怖い本質

この話は本当ならあまり書きたくはなかった。
はっきり言ってAさんという人は怖い人なのだ。
勿論、それは相手によって・・・という意味なのだが。
これまで書いてきた話の殆どは、Aさんの口の悪さやクールさ、面倒くさがり
という面を強調しつつも基本的にはある一定の範囲を超えない、つまり
あくまで法律に触れない範疇での力の使い方を書いてきたつもりだ。
別の言い方をすれば、富山の住職や姫ちゃんならば「仕方がない」
「我慢するしかない」と諦めグッと唇を噛みしめるしかない場面でもAさんならば、
そうはいかない。
許せないものは許さない・・・。
自分がやらなければ誰がやるのか?
そんな思いが根底にはあるのだろう。
確かに俺から見てもAさんの考え方はある意味とても自然なものだ。
自分を特別な存在だとはこれっぽっちも思ってはいないし、他人のやっている事にも
いちいち口を挟まない。
他人の為、自分の為に頑張っている人を秘かに応援しているのも知っているし、
悪い奴、嫌いな奴がいる事も知っている。
それでもAさんはそんな相手に対しても、いつも無関心を貫く。
それはAさん自身が面倒くさがりだという事にも起因しているのだろうが、要は
自分が首を突っ込むとおおごとになってしまう事を理解しているからだと思っている。
味方にすればこれほど頼もしい存在もいないが、敵に回すとAさんほど厄介で危険で
恐ろしい存在もいないのだ。
今夜はそんな話をしてみたいと思う。
Aさんには家族はいない。
結婚していないのは勿論だが両親も姉も既に他界している。
親戚は多くかなりの資産家だとも聞いているがAさんにとってはそんな事はあまり
関係の無い事らしい。
そんな境遇だからこそ、これから書く様な事が起きてしまったのかもしれないが。
Aさんが働く学校に今井さんという女子生徒がいた。
まあ何処にでもいるような普通の女子学生。
Aさんは彼女を特に気に掛けていた。
それは彼女の姉もその学校の卒業生であり、Aさんが顧問を務めていた部活のメンバー
だったから。
その姉というのはとてもしっかり者で優等生的存在だったそうなのだが、姉が卒業
すると同時にその学校に入学してきた妹の事を心配してAさんに挨拶に来たのだという。
「妹は引っ込み思案で目立たないおとなしい性格なんですけど、私なんかとは比べ物にならない程の色んな才能を持っているんです。だから妹の事を見守っていてもらえませんか?
そして、もしも妹が間違った道に進みそうになった時には厳しく導いてあげて欲しいんです。こんな事を頼めるのはA先生しかいないんです。それにA先生ならどんな事でも出来ちゃうと思ってるので・・・」と。
そんな言葉にAさんは
えっ?・・・ああ・・・わかったよ・・・。
と気の無い返事をしたらしいのだが、それでもAさんは彼女の学校生活を陰ながら見守ってきた。
勿論、彼女が悪い方向に進む事も無かったしAさんも特に口を挟む事も無かったそうだが。
しかし、不幸は突然起きてしまう。
彼女の家は母子家庭だった。
家族は彼女の他には母親と姉の3人暮らし。
そんなたった二人の家族がある日の昼間、事故に遭った。
母親が運転する軽四で用事を済ませた母親と姉が帰路に就いていた。
そこに飲酒運転の車が車線をはみ出して突っ込んできた。
相手は大型の高級車、そしてこちらは安全装置もろくに備わっていない中古の軽四自働車。
ノーブレーキで突っ込んできた大型の高級車を必死にかわそうとしたがかわし切れず
運転席側からぶつかりその後電柱にぶつかり停止した。
母親は病院に搬送されたがそのまま死亡が確認され、姉は緊急の救命措置を受けそのまま
ICUで24時間の看護体制の中、なんとか生命を維持していた。
車線をはみ出しぶつかってきた加害車両の運転手はその場で逮捕された。
呼気からは基準値を遥かに上回るアルコールが検知され、まともに喋る事すら出来ない
酩酊状態だったそうだ。
母親の死因は内臓破裂と脳の損傷。
しかし相手はどこも怪我などしていない状態だった。
ただ事故現場を見た方からの話では高級車の損傷も激しく軽四は既に車種が分からない程
潰されていたというのだから恐ろしい話だ。
加害者男性は逮捕され取り調べを受ける事になったが
・車線をはみ出してきた俺をよけられなかった奴が下手なだけ・・・。
・運転中にスマホを見ていただけ・・・。
・被害者側に慰謝料を払えばそれで解決でいいだろ?
