五つ目の選択肢・その4

それから5分くらい走った頃だろうか・・・。
Aさんが口を開いた。
 
完全に読み間違えてました。
いや、完全に騙されてましたね。
私の力を知ったうえで完全に弄ばれた感じです。
あんなの私の経験上、遭遇した事はありません。
嶋田さんの持っているヒトガタと関わりのある霊は大ボスでもなくボスキャラ
でもなかった。
あれ程の力を持っているという事はもしかしたら有史以前から存在していた悪霊。
これまでに幾多の除霊や祓いを受けてもなおこの世に生き残り続けている邪悪な
大怨霊といった感じですかね。
とにかく今の私では全く相手にさえならなかった。
何とか手伝ってくれていた霊達は逃がす事が出来ましたけどそれが限界でした。
殺されなかった事が不幸中の幸いかも・・・。
いや、もしかしてわざと逃がしたのかも・・・。
退屈しのぎになりそうだったから・・・・?
 
そう言うとしばらくAさんは黙り込んだ。
そして、
まあとりあえずは引き返しましょう。
命あっての物種ですから・・・。
 
そう言ってそれ以後喋らなくなった。
 
とりあえず先に嶋田さんの家に向かい、車から降りてもらった。
 
姫ちゃんの加護がずっと近くに居ますから多分大丈夫だとは思います。
ただ、危険な空気とか命の危機を感じた時はとりあえず一番近くにある稲荷神社に
逃げ込んでください。
そうすればあいつらも手が出しようがない・・・ですから・・。
そんな言葉を残して。
 
それから俺はAさんを乗せてAさんのマンションへと向かった。
そして、その道すがら、
 
御免…なんか俺、とんでもない事に巻き込んじゃったみたい・・・。
あんな弱気なAさんなんて、初めて見たよ。
もう手を引こうよ・・・この件から。
嶋田さんには悪いけどさ・・・。
と俺はAさんに声を掛けた。
するとAさんは
ご心配していただいてどうも・・・。
でも、もう遅いんですよね。
あいつらに私の顔、しっかり見られちゃってますから・・・。
もう逃げ場は無いです。
何処までも追ってきますね・・・私が死んで同じ悪霊として取り込めるまで。
 
そう言われた俺が
逃げられないのなら戦うしかないって事?
もしも戦うんなら今度は総力戦でいかないと!
姫ちゃんも住職も、そして霊能者仲間も取り込んでさ!
と言うとAさんは、
 
なんですか?・・・その霊能者仲間って?
私は霊能者なんかじゃないって言ってるじゃないですか!
それに、総力戦なんて無理ですよ。
それぞれ得意分野が違うんです。
Kさんが炊事や洗濯、お買い物が得意な様に、住職はお経による封じが本業だし、
姫ちゃんはなんでもこなせるけどまだ全力を開放する方法を知らない。
本気で全力が使えるとしたら、私はさっさと姫ちゃんにバトンタッチして家でゴロゴロ
寝てられるんですけどね。
そして、瞬殺するでしょうね・・・どんな相手でも。
でも姫ちゃんは優し過ぎるから、つい相手に情が沸いてしまう。
私みたいな鬼にも悪魔にもなれるタイプではないんです。
そんな状態の姫ちゃんや住職をあの倉庫に連れて行ったら間違いなく弄ばれて殺されます。
他の知り合いの霊能者に至っては明らかに実力不足だし・・・。
だから結局は一人でやるしかないんですよ・・・。
他に誰も死んでほしくはありませんから・・・。
そう返してきた。
 
えっ、でもたった今、負けて逃げてきたんでしょ?
殺されなかっただけマシ・・・みたいな感じで?
それなのに、どうやって戦うの?
1人きりで・・・。
まさか嶋田さんみたいに自分が犠牲になって死ぬ、なんて言わないでよね?
 
俺がそう返すと、Aさんは笑いながら
 
私がそんな謙虚な奴だと思ってないでしょうが?
もう長い付き合いなんだから。
あいつら、私の前でゲラゲラ笑ったんですよ?
何かしてみろよ?って・・・。
でも、何も出来なかった。
明らかに今の状態ではあっちの方が上。
下手に動いたら瞬殺される。
それは単なる恐怖ではなくて確信だったと思います。
それがはっきりと確信できたから私は動かなかった。
いや、動けなかったんですよね。
死にたくなかったから・・・。
それが私は許せないんです・・・・自分自身に対して。
だからリベンジはきっちりさせてもらいます。
嶋田さんに言いましたけど、四つ目の選択肢。
あれは却下です。
もうそんな細かい事なんか考えていられませんから。
だから、私は五つ目の選択肢でいきます・・・。
それがどんな内容かは言いませんけどね。
とにかくあいつらに後悔させる間も与えず「無」に帰してやらないと
気が済みません。
ルールなんか考えず周りの何かに被害が及ぶんじゃないか?なんていう
心配も今回は捨てます。
今の私がただ感情のままに全力で力を放出する。
そんな私の今の全力が通用するか、それとも通じず、殺されてしまうのか?
そういうのも面白いじゃないですか。
あっ、もしも私が負けて殺されたらそのまま悪霊として取り込まれると思います。
その時には姫ちゃんに言って悪霊になった私を消滅させるように言ってくださいね。
私が殺されたと知ったら、もしかしたらあの子も全開の全力が出せるかもしれません。
どうせ誰かに消滅させられるのなら、あの子の覚醒を見届けてから消えてなくなりたい
ですから・・・。
Aさんは少し嬉しそうにそう言った。
 
