死霊婚

和田さんには高校生時代からずっと付き合っていた彼女がいた。
寡黙なタイプの和田さんといつでも明るいムードメーカーだった彼女がどうしてお互いに惹かれ合い、そして付き合い始めたのかは分からなかった。
それでも気が付けばとてもお似合いのカップルに見えてきて周りにいる全員が2人の関係がずっと続いて欲しいと願ってしまう様な不思議な雰囲気を持っていた様だ。
同じ大学に進み就職先は違ったが、それでも二人の関係はずっと続いていた。
会える日には仕事帰りに必ず短い時間でも会っていたし、仕事が忙しくどうしても会えない日には帰ってから電話でその日の出来事を話し合ったし、そんな時間すら無い時でもラインでの「おやすみ」や「おはよう」だけは絶対に欠かさなかった。
そんな二人を見ている友人達はいずれは結婚し幸せな家庭を作っていくのだろうと疑う者など1人もいなかった。
そんな二人の関係が崩れ始めたのは働き始めてから5年ほど経った頃。
別に二人の仲が悪くなったわけではない。
彼女が体調を崩し会社を休む日も多くなり、病院での検査の結果、そのまま入院となってしまった。
検査の結果は最悪だった。
医師は家族や彼が想像すらしていなかった病名を告げ、それから少し間を開けてから
「今までご本人はずっと酷い痛みに耐えていたはずです。もっと早く検査を受けてくれていればもしかしたら助けられたかもしれませんが、現在の医学では既に無理なレベルにまで進行しています。出来るのは少しの延命と痛みをわずかに緩和する事だけです。それでも長くても3か月、もしかしたらもっと早いかもしれません」
そう言い難そうに告知したそうだ。
彼は必死で医師に食い下がり、自らも色々な専門書や医療機関に相談したが、結果は同じであり彼女に残された余命はあと僅かなのだと悟る事になった。
そして、その後、彼がした事は彼女との婚約だった。
婚約する事で彼女の生命力を呼び覚まし、なんとか奇跡が起きてくれる事に最後の望みを託したのだという。
彼女はそれを拒むほどの体力も残っておらず彼からの婚約の言葉に涙を流していたそうだが、その時の彼女は既に骨と皮しか残っていない程痩せ細り人工呼吸器で何とか生命を維持できているという状態だった。
そして、そんな彼の最後の望みも虚しく、それから数日後に彼女はそのまま静かに息を引き取った。
唯一の救いは最後に彼の方をしっかりと見て嬉しそうに笑っているように見えたという事だけだった。
彼女の家族は彼に対してすぐに彼女との婚約解消を勧めたが彼は頑としてそれを断った。
まだ少しも気持ちの整理も付いておらず心の中が空っぽになり自暴自棄になっていた彼にはそんな事を考える余裕など無かった。
通夜と葬儀が終わり初七日が終わり、彼女が亡くなってから42日後、彼はようやく彼女との婚約解消を申し出た。
それからだった。
怪異が起こりだしたのは。
彼は家族と同じ家に住んでいたのだが毎晩、必ず午前2時を回ると玄関のチャイムが鳴らされた。
インターホンのカメラで確認すると、それは暗くて断定こそ出来なかったが彼や彼の家族には亡くなった彼女の姿にしか見えなかった。
どちらさまでしょうか?
と聞くと
婚約したよね・・・・どうして?
だから・・・迎えに来た・・・。
そう返してきたという。
その声は生気が全く感じられなかったが明らかに亡くなった彼女の声としか聞こえなかった。
そんな夜が2日ほど続き警察を呼んでも埒が明かず、彼の両親は人伝にお寺に助けを求めたという。
その寺はお祓いや除霊で有名なお寺だった。
お寺では全面的に彼を救う事に協力してくれる事になり、その為にも彼には49日が過ぎるまでずっとお寺に籠って彼女の霊から自分の身を護る事に専念する様に告げられた。
それから彼は仕事を休み、お寺での生活を送る事になった。
昼間でさえ本堂から出して貰えず、夜になればお寺の住職と共に護摩を焚き続け、本堂の周囲も他の僧侶たちが警護するという厳戒態勢だった。
それでも、彼女は夜になり午前2時を回ると本堂の扉を叩きながら
婚約したよね・・・・どうして?
だから・・・迎えに来た・・・。
と繰り返し、朝になると外の警護をしていたはずの僧侶たちが意識を失って倒れているという光景が広がっていた。
それでも住職が護摩を焚きながら「悪霊退散」と連呼している本堂にはどうしても入って来られないようで、そんな状況下で彼は恐怖に震えながら
もう勘弁してくれ・・・・俺は生きてるんだ・・・。
と絶叫したという。
しかし、ちょうど48日目の夜が来ていつものように午前2時になり彼女が本堂の扉を叩きだした頃、彼はスッと立ち上がり自ら本堂から出ていったそうだ。
本堂から出てはならん・・・・絶対に出るな。
出たら、もう助からんぞ!
死霊の、悪霊の言葉に耳を貸してはならん!
そんな住職の言葉が聞こえないかのように。
そして、朝になり彼は彼の実家近くの公園のベンチに座っているのが発見された。
既に死んだ状態で。
しかし、その顔はとても幸せそうな穏やかな顔をしていたそうだ。
結局、住職は生きていたい彼の命を死霊から護れなかったのだろう。
 
そして、後日、その話をAさんにしてからこんな質問をした。
あのさ、彼を護ろうとしたのがその住職でなくてAさんなら護れたのかな?と。
すると、Aさんは少し考えてから面倒くさそうにこう返してきた。
そもそも私だったらそんな依頼は断りますね。
なんでその亡くなられた彼女さんが悪霊扱いされなきゃいけないんですかね?
それに、死んだ状態で見つかった彼は幸せそうな死に顔だったんですよね?
だとしたら、最初は死霊という言葉に恐れてしまっていたけど、最後には彼自身にとって
何が一番大切なものだったのかをしっかりと思い出せただけなんじゃないですか?
だから自分からお寺の本堂から出ていった。
好きな彼に会いに来た彼女と、そのままずっと一緒にいる事を選んだ彼氏。
そういう事だと思うんですけどね。
だとしたら、私がする事なんて何もありませんから・・・と。

この話の朗読は以下で聴けます。
https://www.youtube.com/watch?v=eNzl_vQiZyg&t=123s
 
 
 

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