五つ目の選択肢・完

俺はそこから車で離れる事はしなかった。
Aさんからは「さっさと離れろ」と言われていたがそうはしなかった。
確かにAさんの本気モードというのを自分の眼で見ておきたいというのもあった。
しかし、それ以上に
何も出来ないだろうが何か最悪の事態になった時には助けに行かなきゃ・・・・。
そう思っていた。
2人が倉庫の中へ入ってから10分ほど経った頃だろうか。
突然、俺は背中をポンポンと叩かれた。
ビクッして振り返ると其処には心配そうな顔の姫ちゃんが立っていた。
 
えっ、なんで?
どうしたの?
ケガしてるのに大丈夫?
と声を掛けると
 
はい!
私はかすり傷程度なので・・・。
大丈夫じゃないのは、私じゃなくて壊れたロッカーさんの方なので・・・。
そう言って少しだけ微笑んだ。
 
やっぱり姫ちゃんもAさんを手伝いに来たの?
でも今回は手を出すな、って言われてるんでしょ?
そう聞くと姫ちゃんは首を横にブンブンと振りながら
 
私の師匠はAさんですから言いつけは守りますよ・・・。
でもAさんの本気が見られるっていうのに仕事なんかしてられないです・・・。
たぶんKさんはAさんの本気というのを一度は見た事があると思うんですけど
私は一度もありませんから。
いつも一緒に修行に付き合ってくれてましたけど、それでも私の全力とAさんの
遊び程度が同じレベルなんです。・・・。
だから私はAさんの本気というのを一度も見た事が無いんですよね。
しかも、今のレベルは過去とは比べ物にならない位に凄い事になってるはずです。
だからずっと見たかったAさんの全力での本気というものを見てみたい・・。
それはもう二度と見られないかもしれないですから・・・。
 
そう言われて俺は
姫ちゃんも俺と同じくAさんの本気モードに興味があるんだ・・・。
と少し嬉しくなった。
そして
ふ~ん・・・そんなもんなのかねぇ・・・。
まあそれはともかくとしてもう10分以上経つのにAさんが出てこないんだよね?
しかも、倉庫の中に入ってからずっと静かなままだし・・・。
大丈夫なのかな?
と返した。
すると姫ちゃんは
まあ倉庫の中は既に異世界になってると思いますから外から見てても何も分からないと
思いますよ。
でも確かにAさんの気の波動は強く感じます。
だからきっと大丈夫です!
それに私はここに勉強に来ただけ・・ですから。
Aさんから「絶対に首を突っ込むな」って言われてますから私は何がか起ころうと
その指示に従うだけです・・・。
と返してくる。
そっか・・・まあそうだよね・・・。
でもAさんと姫ちゃんが束になってかかれば敵なしだと思うんだけどねぇ。
少しくらい手伝ってあげた方がいいんじゃないの?
Aさんはなんか意地になってて1人でやるって言い張ってるけどさ・・。
俺がそう続けると姫ちゃんは
もしも本気のAさんでも敵わない相手だとしたら私がどれだけ必死に手伝ったとしても
やっぱり敵わないと思いますよ。
私の力なんてAさんに比べたら象と蟻ですから。
私よりも古くから知ってるはずなのにKさんはAさんの事を過小評価し過ぎかも
しれませんよ?
あんなに綺麗でお優しくて人間的にも素晴らしい方なのに驕らずさらっと凄い力を
お出しになるんです。
それって凄いと思いませんか?
そう言われ俺は
まあ、能力は全然過小評価はしてないよ。
綺麗で優しくて人間的に素晴らしいという部分には同意しかねるけど・・・。
 
そんな話をしていた時、ちょうど俺の車が大きく揺さぶられた。
すると姫ちゃんが
倉庫の外なら首を突っ込んだ事になりませんよね?
そう言ってからその視線を俺の車の方へ向ける。
一瞬の沈黙の後、俺の車の周りから何かが破裂するような音が鳴り響いた。
 
えっ、もしかして俺の車のタイヤ、パンクでもさせた?
と聞くと
え~、なんでですか・・・。
そんな事しませんよ・・・。
Kさんの車に沢山怖い方達が纏わりついていたので・・・。
Aさんが疲れた状態で乗る車に手出しさせるわけにはいきませんから・・・。
と返したきた。
 