と訳の分からない言い訳ばかりを繰り返していたそうだ。
誰が聞いてもそんな言い訳が通用するわけが無いだろ?と思うのだろうが実際には
日本の司法というものはそういう輩に対しても人権やらというものを尊重し法令に
則った判断しか出来ないようだ。
裁判が始まった時、彼女は自分の耳を疑った。
弁護側から・・・ではなく検察側から出てきた求刑は「危険運転致死罪」
ではなく「過失運転致死罪」だった。
危険を冒した状態で運転した事による事故ではなく、あくまで安全運転を
おこなう部分に何らかの過失があったから起こった事故という事だ。
つまりどれだけ大量のアルコールを接種し酩酊状態で運転していたのだとしても
あくまで事故が起きた原因はスマホを見ながらの「ながら運転」による前方不注意
という結論だった。
彼女や親戚は検察に食い下がった。
しかし、現在の法令による判断としてはそういう結論しか導き出せないのだと説明
されたという。
彼女と親族は「過失運転」という文言に納得できず署名活動を必死で行った。
それなりに多くの署名が集まったがそれでも「過失運転致死」が「危険運転致死」に
見直される事は無かった。
そして、そんな結末が判明した頃に、彼女の姉はICUから一歩も出る事も無く
そのまま短い生涯を閉じた。
その報せを病院から聞いた時、彼女は目の前が真っ暗になりその場に倒れたという。
そして、それからずっと泣き続ける毎日。
それが終わると、今度は如何にして死のうか、と考えるようになった。
誰とも会わず誰とも喋らず、ただひたすらに死に方だけを考えていたという。
そして、自分の中で導き出した答えは
『加害者側に一矢報いてからの自殺』だった。
そして、ずっと1人で悩んだ末に彼女はAさんに相談してきたという。
その相談内容は
どうやったら相手に一矢報いることが出来るか?
ではなく
自殺しても亡くなった母と姉に会えますか?
というものだった。
その時彼女が考えていた報復というのは、自分と同じように加害者男性の家族を
1人でも多く殺してから自分の命を絶つ、というものだったそうだ。
しかし、それを聞いたAさんは
気持ちは分かるけど・・・。
でもね・・・そんなに簡単に人間を殺せるものじゃないよ?
それに自殺した者は、永遠にその場から解放されず苦しみ続けなければいけないの。
亡くなられたお母さんやお姉さんには絶対に会えないよ・・・。
と諭すように話したそうだ。
それでも彼女の意思は固く、
それならそれでも構いません!
殺せないのならせめて大怪我だけでもさせないと
このままでは私は自殺したとしても死にきれないと思いますから!
と泣きながら崩れ落ちた。
それを見たAさんは少し眼を閉じて考えた後、
それじゃ相手側と会う約束だけ取り付けてくれる?
私とあなたの2人でこの事故の本質を見極めるのが先だから・・・。
会って相手側の意見や考えを聞かなくちゃね。
そう言ってその日は彼女を自宅まで送り届けた。
そして、いよいよ彼女がとりつけた約束の日、Aさんは出来るだけ彼女が悪い方向へ
向かわない様にする事だけを考え続けたという。
相手側にもきっと事情があり、家族が死亡事故を起こしたという事実に苦しんで
いるに違いない・・と。
そして、それを彼女に見せられれば、彼女も思い留まってくれるかもしれない、と。
現地には何故か俺も呼ばれてしまった。
此方側の頭数が多い方が良い・・・というだけの理由で。
相手側の家は明らかに豪邸と呼べるものだった。
親族で地元の中規模企業を取り仕切り、加害者男性の両親も兄弟も全て取締役
だという事は調べていたのだが、実際にそんな人間が住んでいる家に来てみると
その下品な成金趣味にうんざりしてしまう。
そして、大きな応接間に通された俺達をそのまま30分程放置した後、ぞろぞろと
両親と兄という人物が慌てる様子も無く堂々と俺達の前へと現れた。
そして、その中には堅苦しいスーツ姿の男性と1人異質な衣装を着た男性が混じっていた。
スーツ姿の男性はお抱えの弁護士の様だった。
もう1つ、異質な衣装を身に纏った男性は自分の事を占い師であり霊能者だと言って名刺を差し出してきた。
そして、
この中に霊能者がいると聞いているんですが、どの方ですか?