しかし、言わないと断言しながらちゃんと五つ目の選択肢の内容を喋っているAさんに
少しだけホッとした。
いつ以来だろうか・・・・Aさんの本気を見るのは?
そして、今の全開全力は一体どれくらいのものなんだろうか?
恐ろしいが見てみたい・・・。
しかも、Aさんはいつものようにクールで決して頭に血が上っている訳ではない。
だとしたら、勝てるのではないか?
1人きりでも・・・。
そんな気がして仕方なかった。
その日はAさんをマンションまで送り届けて俺は帰路に就いた。
 
それから数日間、嶋田さんの周囲から完全に怪異が消えた。
つまりターゲットは完全にAさんに切り替わったという事なのか?
しかし、あの日以降、病院で検査を受けたところ、Aさんの肋骨が2本折れている事が
判明し俺は少々不安になってきた。
やはりあの時何かの攻撃を受けていた。
そして、過去に数えるほどしかケガなどした事の無かったAさんが簡単に肋骨を
折られた。
これはどう判断すればよいのか?
やはり逃げるしかないのか?
勿論、逃げる方法があれば、の話だが。
そして、既にAさんはコルセットを巻いたままマンションから出てこない。
連絡も付かないし一体何をやっているのかすら分からなかった。
そんな時だった。
姫ちゃんがケガをしたという報せが届いたのは。
ケガは大したことは無かったが、ケガをした状況は明らかに異常だった。
仕事中、突然突き飛ばされた様に宙を舞った姫ちゃんはそのまま職場のロッカーに激突した。
姫ちゃん自体は擦り傷程度で大破したのはロッカーの方だったが、姫ちゃんがケガを
する事などこれまで無かった事だった。
沢山のモノに守護されている姫ちゃんがケガをする事などありえないのだから。
しかし、今回、姫ちゃんは強い力で突然背後から突き飛ばされて数メートル先のロッカーまで飛ばされて停止した。
普通なら大怪我、もしくは死んでいてもおかしくない程の事故だった。
それがもしも霊障なのだとしたら・・・・。
そう考えていた時、突然Aさんから連絡が入った。
 
あっ、お疲れです。元気でしたか?
そう電話口に話すAさんに俺は姫ちゃんのケガの事を話した。
するとAさんは、
ええ、勿論、知ってますよ。
やったのはあいつらです。
嶋田さんの守護をしている狐さんから関連付けて辿っていったら姫ちゃんに行きついた、
といった感じですかね。
つまり、もう既に姫ちゃんも巻き込まれてます。
そして、嶋田さんはもっと危険な状態だと思います。
もう守護している狐にもそれほど余力は残されていない。
私の完全なるミスです。
そこまでしっかり読まなきゃいけないのに・・・・。
そして、もう時間的な余裕は無い・・・・。
という事で、これから行きたいんですけど・・・もう一度あの倉庫に!
 
そう言われて俺は一瞬、
いや、そんな危険な場所に俺を巻き込まないで・・・。
と思ったが、よく考えれば今回の件は俺が頼み込んで協力してもらった案件。
そうなればどんなに恐ろしくしても一緒に行くしかない。
俺が首を縦に振ると
 
あっ、別に倉庫の前で私を降ろしたらさっさと車で走り去ってくれていいですから!
1時間くらいして戻って来てくれればそれでOKです。
それくらいの時間内でまだ終わっていなかったとしたらもうあの倉庫には誰も
近づかせないようにしてください。
私はとり殺されたという事なので・・・。
本当は自分で車を運転して行きたいところなんですけど、今回は衣装の問題で運転が
出来そうもないので・・・・。
と説明してくれた。
 
そして、俺はすぐにAさんを迎えに行った。
マンションから出てきたAさんは真っ白な十二単のような重そうな着物を着ていた。
そして、手に持っているのは水晶と扇子。
動きづらそうにしているAさんを車に乗せて俺は倉庫を目指して走った。
すると、Aさんが
 
あらら・・・どうやら姫ちゃんもまだ元気みたいですね。
今回の全てを知っているわけではないんでしょうけど、沢山の守護をこっちに回して
くれたみたいです。
犬、蛇、黒い狐、なんか全部デッカイですよね~
 
そう言われたが俺には何も見えるわけもなく、ただ
へえ・・・・そうなんだ~
と返すしかできない。
 
ところで、なんでそんな格好してるの?
と聞くと、
まあ、これが本来の形なので・・・。
それと、これからは何も喋れなくなりますけど気にしないでくださいね。
これも準備の一環なので・・・。
 
そう言うとAさんはそれっきり一言も喋らなくなりじっと目を閉じて俯いていた。
何事も無く無事に件の倉庫近くに車は到着した。
車から無言のままのAさんを必死に引っ張り出していると、なんと嶋田さんが現れた。
 
どうしたんですか?
と声を掛けた俺に
 
いや、なんか此処に来てヒトガタをAさんに渡さなきゃいけないような気がして・・・。
それにやはりAさんお一人には任せておけません。
何かあったら自分が犠牲になってでも・・・・。
 
そう言って並んで倉庫の中へと入っていくAさんと嶋田さん。
何故か二人には声を掛けられない程の威厳のようなものを感じていた。

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