それから更に20分ほど経った頃だっただろうか・・・。
何か異質な音が聞こえてきた。
まるでジェット機でも近づいてくる様な轟音。
その音に続いて紫色の大きな1人が此方へと迫ってくる。
そして、その光は次第に小さく絞られていきやがて人間一人分の大きさになり
そのまま倉庫の中へと吸い込まれていく。
 
ねぇ・・・今の何なの?
そう問いかけて姫ちゃんを見た時、姫ちゃんからの返事は帰って来ない事をすぐに
理解した。
姫ちゃんは震えていた・・・。
手も足も小刻みに震えその顔は何かに怯え蒼白になっている様にさえ見えた。
なんで・・・?
本当にいた・・・んだ・・・。
そう呟くとすぐに姫ちゃんは見てはいけないものから目を背ける様に
俯いたまま黙り込んでしまった。
 
いや、ちょっとまずいんじゃないのか?
あれってあっち側なのか?
それともこっち側?
違う・・・姫ちゃんの動揺した様子を見る限り此方の味方という事は無さそうだ。
 
どうする?
助けに行くか?
いや、助けに行っても逆に足を引っ張ってしまうだろう?
そんな事を考えていた時、突然、倉庫の引き戸が静かに開いた。
其処には嶋田さんに抱えられるようにして何とか立っているAさんの姿があった。
大丈夫なの?
とにかく外に出てきたって事は無事に終わったっていう事だよね?
俺がそう声を掛けると、
うるさい人ですよね、本当に。
私を見て何も感じません?
こう見えても疲労困憊で立ってるのもやっと・・・なんです。
色々と質問してくる前に肩を貸すとか丁寧に車に乗せるとか出来ないもんですかね?
 
そう言われて俺はすぐにAさんに駆け寄り嶋田さんと一緒にAさんを車の
後部座席に乗せた。
えっと、今日は約束してたディナーもスイーツもキャンセルです。
とにかく家に帰って寝ます・・・。
そういう事でヨロシク・・・。
 
そう言った直後、Aさんはそのまま後部座席で眠ってしまった。
俺は姫ちゃんに挨拶をしてからAさんのマンションへと車を走らせ何とか無事に
部屋へと送り届けるとそのまま帰路に就いた。
 
帰りの道すがら、1人で色々と考えた。
先ずは、約束していたディナーとスイーツと言っていたがそんな約束はした覚えが
無いという事。
いや、考えなければいけないのはそこじゃない・・・。。
もしかすると、Aさんはあの紫の光に助けられて何とか事を終わらせる事が
出来たのではないのか?
確かにAさんはあの光が倉庫の中へ入って行ってすぐに外へ出てきた。
しかも、あのひどい疲れ方・・・。
そこから推測するとそう考えるのが一番自然だった。
 
それから数週間、Aさんとは連絡がつかなくなった。
完全なる音信不通。
明らかに携帯の電源は切られており部屋の固定電話も電話線が抜かれているのだろう。
なんかモヤモヤした気持ちではあったが俺も仕事に忙殺され、Aさんの心配ばかりを
していられる状況ではなかった。
そんなある日、突然Aさんから俺のスマホに連絡が入った。
どうしてたの?
大丈夫なの?
そう問いかける俺にAさんは冷たい口調で
電話に出るなり質問責めですか?
相変わらずうるさい人だ・・・。
まあ、それは置いといて、実はお腹が空いてるんですよ・・・。
もう完全にお腹と背中がくっ付いてます。
何か食べたいんですけど迎えに来てもらえますかね?
そう言われ
なんでこのクソ忙しい時に!
とも思ったが今回の件ではAさんに酷い借りが出来てしまった。
やはり奢ってやるしかないか・・・。
そう思った俺はそのまますぐにAさんのマンションへ向かいそのまま指定された
レストランへと向かった。
レストランに着くとAさんは半個室の部屋を希望し席に座ると怒涛の大量注文を
しやがった。
それにしてもタブレット注文じゃないから沢山注文したのが他のお客さんにも
バレちゃいますよね!
タブレットなら良かったんですけどねぇ?
と言い放つAさんだが、そもそもこのレストランを希望したのもAさんだし、
そんなに恥ずかしいのなら気違いじみた大量の料理を頼まなければいいのに!
と心の中で思っていたが口に出して言える勇気は俺には無い。
 
私一人で食べてるみたいに思われると嫌なんでKさんも料理を食べてるフリを
してくださいね。
あっ、フリですから・・。
本当に料理に手を出したら殺します!
そんな好き勝手なセリフを吐きながらAさんは運ばれてくる料理を順番に
片付けていく。
そこで俺は質問をしてみた。
 