どうやら彼女が相手側の家族とアポを取る時に、霊能者も一緒に行く、と説明して
しまった様だった。
あなたですか?
そう聞かれて俺は首を横に振った。
それじゃ、貴女しかいないですよね?
そう言われたAさんは迷惑そうに
いいえ、私は霊能者なんていう胡散臭い人間じゃありませんね。
特にお金持ちにくっ付いて甘い汁を吸ってる馬鹿が一番嫌いですから・・・。
と優しい声で辛辣な嫌味を吐いた。
すると、その男性は、
そうですか・・・まあいいんですけどね。
それじゃ、霊能者にも色んな種類があると思うんですが貴女が得意とするのはどういう
分野でしょうか?
予知とか透視とかお祓い・・・とか?
私が得意としているのは予知と呪いですかね。
恐ろしいものですよ・・・呪いというのは。
呪った事あります?
呪われた事は?
と矢継ぎ早に聞いてくる。
するとAさんは
全部経験あります・・・。
一番得意なのは全てを消滅させる事・・・。
というか、さっさと本題に入りたいんですけどさっきから何を言いたいのか、全く
わからないんですけど?
と少し言葉を荒げた。
霊能者を名乗るその男は苦虫を潰した様な表情の後、
礼儀を知らん奴だ・・・。
今すぐ私の力で消してやってもいいんだぞ?
と語気を強めたがAさんの耳には届かない。
そして加害者男性の父親が話しだした。
わざわざ時間を作ってやったんだ・・・。
今日はどんな提案を持ってきたのかな?
と明らかに上から目線の口調で聞いてきた。
先ずは過失運転になってしまった事についての感想と天涯孤独になったこの子に対して何か掛けてあげる言葉はありませんか?
Aさんがそう問うとその場にいた両親の表情が激変した。
正直言って迷惑しているのはこっちなんだよ!
裁判所だって過失暗転だと認めてるのに何度も何度もほじくり返されて!
こっちは上手くいけば息子の過失をもみ消す事だって出来たんだよ!
我が一族の力を使えば・・・。
だいたい酒を飲んで運転したから何だっていうんだ?
スマホを見ながら運転している奴だって沢山いるじゃないか?
それなのにどうしてうちの息子だけが悪者扱いされなくちゃいけないんだよ?
そもそも車線をはみ出したのを避けきれなかった奴にも問題があるだろうが?
上手くよけていれば息子にも前科は付かなかったんだ!
そんな相手に何を謝れっていうんだ?
悪いのはどっちもどっちなんだよ!
喧嘩両成敗って言うだろうが?
それに天涯孤独かどうかは知らんがそんな奴は世の中に一杯いるんだよ?
此方も迷惑を掛けられて、天涯孤独になったからと言って、なんでワシらが
謝らなきゃならんのだ?
謝るとしたらそっちだろうが?
ワシらがこんなに迷惑を被ってるんだからな・・・。
そこまで聞いた彼女はその場で泣き崩れてしまう。
彼女に外に出て待っている様に促したAさんは更にこう聞いた。
あの・・・私は出来るだけ冷静になろうと努めてます・・・。
お金持ちなら何をしても許されるんですか?
法律で、いや裁判所で刑罰が決まればそれで全て許されるんですか?
私は違うと思っています。
この世に生きる全てのものは皆平等の筈です。
少なくとも人間対人間の関係として・・・。
この世の摂理っていうものをご存じですか?
法律とか司法とか刑事や民事を飛び越えたもっと普遍的な絶対のルール。
それをあなた達は破ろうとしています。
でも、今ならまだギリギリ間に合います。
私が我慢出来ているうちに、あの子に心から謝罪する事は出来ませんか?
あの子の将来の力になってあげるお気持ちはありませんか?
それを聞いていた父親がこう言い放つ。
馬鹿か・・・お前は?
本当にこの世の現実というものが分かっておらん!
何も分かっていないのはお前の方なんだよ?
力が強い者が勝つ・・・いや利益を得る。
それが自然界の摂理だ。
そして人間界では力は金であり財力であり権力なんだよ!
息子も言っておったがな・・・。
今回の事故は不運であり災難だったと・・・。
それはワシも同感だ!
