ヨミガエリ

えっ・・・・。
そう言ったきりAさんは飲んでいたコーヒーカップを持ったまま突然固まった。
その時、俺とAさん、そして姫ちゃんは行きつけの喫茶店でのんびりと
世間話に花を咲かせていたが、突然Aさんと姫ちゃんの動きが停止した。
出てきちゃいましたね?
でも、なんででしょうね?
出られるはずが無いのに・・・。
と姫ちゃんが言うと
それは分かんないけどね・・・。
でも、あれだけしっかりした封印を自分で壊せるはずも無いしね・・・。
もしかしたら故意か偶然かは分からないけど、どっかの馬鹿が封印を
解いてしまったとしか考えられないけどね・・・。
Kさんみたいに・・・。
と返す。
俺とは関係なく話が進んでいたがさすがに俺の名前が出てきたとなれば
そのまま聞き流す訳にはいかなかった。
何がどうしたって?
「封印を解いた」・・・とか「出てきた」っていう言葉が聞こえたけど?
と俺が聞くとAさんは冷たい口調で
別にKさんには関係ない事ですから・・・。
まあ、そういえば以前にはKさんも知らずに封印を解放してしまった事があったな、
というだけの事です。
そう言われて俺はすぐにこう聞き返した。
つまり、誰かが封印を解いてしまってまた悪しき何かがこの世に出てきたって言う事?
それってヤバイ奴なの?と。
すると姫ちゃんがAさんの顔色を見ながらこう返してくる。
ヤバいかって聞かれれば間違いなくヤバイ相手ですかね。
私なんかでは到底太刀打ちできない程の強い悪霊です・・・。
私にはその姿や能力は対峙してみたいと分かりませんけど、たぶんAさんなら・・・と。
それを聞いたAさんは
私にも詳しくは分かんないよ・・・。
でも、ここまではっきりと霊気が強まったのを感じられるんだから相当な奴だね。
ただ姫ちゃんも自分の力を過小評価し過ぎだよ?
姫ちゃんが無理な相手なら私にだって無理だと思うからさ。
とにかくそんな厄介な相手には近づかない様にするのが最善の策かもね。
と返していた。
それを聞いた俺は、
えっ?
そんなヤバい奴が世に出たっていうのにこのままスルーしちゃうの?
早いとこ退治するか封印してしまわないといけないんじゃないの?
と力説するが、当のAさんは、
別に私も姫ちゃんもそういうのを生業にしている訳じゃありませんから。
普通の何処にでもいる美人教師とおっとり大学生なんですから。
そういう危険な仕事は高いお金をもらって生業にしている霊能者さん達が
頑張ればいいんですよ!
と取り付く島もなかった。
それでも更に食い下がっていると、
そこまで言うならKさんが何とかすればいいんじゃないですか?
それだけ強力な守護霊を持っているんですからそれなりに修行すればかなりの
レベルにはなれると思うんですけどねぇ?
と言われてしまい、俺が
どれくらいの期間、修行すればいいの?
と聞き返すと
まあ、100年くらい・・・ですかね?
と返してきたので俺も意地になってしまい
それじゃ100年修行したらAさんと同レベルになれるっていう事だよね?
と返すと
大爆笑されて、その場はお開きになった。
しかしよく考えてみればAさんの言う事にも確かに頷ける部分はあった。
わざわざ自分から危険に飛び込んでいく必要など無いのだから。
Aさんも姫ちゃんも決して霊能者を生業にしている訳ではない。
俺の頼みで怪異に立ち向かう事はあっても自分から出向いた事など
数えるほどしか無いのだ。
しかも、世の中には霊能者を名乗る無敵の術者が大勢存在するのだろう。
そんな霊能者が高額な対価の為に命を投げ出してその何かと対峙し
滅すれば良いだけなのだから。
そう思い俺はその事をさっさと忘れてしまう事にした。
そんなある日、俺はAさんと姫ちゃんを車に乗せてある墓所に向かっていた。
それは以前、親交のあった女性霊能者の墓であり1年に1度は必ず3人
もしくは富山の住職を加えた4人で墓前に参る事にしていたから。
Aさんがかつて親交を持ち凄まじい能力を持ったその女性霊能者はその能力を
生まれてきたばかりの娘へと引き継いだ直後、その人生を終えた。
俺も世話になったし住職とも親交があり姫ちゃんにも優しかった。
決して驕らず誰に対してでも優しい彼女も確かに自分の事を霊能者と
名乗る事は無かった。
Aさんと性格的には真逆だったが、そういう点では共通点は多かったのかもしれない。
しかし、車の中でもAさんはその女性の話には触れたがらず、どちらかと言えば、
というか間違いなくお墓参りのついでに立ち寄る予定のケーキ屋さんの事で
頭の中がいっぱいなのは俺の眼にもすぐに理解出来た。
本当にこの人はもう・・・。
そう思いながらも、俺はなんとなくその女性の話に話題を振った。
本当に素晴らしい人だったよね・・・。
本当に凄い能力を持った人だったよね・・・と。
そして、俺はこう尋ねた。
彼女が生きていたなら、その封印から出てきたという奴も簡単に封じる事が
出来たのかな?と。
すると、車の中でお菓子を貪っていたAさんが不愛想に口を開く。
まあ・・・無理ですかね・・・。
アレは彼女が何とか出来るレベルの相手ではありませんから・・・と。
すると、突然、姫ちゃんが口を開く。
実は以前、あの場所にAさんと一緒に訪れた事があるんです。
大きな石が何段にも積まれていてしっかりと封印されていました。
それでも凄い妖気が溢れていたから私とAさんで更に強い気で封印したんです。
でも、それが破られたとしたら・・・。
もしかしたら私の想定を遥かに超えた存在なのかもしれません。
だから、私にはとても対峙出来ないと思います。
頼みはAさんだけかと・・・。
そう言うと姫ちゃんは少し暗い顔になった。
しかし、すぐにAさんがその言葉に反応した。
あのね・・・前も言ったけどさ。
姫ちゃんって自信無さ過ぎだよ?
