生け贄の部屋

看護師や医師をしている知人と怪異について話すと必ず帰ってくるのが
病院ほど大勢の人が亡くなっていく場所も無いんだから、怪異なんて日常茶飯事。
もう慣れてしまったし生きている患者さんを救う為に忙しいからいちいち怖がっている暇なんて無いよ・・・。
そんな感じの言葉だ。
確かに個人病院は別として入院施設や手術室を備えた大きな総合病院になれば、回復し退院していく人も多いだろうが、逆にそのまま命を落とし生きたまま病院から出られない患者さんもそれなりにいるのだろう。
個室病室、相部屋の病室のどちらにしても、あなたが入院した場合、割り当てられたベッドで過去に人が死んでいる可能性は決して低くはない。
そう考えると少し気持ち悪くもなってしまうかもしれないが、今回寄せられた看護師さんが勤務する病院ではもっと恐ろしい事が行われている様だ。
沢田さんは看護師になってから10年以上になるがずっと同じ病院に勤務している。
最初の頃は右も左も分からず毎日ミスばかりしては先輩看護師から怒られていた。
とにかくやらなければいけない事があまりにも多すぎて看護師としての最低限の仕事をこなしながら日々を過ごすだけで精一杯だった。
しかし、看護師になってから5年以上が過ぎた頃から少しずつ気持ちにも余裕が出来てきて色んな事に気付くようになった。
他の病院に比べてかなりオープンな職場でありそれは患者さんにとっても同じようだった。
実際、診察を受けに来る方も入院している患者さん達の顔もとても明るい。
そして、病院に入院しそのまま死んでしまう患者さんの数も明らかに他の病院よりも少ない様に感じていた。
最初はその理由が病院の医療体制や優秀な医師、そして自分達の頑張りなのだと信じていたが、10年以上勤務している彼女にとってそれは間違った思い込みだと確信している。
そもそも優秀な医師もいるのだろうが、その誰もが大学病院から週に1度程度やってくる非常勤の医師だったし難しい手術だと判断されれば必ず大学病院への転院・手術を勧めるのが当たり前になっていた。
まあ、確かにそんな事など総合病院としてはよくある事例だと理解もしていたがどうやら今回私の元に寄せてくれた疑念はそんなものではなかった。
私の勤務している病院には死期が近いと判断された患者さんを隔離する様に入院させる入院棟が存在し、そこには他の大きな病院からも頻繁に患者さんが転院させられてきているんです。それは看護師の間では生け贄の間と呼ばれておりその棟に移された患者さんは間違いなく100パーセントで死が待っているというのだ。
そして、どうやらその入院棟にはそれなりの数のベッドが並んでおり大きなドアでロックされ普通の看護師には立ち入る事すら出来ないのだそうだ。
専属の医師と専属の看護師達だけで全てを行われているらしいが、どうやらその棟で働く看護師は普通の看護師とは明らかに雰囲気が違い交流する事さえ避けている。
医師も看護師もまるで生気のない顔をしながらまるでロボットのように動いている。
普通病棟からその病棟へ移された患者さんもいたらしいがそれ程生死にかかわる状態ではなかったにもかかわらずその棟のベッドに移されてから2日後に亡くなったのを知らされたそうだ。
そんな感じだから看護師たちの間からは、
・あの棟に入れられたらもう二度と生きては戻れない。
・もしかしたらもう助からない患者さんだけが最後の時を迎える為に用意されたベッドが並んでいるのではなくて、死んでも良い患者を選んでそのベッドに移し生け贄として何かに捧げているのではないか?
 一般病棟ではこれまで死んだ患者さんが1人もいないのはそのお陰であり、それら患者さんの命を伸ばす為に、その生け贄となった患者は否応なく全員が亡くなっているんだ。
そんな噂が流れているのも確かに納得できる。
そして、それらの噂を裏付けるかのように隔離されて死んでいく患者の為の病棟では幾つもの怪異の目撃談が後を絶たないそうだ。
夜中にその病棟の中をストレッチャーが走り回る音が朝まで聞こえ続けたり、夜中にずっと誰かがヒソヒソと話す気持ちの悪い声が聞こえてくる。
またその病棟の窓に貼りつくようにして宙に浮いている黒い人影を見たという目撃談も後を絶たず、さすがの彼女もそろそろ別の病院へ転職しようかと考え中だと考えていたようだ。
しかし、ある噂が立つ様になって彼女は他の病院へ移る事が出来なくなった。
それはその病院を辞めて他の病院で働き始めた者は全て不審な死が待っているというものだった。
病院の職員たちは色々と手を回して情報を得ようとした。
すると、その病院を辞めてそのまま別の職種に移った者には何も起こってはいなかったが、別の病院で看護師や医師、医療事務として働きだした者は1人の例外も無く全員が半年以内に亡くなっていた。
死因は事故や自殺が多く病死した者は1人もいなかった。
いや、事故で亡くなった者も実は自殺の可能性もある。
年齢や性別に関係無く全てが自殺。
つまり自ら命を絶っていたのだという。
良心の呵責に耐えられなくなったのか?
それとも・・・・。
本当に様々な自殺の理由が想像の域を出ないまま広がっていった。
そして、誰もがその時気付いたのだという。
隔離棟と呼ばれている医師や看護師の中には誰一人病院を辞めていく者がいなかったという事に。
そこで数人の看護師で相談し、本来なら話す事も無い隔離棟の看護師を待ち伏せる形で話を聞く事にした。
隔離病棟で働く者が誰一人として病院を辞めていかないのは、何か特別な理由があるのではないか?
やはり何かの呪いが存在し自殺という結末が恐ろしくて辞めないのではないのか?
だとしたら、その呪いというのはどんなものなのか?と。
すると、その看護師は迷う事も無くこう言った。
誰でもいつかは死んでいくのよ?
それに死んでいくのはとても儚くて美しい光景なの・・・。
特に私達が看取ってあげた患者さん達は皆、嬉しそうな顔で死んでいくの・・・。
そして、死んでからもずっと病棟内を自由に動き回ってるの・・・。
こんな楽しい病院を辞めるはずがないじゃない?と。
そんな事があってから数週間後に彼女はその病院を辞めた。
今は別の仕事でパートとして働いているが、いつかは看護師として復帰したいとは考えているらしいのだが、病院を辞めてから常に何かに視られている視線を感じているそうで、それだけでなく何か心が制御出来なくなってしまい、ふと気が付くと
死んだら楽になれるかな・・・・。
そんな事ばかり考えてしまう様になっているそうだ。

この話の朗読は以下で聴けます。
https://www.youtube.com/watch?v=KnsPI66QLxc&t=63s

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