本来ならお前らの様な者が私に会う事など一生叶わない機会だというのに・・・。
結局、お前らはワシの所へ金をむしり取りに来ただけだろうが?
変な噂が立って事業に支障をきたしても困るから仕方なく賠償金は払ってやる。
だが、それ以上はビタ一文払う気は無い!
裁判で決まった事に今更ごちゃごちゃ難癖をつけるんじゃない!
あまりしつこいとお前らもあの娘も酷い結末を迎える事になる・・・。
世の中には裏の力というものが存在するんだ!
分かったらさっさと帰れ!
そして、少しでも反省したのなら、ワシら一族がしっかりと賠償してくれたと感謝の
手紙でも新聞社に送れ!
そうすれば、今回の事は無かった事にしてやるよ!
 
そこまで聞いていた俺は単なる頭数合わせである事も忘れて
Aさん、こんな奴と話していても時間の無駄だよ?
もっと別の方法を考えた方が良いって!
と声をあげたがすぐにAさんに制止された。
そして、Aさんは、
あの・・・今の言葉はご家族の、いえ一族の総意と捉えて宜しいのでしょうか?
と聞くとその場にいた全員が大きく首を縦に振った。
すると、Aさんは大きな溜息をついてからゆっくりと丁寧な口調で喋りだした。
なるほど・・・よくわかりました。
そしてあの子が考えていた方法も正しかったんだという事も理解出来ました。
結局、あなた達は私が最も軽蔑する人種でしたよ。
そんな相手にもう説く事なんて何もありませんね。
裏の力・・・ですか?
やってみればいい・・・。
そうすればきっと分かります。
もっと別次元の裏の力というものも存在するんだという事が。
そして必ず後悔する事になります。
まあ後悔した時にはもう全て手遅れでしかありませんけど・・・。
あなた達はその似非霊能者を使って防御するなり此方を呪うなりすればいい。
私は全力を以ってあなた達をこの世から排除させてもらいますから。
言っておきますが私は霊能者ではないけれど本物なんですよ・・・。
消滅させる事も出来れば相手を呪い殺す事だって簡単に出来てしまう。
でも、そんな事は絶対にしない・・・本来ならば。
でも、今回、私はあなた達がこの世にもあの世にも存在してはいけないゴミ
以下の存在だと判断しました。
そして、そんな相手には決して手は抜きません。
あの子には未来がある。
そんな子にあなた達を殺した業なんか背負わせるわけにはいかない。
だから私がやります。
覚悟しておいてください。
私は本気ですから・・・。
 
そう言うとAさんはその場から立ち上がり部屋を出ていった。
俺も慌ててAさんの後を追った。
そして、彼女を自宅まで送ると俺はこんな話をAさんにした。
あのさ、ここは冷静になって考えよう。
実際あいつらは生きる資格の無いクズには違いないけど言ってる事は嘘なんかじゃないと思う。
俺が調べた範囲では会社の規模、裏社会との繋がり、そして今までやってきた犯罪。
それらが本当だとしたらマジでヤバいと思う。
それこそ、さらわれて殺されてどこかに埋められるっていうのがかなり現実味を帯びてる。
だから、言い難いんだけど今回ばかりは何もせず手を引いた方が良いと思う。
あいつらにはもっと別の方法で痛い目に遭わせてやれば良いと思う。
知り合いの新聞社に頼むとか・・・・。
とにかく、これ以上前に出たら必ずやられてしまうのは確実。
だから、今回は悔しいけど大人の対応をしようよ・・・と。
すると、Aさんは
さすがは大人の思考ですね。
わかりました。
そんなに怖い奴らなんですね。
裏社会とも繋がってるような・・・。
そうか・・・・なるほど。
それじゃ本腰入れて頑張らなきゃいけませんね!
と言ったきり何も話してくれなくなった。
 
それからその家族は2人が変死し2人が自殺した。
霊能者を名乗っていた男は精神に異常をきたし病院に入ったままだという。
そして、これらは全て、Aさんが家族と対面してから1週間以内に起こった事なのだ。
Aさんはそれについて何も語ろうとはしないが偶然というにはあまりに奇妙過ぎる。
だから俺個人の見解としてはそれらはきっとAさんの力に依るものなのだと思っている。
確かにそれは恐ろしい事なのだが、それでも俺はAさんに拍手を送りたい。
この世には法律で裁けない現実が確かに存在しているのだから。

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