あのさ・・・この前の件なんだけど結論を言えば勝ったんだよね?
もしかして危ないところをあの紫色の光に助けられたとか?
あれから嶋田さんに会っても何も教えてくれないんだよね。
あっ、それとあの場に姫ちゃんが来てたのも知ってた?
姫ちゃんもAさんの本気モードを見たいって言ってたけど出せたの?・・・本気モード?
と立て続けに聞いてしまった俺にAさんは食事をする手を止めて俺を氷のような
視線で見つめた。
 
私が楽しそうに食事をしている時によくそんなに沢山の質問を投げてきますよね?
Kさんの奥さんの忍耐力には頭が下がりますね。
質問には答えません。
あっ、姫ちゃんが来てたのは分かったけど声を掛ける気力は残っていませんでした。
それに、あの光は此方側ではありませんよ。
もっと厄介な奴です。
だから勝ってましたけど消滅はさせられませんでした・・・。
あいつに邪魔されたから・・・。
以上で質問タイムを終了いたします・・・。
 
そう言ったきり、またAさんは黙々と食事に集中し続け、注文した規格外の量の
料理を全て平らげると静かになり、
あっ、うちに送ってもらえますか・・・。
とだけ口にした。
何も疑問が解消されないまま俺はそのままAさんを送り届けた。
 
しかし、それから数日後、嶋田さんの口から色々と聴くことが出来た。
倉庫内に2人で入ってから嶋田さんは呆然と事の成り行きを見守るしか出来なかった。
嶋田さんもある意味では死ぬ覚悟で倉庫内へと入っていったらしいのだが、嶋田さんが
危険な目に遭う事は一度も無かったそうだ。
Aさんの力が完全に相手を圧倒した。
相手は何をしても通じずAさんが一方的に破壊の限りを尽くした。
一瞬で数えきれない程の異形が爆発する様に消し飛んだ。
その時のAさんは明らかに以前とは全く別人の様に見えたそうだ。
まるで鬼人・・・いや女神のようにも見えたという。
そして、最後の最後に紫色の光が近づいて来てAさんの前に立ち塞がった。
Aさんはその光を見て、一度何かをしようとしたみたいだったがすぐに思い留まった
かのようにそれを止めて動きを停めた。
そして、その光と何かを話している様にも見えたそうだ。
その様子からAさんが凄く悔しそうにしているのが伝わってきた。
それからAさんに言われてヒトガタを渡したが、それはそのまま倉庫の奥へと吸い込まれて消えていった。
Aさんだけじゃなくあっち側もあの光を怖がってるみたいでした。
あの光は何なんですかね?と。
それが全てだそうだ。
そして、それを話し終えた後、嶋田さんはこう話してくれた。
あのAさんという人は本当に人間なんですか?
人間の力とは思えない事を当たり前のようにやってしまうんです。
そして、あの折れない心の強さ。
他人の為に犠牲になるという事は、言い換えれば、最初から負けを認めてるという事・・・。
どんな相手でも絶対に諦めない。
そして諦めない限りは全力で立ち向かう。
僕もあんな人間になりたいと強く想っています。
だから、これからは自分なりに色々と勉強し修行に励もうと思います。
そして、いつかAさんの助けになれたら最高なんですけど・・・と。
 
諦めたら全てが終わる・・・。
諦めなければ必ず何か道は開ける・・・。
そう思い、彼は毎週末、神道の修業を欠かさないそうだ。
それにしても、あの場所に現れた紫の光・・・。
此方側ではなく厄介な奴だとAさんは言った。
アレは一体どんな存在なのだろうか?
そして、もう一度遭遇する事はあるのだろうか?
しかし、そんな事をいくら考えてみても答えなど見つかるはずもない。
とにかく嶋田さんは救われ、Aさんも姫ちゃんも健在なのだ。
あの件以来、Aさんが変わってしまうのかとハラハラしていたがやはりAさんは
Aさんのままだ。
性格に問題がある、あのAさんのままなのだ。
これ以上、望む事などあるはずもない。
 
 
最後に俺はあの件以来、数度にわたりAさんから揺すりたかり泣き落としの被害に遭い
大量の食事とスイーツを奢らされる結果となった。
変わらないAさんとは対照的に俺の財布は軽くなり貯金すら減っていく。
変わったのは俺の貯金残高だけなのだが・・・・。
 
 

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