形見分け

形見分け。
それは亡くなられた大切な家族や友人の愛用していた、もしくは大切にしていた物を分け与えられる事。
それは大切な故人を忘れないためかもしれないし、場合によってはそれが残された者にとっての生きる糧になる場合もあるのかもしれない。
しかし、この世には色んな人がいる。
そして、表の顔と裏の顔が違う人だって確実に存在するのだ。
だからもしかしたら形見分けもそんな場合には厄災を呼び込む呼び水になってしまうのだろう。
彼の叔父は祖母が亡くなった時に中心的な役割を果たし立派な葬儀を執り行った。
叔父に何かの意図があったのかもしれないが、それでも結果として故人を立派な葬儀で送り出してあげる事自体は本当に大変な作業だったのだろう。
そして、親戚関係が集まって形見分けをする際、叔父は祖母が最も大切にしていた指輪を貰う事になった。
それは叔父自身が望んだ事なのか、それとも祖母が亡くなる前にそれを望んだのかは分からないが、実際にはその指輪を欲しいと思っていた他の親戚を出し抜く形で叔父が祖母の指輪を形見分けとして手に入れた。
そして、ほんの数週間後、叔父は尿管結石が見つかったとの事で入院治療する事になった。
その叔父というのは典型的なガテン系であり健康にだけは人一倍自信があったらしく人生で初めての入院はとても退屈なものだった。
やる事も無くぼんやりと窓の外の景色を眺めて凄い毎日だったそうだ。
そんなある日、病室の窓からいつもの様に外を眺めていると電柱の柱の陰に黒い人が立っているのが見えた。
そして、その黒い人影はじっと叔父の病室を見上げている様にも見えたという。
しかし、霊など全く信じていない叔父はきっと気のせいだと思いしばらく外の景色は眺めないようにした。
しかし、その翌日、偶然窓から外を見るとまた電柱の陰から此方を見上げている黒い人影を見つけてしまう。
しかも、その時には昨日見た時よりも1本近い場所に立つ電柱の陰にその黒い人影が立っていた。
さすがの叔父も気持ち悪くなり見舞いに来た親戚にその事を話すがとうやらその黒い人影が見えているのは叔父だけだった様だ。
そうなると、もう叔父はその黒い人影が気になって仕方なくなる。
だから翌日も朝目覚めるとすぐに窓を開けて電柱を見渡すが何故かいつもの黒い人影が見当たらない。
ホッと胸を撫で下ろした叔父だったがそのすぐ直後に叔父は予想外の場所でその人影を見つけてしまう。
黒い人影は電柱から離れ、なんと病院の入り口に立って此方を見上げていた。
その人影は確実に病院へ近づいて来ていた。
しかも、常にその視線は叔父が入院している病室へと注がれていた。
もしかしたら、あの黒い人影は俺の所へ来る気なのか?
そう思うと不安ばかりがどんどん込み上げてくる。
それから叔父は窓には近づかなくなり外の景色を見るのも止めた。
その日の夜だった。
叔父がいきなり病室で暴れだしたのは・・・。
それは恐怖と痛みに耐えきれないという様な暴れ方だった。
医師は急いで叔父の精密検査を行った。
尿管結石で入院したはずの叔父の体は隅々まで調べられる事になった。
すると精密検査の結果、叔父の脳梗塞が見つかったという。
しかもかなり危険な状態との事で親戚や家族が慌てて集められた。
病室に駆け付けた親戚や家族に対して叔父は暴れる様に
誰か早く!
ばあちゃんを部屋から追い出してくれ!
見えないのか?
早くばあちゃんを病室から出ていかせろ!
このままじゃ・・・連れて行かれる・・・
そんな言葉を叫んだ後、叔父はそのまま意識不明の昏睡状態になりそのまま一度も意識が戻る事無く亡くなってしまった。
祖母が亡くなってから間もない叔父の死に、親戚たちは皆、
祖母が叔父を連れて行ったのだと噂していたそうだ。
現在 祖母の形見の指輪は彼の母が所持しているそうだが特に怪異も起こっておらず母親の健康状態も良好の様だ。
脳梗塞という病気の為、叔父が見たのはもしかしたら幻覚だったのかもしれないが、俺にはそうは思えない。
形見分けというのはある意味ではとても大切で厳粛な意志の伝達なのだ。
祖母が何かの理由で叔父を連れて行きたいが為に指輪を送ったのか、それとも本来別の人が形見分けされるはずの指輪を叔父が横取りした事で亡者の怒りを買ってしまったのかもしれないが、それは今となっては分かりようも無い。
ただ、やはり形見分けというのは持つべき人の元に受け渡され引き継がれるのが最も良い事だけは間違いないのだと思う。
もしも形見分けの場に立ち会う際には、自分の心に自然に受け入れられるものを受け取るのが最も自然で良い結果を生むのかもしれない。
そして、もしもあなたが黒い人影を見てしまったとしたらすぐに何かの手を打たなければ取り返しのつかない結果に繋がってしまうかもしれないのだから。

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