身の程をわきまえ慎重になるというのは大切かもしれないけどちょっと度が過ぎてる。
言っておくけどさ。
姫ちゃんがどう対処できるかという問題とは別に、姫ちゃんは凄いモノに
護られてる。
それを忘れちゃダメだよ?
自分を護ってくれているモノ達の力を過小評価し過ぎだから。
まあ、今に身を以って分かるとは思うけどさ・・・。
それを聞いて俺はまたAさんに問いかける。
俺も大丈夫なのかな?
いつも強い守護霊の事を宝の持ち腐れとか言われてるじゃん?と。
するとAさんは鼻で笑いながら
Kさんと姫ちゃんでは護られているモノ自体が違うんですよ。
Kさんを護ってくれているのは亡くなられたお姉さんの守護霊。
確かに守護霊としては異質なほどです。
でも、姫ちゃんは本当に沢山のモノに護られてます。
それは守護霊とも違うし憑依されている訳でもないですし。
持って生まれてきた繋がりとでもいうんですかね。
本人は自覚してませんけど・・・。
だから、もしも姫ちゃんがこの世を恨んで死んだとしてこの世に害をもたらそうと
したら、それはもう誰にも止められないのかもしれませんね。
人間って生きているうちよりも死んでからの方が間違いなく霊力が
強くなりますから。
今でもこのレベルなんですから・・・。
元々、人は全て霊的な力をもって生まれてくるんです。
そして、その力を全く使えない人もいれば、それを使って霊能者
と呼ばれる人もいます。
でも、その力を使っている人がいたとしても多分、数パーセント程度
なんじゃないですかね。
でも、死んで霊体になれば、その力を100パーセント使えるんです。
例外なく全ての人が・・・。
だから、この世で修業をしたりして技術を身に付けた後にこの世を恨んだまま
死んでいって悪霊になる奴がもっとも厄介なんですよ。
そして、今回、蘇った相手もそういう奴だという事です。
蘇ったと感じた時、はっきりと九字の呪法を詠む声が聞こえましたから。
嫌ですね・・・本当に。
だから、そういう厄介な相手とは出会わないのが一番良いんですよ。
死にたくければ・・・・。
そう説明してくれた。
俺は更に聞き返す。
死にたくなければ・・・・ってAさんでも敵わないって事?
それなら一刻も早く強い霊能者さん達に何とか対処してもらわないと!と。
すると、Aさんは、
まあ、不思議ものでそういう遭遇って偶然ではなく必然として発生するんですよ。
もしかしたらお互いに引き合うのかもしれませんけど・・・。
だから、ヤバイそいつにはそれに見合った霊能者がきっと現れますよ。
とにかく私は御免ですね。
面倒臭そうなので・・・。
と言い放った。
そして、その時、姫ちゃんが突然小さな声で呟いた。
それにしても、今走っている道って、あの時の道と似てませんか?と。
俺はその言葉に反応して
あの時ってどんな時?
もしかして・・・?
そう口にした時だった。
突然、目の前の道が真っ暗な霧に覆われてしまい其処から逃げるようにして何人かの
異様な服装を着た男女が此方へと向かってくる。
そして、俺達を見つけると車の窓をバンバンと叩いて停止させた。
その男女が着ているのは明らかに修験僧が着るような仏僧具。
そして、車を停車させた俺に大声で叫んだ。
すぐに此処から逃げなさい!
あの霧に飲み込まれたらもう助からない!
早く!と。
俺は慌てて
何が起こってるんですか?
助からないって?
殺人犯とかガス漏れとか?
と返すと、彼らは
あなた達に説明してもきっと理解してもらえないから!
私達が何とか時間を稼ぎます!
その隙に出来るだけ遠くまで逃げなさい!
