酷暑

木場さんは幼い頃から他の者には視えていないモノが視えていたそうだ。
それに最初に気付いたのは幼稚園に通っていた頃。
クラスの中に明らかに服装の違う子供たちが何人も混ざっていたのだという。
しかし、それらの姿は明らかに友達や先生たちには視えていなかった。
最初はそれを怖く感じてしまい出来るだけ近づかないようにしていたらしいのだが、ある時、教室の中で走り回っていた際、それらの1人の男の事ぶつかれそうになって慌てて彼はその男の子を避けてしまった。
その時はその男の子は少しびっくりした顔をした後、にっこりと笑ってくれた。
ただその時、彼が怖がっている顔をしてしまったのに気付いたのか、それ以後、彼からわざと距離を置く様にしてクラス内にいるようになった。
それを見てなんだか申し訳ない気持ちがして彼の方からその男の子に近づき誰にも見られないように声をかけた。
それからはクラス内にいる数人の視えない友達全員とも仲良くなれた。
幼稚園の外へは出られない様だったが、幼稚園に居る時は当たり前の様に話しかけ笑いあった。
他の友達や先生たちはそれを気持ち悪がっていたが彼にしてみればそんな事はどうでも良かった。
とにかく視えない友達たちは誰もが優しくいつもニコニコと笑っており、いじめっ子もいなければやんちゃな子すら一人もいなかった。
その視えない友達たちとは幼稚園を卒業してからはもう会えなくなってしまったが、その幼稚園での経験で彼が悟ったのは自分には霊感というものが備わっており幽霊というものが視えてしまうが幽霊というのは決して恐ろしいものではなく普通の人間よりも優しく礼儀正しい存在なのだという事だった。
それからも彼は霊感が一時的に無くなる事はあったが人生の殆どの時期を幽霊の姿をはっきりと視ながら生きてきた。
そんな彼も現在は30代の会社員。
外回りの営業をしているそうだ。
そんな彼が今年の夏に経験した話を書き寄せてくけた。
その日は本当に酷い暑さの日だった。
そして、その頃でも彼にははっきりと昼間でも霊の姿が視えており、夏の昼間には幽霊というモノもビルの陰や木陰に避難する様に立っているのをいつも眼にしていた。
幽霊でも暑さを感じるのかな?
まあ確かに生きている人間が耐えられない程の暑さなんだから、もしかしたら暑いとか寒いとかを感じる何かがあってもおかしくはないよな・・・・。
そんな風に考えながら人と霊が同じ場所で涼んでいる様子を何となく微笑ましく感じながら見ていた。
そんなある日、35℃を超えている酷暑の昼間、彼は不思議な光景を見た。
彼が電車の駅から出てくると外には歩いている人もまばらで、皆が熱中症を避けて何処か涼しい場所へ避難しているのは容易に想像できた。
しかし、そんな中で真冬に着るような厚手のコートを着て炎天下の中、駅の前にある噴水の近くに立っている若い女性がいた。
その顔は明らかに何かに必死で耐えている様な険しい顔をしていた。
もしかして、あの女の人、必死の形相でこの暑さに耐えているのか?
最初はその様子をただ茫然と立ち尽くしてみていた彼だったが、彼にはその若い女性がすぐに生きている人間ではないという事が分かった。
そもそも厚手のコートを着ていること自体が奇妙だったし、汗を流している様子が無かったのも明らかに普通ではなかった。
ただ、それ以上に人間ではないと判断させたのはその女性の姿が僅かながら透けていた事。
そしてハイヒールを履いた足が地上から5センチほど浮いていたという事だった。
彼は慌ててその女性の方へ駆け寄ると、その女性の顔を正視しながらこう言った。
あの・・・すみせん。
もしかしてその場所から動けない状態でしたら失礼なんですけど、この駅の裏には大きな木陰もありますし、その近くには小さな川も流れてます。
そちらに行った方が体が楽だと思いますよ、と。
すると、その女性は少し驚いた顔をしていたが、そのまま彼から視線をずらして何事も無かったかのようにしていたそうだ。
彼は、
もしかしたら、まずい事を言っちゃったのかもしれないな?
地縛霊だったらどんなに暑くても動けるはずも無いんだから。
だとしたら本当に失礼な事をしてしまった。
そう思い、彼はその女性に向かって大きくお辞儀をしてその場を立ち去ったという。
それからも暑い日が続き彼はまたその駅を利用する事になった。
そして、あの時の事を思い出してつい噴水の近くを見てみた。
すると、あの時視た若い女性の姿はその場には見つけられなかった。
もしかして‥‥と思い彼は駅の裏側に行くが、やはりその女性の姿は見つからない。
どうしちゃったんだろうな・・・・。
そう思って大きな木の裏側を流れている小さな川に視線を移した時、彼は思わず嬉しくなったという。
その女性が川の中に立って川の周りにいる人たちを幸せそうに見つめていた。
暑いコートも来ておらず涼しそうなワンピースを着て川の水の冷たさで涼を取っているように見えた。
そして、彼に気付いたその若い女性はにっこりと笑いかけて深々とお辞儀をしてくれたという。
彼はそのまま一緒に川の中に入っていきたかったが次の仕事の予定もあり、それは断念し女性に分かって笑いかけ手を振りながらその場から立ち去ったという。
その女性の顔が全てを物語っていた。
自分は決して無駄な事をしたわけじゃなかった・・・・。
誰かに親切にするのに、生きていようが生きていまいがそんな事は関係ない・・・。
だからこそ、自分までがこんなに幸せな気持ちになれてるんだから・・・と。
そう感じると同時に、彼は少し不思議に感じた。
幽霊っていうのも着替えられるのか?
暑い冬用のコートを着ていたはずなのに、今着ていたのは明らかに夏用の薄手のワンピースだったよな?と。
確かに不思議な話だが、ありえない事ではないと俺は思う。
そんな彼はこれまでに霊感や霊に話しかけたりしたおかげで嫌な事や怖い経験をした事は一度も無いらしく、これからも幽霊に対しては特に優しく接していくつもりだそうだ。

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