夜間に〇〇ビルの
エレベーターを使用します。よってその事によって生じる全ての事故や不利益に
関しては事前に承知していたものとし管理会社に一切の責任を求めません」
そう書かれていた。
だから彼らが
ここに書かれている全ての事故や不利益というのは具体的にはどういう場合を指すのか?
と尋ねると、
怪我、病気、死亡、精神異常、事故、失踪、自殺、そんな感じですかね・・・。
と返してきた。
それを聞いて呆気にとられた彼らが
どうして、そんな事が起こると言い切れるんですか?
根拠を説明して欲しい!
と詰め寄ると、管理会社の担当者は、やるせなさそうな顔をして
これらは全て過去にそのエレベーターで起きた事例です・・・。
うちの人間も2人ほど含まれています・・・。
悪い事は言いませんから、こちらの言う通りにして頂けませんか?
そう言われて彼らは一瞬黙り込んだが、それでも納得できなかったらしく
事前に調べておいた事実を切り札として言い放った。
あのエレベーターが深夜に動いているのを何人かが目撃しています・・・。
上がったり下がったりを繰り返していたしドアが開く音も聞こえてましたけど?
という事は、つまりそのエレベーターを使用している人達も全てその承諾書に
サインをしたという事なんですか?と。
すると、管理会社の担当者は一瞬驚いた顔をした後、残念そうにこう言った。
やっぱりまだエレベーターは動いているんですか?
実はあなた達と同じようにクレームを言ってくる方も少なくないもので
大変申し上げ難いんですが夜間は内緒でエレベーターの電源は切ってあるんです。
それでも本当にエレベーターが動いているという事であれば、もう夜間は絶対に
あのエレベーターには近づかないでください・・・。
エレベーターに乗っているのは、この世の者ではありませんから・・・。
そして、もしも扉が開いたところを見てしまったら・・・・。
エレベーターの中にいるモノ達を見てしまったら・・・・。
もう助からないと思いますから・・・。
過去にもうちの社員が2人、夜間のエレベーターの確認に行ってそのまま行方不明
になっています。
エレベーターの中にいるモノ達の様子を電話してきた直後に・・・。
そして、その2人はいまだに見つかっていないんです。
私達にはあのビルを利用されている皆さんを護る義務があります。
だから、これから私が話す事は努力義務ではなく禁止命令として聞いてください。
夜には非常階段だけを利用してください。
そうしていれば何も起こりません。
死ぬのも失踪するのも嫌ですよね?
だったら絶対に夜間にエレベーターは使わないでください・・・と。
そう言われて俺はその帰り道に、そのエレベーターを利用した。
先ほどの話を聞いてしまうと、さすがに別の意味での恐怖が加味されてしまう。
背後が気になってしまいどうも落ち着かない。
1階へとエレベーターが到着するとドアがゆっくりと開いた。
俺は急いでドアから外に出ようとして一瞬動きが止まった。
そして、1階でエレベーターが到着するのを待っていたどこかの会社のユニフォーム
を着た女性二人も俺と同じように驚いた顔をして固まっていた。
俺が見たのは二人の女性の背後に立つ背の高い女。
すぐに消えてしまったが、その二人の女性が見てしまったのもきっとその類
なのだろう。
2人の女性は慌てて非常階段の方へと走っていった。
なんなんだ・・・このエレベーターは?
そう思いながらドアから外へ出て俺はおもむろにもう一度エレベーターの方を
振り返った。
閉まっていくドアの隙間から、先ほどの背の高い女とは違うモノ達の姿がはっきりと
見えた。
やはり、このビルはそういうビルなのだろう・・・。
原因は分からないが、自分の命を守りたいならば管理会社のアドバイスに
素直に従うしかないのかもしれない。

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