と怒鳴ってくる。
俺が後部座席に座る2人の顔色を窺う。
そして、
姫ちゃん、行ってくれば?
さっき私が言った意味が分かると思うから・・・。
とAさんが口を開く。
その言葉に頷きドアを開けて外へと出て行く姫ちゃん。
慌てて外にいた修験僧らしき男女が姫ちゃんの体を車内へと戻そうとする。
何やってるんですか!
外に出るなんて自殺行為だ!
いいですか!
あの黒い霧の中にいるのは恐ろしく邪悪なモノ!
私達でも全く太刀打ちできなかったんです!
もう人間にはどうしようもない!
逃げるしかないんですから!
そう叫ぶ彼らにAさんが窓を開けて口を開いた。
あの・・・すみませんね。
あなた達が本物の修業をした能力者だという事はよくわかります。
そして、あなた達の言っている意味も・・・。
だから、この娘は車の外に出たんですよ・・・。
あなた達を護るために・・・。
本物であるあなた達を此処であいつに取り込ませる訳にはいかないから。
大丈夫です・・・・見ててください。
その娘、普通じゃないですから。
人間じゃどうしようもないかもしれませんけど、その娘、バケモノなので・・・。
そう言われてまじまじと姫ちゃんの方を見た彼らは何かに気付いて思わず
姫ちゃんから飛び退いた。
えっ?
何故?
マジか?
そう言われ少し照れながらも姫ちゃんはその黒い霧の方へとトコトコと歩いていく。
回りにいた彼らはもう姫ちゃんを止めようとはせず、ただその成り行きを
微動だにせずに見守っていた。
すると、姫ちゃんが進んでいく前方の霧がまるで姫ちゃんを避けるかのように
大きく形を変えた。
それでもしばらく進んだところで姫ちゃんの姿が霧に覆われそうになった時、思わず
姫ちゃんが
きゃっ!
と小さな悲鳴を上げた。
その瞬間、俺にも先程Aさんが言っていた言葉の意味がはっきりと理解出来た。
禍々しい姿の悪魔の様な異形と大きな狐、犬、蛇が現れて黒い霧を蹴散らしたかと思うと
姫ちゃんを護るように周りを威嚇していた。
きょとんとした顔でこちらを見ている姫ちゃんを見て、Aさんも車から降りて行く。
あっ、私もバケモノらしいので大丈夫ですから・・・。
それに前方にあんなモノが居たんじゃ先に進めませんから。
私、逃げたり回り道するのが大嫌いなので・・・。
それと車を運転している方だけは、ごく普通の人間ですけど、護ってあげる
必要は無いかもしれません・・・。
まあ、何の能力もありませんけど・・・。
そう言って黒い霧の方へと歩いていくAさんを止めようとする者など
1人もいなかった。
いや、それよりも、目の前で起こっている事が信じられないとでもいう様な
顔をしてポカンと口を開けている。
そして、Aさんも霧の中に飲み込まれていき、二人の姿は完全に見えなくなった。
あの・・・・あなた達は一体何者なんでしょうか?
先程の2人が近くを通っただけで鳥肌が立って耳鳴りも止まらなんですが?
こんな経験は初めての事で・・・。
あなたが普通の方なのはすぐに分かりましたが、あのお二人は一体何なんでしょうか?
突然、彼らにそう尋ねられた俺は、
えっ、普通の美人教師とおっとり大学生みたいですよ・・・。
ちなみに、れっきとした人間ですよ・・・。
自称・・・ですけど・・・。
と返しておいた。
それから5分ほどして
あ~お腹空いた~!
と文句を言いながらAさんが此方へと歩いてくる。
そして、いつものようにニコニコと笑いながら後ろを歩いてくる姫ちゃん。
背後に在った黒い霧も瞬く間に薄くなっていきやがて消え去った。
どうしたの?
大丈夫だった?
と聞く俺に
大丈夫だから此処にいるんでしょうが?
なんか面倒くさい奴だったから2人掛かりで消去しました。
もう封じる必要もありませんね。
良かった良かった・・・。
とまるで他人事のように話すAさん。
そして、ニコニコと笑っている姫ちゃん。
そして、俺達は呆然と立ち尽くす彼らを後にして車を発進させた。
その後、立ち寄ったケーキ屋さんでのAさんの爆食具合から相手がかなり厄介
だった事がよく理解出来た。
そして、これは後から姫ちゃんから聞いた事なのだが、どうやらその時はわざと
アレが封じられていた場所に近い道を走らされていたらしく、きっとAさんは
最初からアレを自分の手で何とかしようと思っていたらしいとの
事だった。
それにしても、あの二人がペアになった時、対等に立ち向かえるモノなど
存在するのだろうか?
そして、早食いではなく大食い選手権にAさんが出場した場合、Aさんと
対等に立ち向かえる者など存在するのだろうか?
そう思い、軽くなった財布に涙が止まらなかったのは言うまでもない。


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