3つのボタン

これは刑務官として働いている大学時代の友人から聞いた話になる。
日本には死刑制度がある。
それについては賛否両論、色んな意見があるのは当然だし死刑制度が残っているという事実だけで先進国として野蛮だとする意見があるのも承知している。
だから現時点で俺はあくまで客観的な立場での意見しか持ってはいない。
つまり死刑は必要かもしれないがその為に国際的にマイナスなイメージとして作用するのであれば死刑の廃止も考えるべきかもしれない、と。
しかし、実際に俺の大切な家族が無残に殺され俺自身が遺族として当事者になった時の事を想像するとやはり死刑制度に頼らざるをえないのかもしれない。
いや、むしろ法的に罪人として処罰されたとしても自らの手で殺人を犯した当人をそれ以上の方法で抹殺したいという気持ちに頭の中が浸食されていく様な気がしてならない。
それが遺族の気持ちであり、その気持ちを代行してくれるのが死刑制度なのかもしれない。
きっと死刑が執行されたとしても気が晴れる事は無いのは分かってはいるが、それでも法的に許される唯一の仇討ちが死刑制度なのだとしたら俺はその存在を支持するだろう。
話を戻すが、現在死刑が執行されるのはあくまで拘置所であり刑務所ではない。
だから俺が友人から聞いた話というのもあくまで友人が同僚から聞いた話になるのはお許しいただきたい。
死刑囚が留置されている拘置所。
そこで死刑囚は何の義務も背負わないで生活する。
労働も無ければ厳しすぎる束縛も無い。
要は死刑が執行されるその日まで生きていればそれで良いのだ。
彼らは死刑によって命を絶たれる事が既に決まっている者達であり、死刑で死ぬ事だけが課せられた使命なのだから。
好きな本も読めるし趣味に時間を費やす事も出来る。
中には自分の罪を悔やみ宗教に傾倒したり、ひたすら被害者に哀悼の念を捧げる死刑囚もいる様だが全ては後の祭り。
法務大臣が死刑執行の書類に判を押せば、すぐに死刑が執行されこの世から消えていく。
以前は最後の食事として希望する食べ物を与えていたり、数日前から死刑の執行日を告知されていた事もあった様だが死の恐怖に耐えられず自ら命を絶つ者が後を絶たず、現在では何の前触れも無く死刑執行日の朝に突然死刑の執行を告げられそのまま刑場へと連れられて行く。
暴れたり泣き叫ぶ者もいるそうだが、何をしても無駄なのは明らか。
屈強な刑務官が数人がかりで死刑囚を刑場へと力づくで連れて行くのだから抗う術は無い。
そして死刑囚は死刑執行が行われる隣りの部屋へ最初に座らされ教誨師と話したり遺書を書いたりするそうだ。
その際、お茶菓子を食べるのも自由だし煙草だって吸う事が出来るらしいのだが、そんな余裕のある死刑囚などなかなかいないという。
そして、それらの全ての手続きが終わると死刑囚は目隠しをされたまま隣の部屋へと連れられて行く。
いや、引きずられていく、と言った方が正しいのかもしれない。
これから自分が死刑を執行されると分かっている状態で目隠しをされた時のパニック状態は想像に難くないからだ。
そして、死刑囚はそのまま強引に首に太い縄を掛けられ、その瞬間に床が開く。
沢山の監視官が見守る中で。
そして下の階へ落ちた死刑囚はそのまましばらく放置された後、死亡確認が行われ死刑が完了する。
と、ここまで書いただけでも死刑囚にとってはまさに地獄の数分間だろう。
しかし、拘置所で働く刑務官たちにとっても死刑というものは嫌な仕事なのは間違いない。だからこそ、実際に死刑を執行する為のボタン。
つまり、首に縄を掛けられた死刑囚が立っている場所の床を開くためのボタンを押す役目は刑務官全員が持ち回りで行うそうだ。
しかも、死刑が執行される度に3人の刑務官が選任され、3つ並んだボタンを同時に押す。
3つのボタンのうち、1つだけが床が開く装置と繋がっており3人のうち誰がそのボタンを押したのかは分からない仕組みになっている。
自分がボタンを押した事よって人一人の命を奪ってしまう。
そのストレスを少しでも緩和する為の仕組みらしいのだが、それでもその重圧とストレスは半端なものではないだろう。
死刑執行の役目を終えた刑務官には休暇が与えられ特別手当まで出るそうなのだが殆どの者はそのお金で何かを買ったり食べたりする事は無いそうだ。
手当として貰ったお金は殆どの者が、死刑執行で亡くなった者への供え物として使うのだという
そして、ここからが本題になるのだが、どうやらその仕組み。
つまり3人の刑務官が同時にボタンを押し、誰が死刑囚を直接的に殺したのかを分からなくするシステムを使ったとしても、結局それが分かってしまう場合も存在するそうだ。
それは死刑を執行された者が床を開くボタンを押した本人の元に霊となって現れるからだ。
勿論、殆どの場合、そのような怪異が起こる事は無いのだろうが、刑務官に強い霊感が備わっていたり、もしくは死刑執行された者の生への執着や怨みが強すぎる場合にはそんな事も起りえるのだそうだ。
身勝手な理由で複数人を殺した死刑囚が仕事として刑を執行した刑務官の前に幽霊になって現れるなど単なる逆恨みでしかないし馬鹿馬鹿しくて呆れてしまうのだが、それでもそんな怪異に襲われて刑務官を辞めていったり精神を病んでしまう者もいるそうなのだから本当に大変な仕事である。
ちなみに俺が友人から聞いた刑務官に至っては、刑務官として拘置所内で働いている時には少しだけ離れた場所からじっと恨めしそうな眼で睨んできただけでなく非番の際など自宅で過ごしていると突然現れて首を絞めてきたそうだ。
苦しいか?・・・苦しいか?と言いながら。
そして、その刑務官はその後自ら命を絶ってしまったそうなのだがどうやら目の前に現れる際、その霊は首が長く垂れ下がり眼が飛び出し紫色の顔をしていたそうなのだが、実際の絞首刑では首が明らかに長く伸びる事は無いそうだし、眼が飛び出す事も無いそうだからその霊は死んでからも性根が直っていないという事なのかもしれない。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?