山小屋の中で

とある大学の山岳部の学生4人が冬山に登っていた。
計画もしっかりと立てていたし天候も十分に考慮しての登山だった。
山を登り始めて2日間はとても順調だった。
しかし、3日目は天気予報とは大違いの酷い吹雪になった。
テントを張れる状態でもなく雪洞を掘る体力も残ってはいなかった。
彼らは次第に死を意識し始める。
それでも何とか最後の気力を振り絞りふらふらと歩き続けた。
すると、前方に小さな山小屋が姿を現す。
こんな所に山小屋なんかあったか?
彼らはそう思ったが、だからといって迷っている余裕など無かった。
雪を掻き分けながら必死になってその山小屋を目指した。
100メートル程先に在る山小屋だったが雪を掻き分けながら進まねばならず
なかなか前に進まない。
それでも何とか山小屋に辿り着いた時、彼らの体力は既に限界だった。
山小屋の中に入ると当然誰もいる筈もなくストーブや毛布すら無い。
彼らは持っていた最後の携帯食を貪るように食べると山小屋の壁にもたれ掛かるように
して体を休めた。
そうしていると当然睡魔が襲ってくる。
しかし、彼らにもそんな状態で熟睡してしまえば朝には間違いなく凍死してしまう
という事は当然理解していた。
それならば、という事で以前話を聞いたことがあるゲームをしながらなんとか
寝ないで朝を迎えよう、という事になった。
それは、山小屋の4隅に4人が散らばって座り、リレー形式で受け渡しをしながら
夜を明かすというものだった。
そこで彼らは持っていたハンカチを順番にリレー形式で手渡しし続ける事にした。
A地点からB地点への受け渡しが終わると、B地点からC地点への受け渡しを
行い、C地点の者はD地点にハンカチを手渡しD地点の者は元に戻ってA地点の
者にハンカチを手渡す。
そして、それはうまくいった。
真っ暗闇の中でのゲームであり視界も確保されず躓いたりする者もいたが、そのが
逆に刺激になり睡魔を払拭する事が出来た。
確かに座って休んでいてもすぐに誰かがハンカチを持ってきてその場から立ち上がり
次の者の所へハンカチを持っていかなければいけないのは疲れ切った体には
辛すぎたが全ては生き残るためだと自分に言い聞かせて何とかゲームを続けた。
1周目から5周目・・・。
5周目から10周目・・・。
10周目から20周目・・・。
そんな感じで数えきれないほどの周回を回った。
しかし、そのうちに、彼らの1人がその異常性に気付く。
ちょっと待ってくれよ!
どうして4人しかいないのにこのゲームが成立できるんだよ?
AがB地点に行き、BがC地点に行き、CがD地点に行き、DがA地点に持っていく。
それならA地点には誰もいないはずだろ?
だとしたら、一体誰がA地点でハンカチを受け取っているんだよ?
そう指摘されて他の3人もハッとして固まってしまう。
確かに4人ではこのゲームは成立しない。
このゲームを成立させるには5人必要なんだ・・・。
そう気づいた時、得体のしれない気持ち悪さを感じた。
そして、4人の中の1人がこんな提案をした。
今度からはハンカチを手渡す時には「どうぞ」という事にしよう。
そして、受け取った者は必ず「ありがとう」という事に決めよう。
そうすれば、誰が一人多いのか、すぐにわかるだろうからな!
それに、もしも本物の幽霊か妖怪を捕まえられたら俺たちは大金持ちだ!
どうだ?やってみないか?と。
そして、その提案に他の3人もすぐに賛同した。
生き残れるかどうかという危機が一転して一獲千金のチャンスに変わった瞬間だった。
それから彼らは再びそのゲームを開始した。
AからB、そしてBからCへの受け渡しは提案通りに行われた。
しかし、CからDへハンカチを運んでいる際、彼らは異変に気付いた。
足音が全く聞こえなかったのだ。
登山靴で山小屋の中を歩いているのだからかなり大きな足音が聞こえるのが
当たり前の事だった。
しかし、何故かCからDにハンカチを運んでいる時、山小屋の中は静寂に包まれていた。
どうして、こんな事に気付かなかったのか!
しかも、よく考えればBからCにハンカチを渡した際にも「どうぞ」という声は
聞こえたが何故か「ありがとう」という声は聞こえなかった。
彼らはその時が来るのを身構えてじっと待ち続けた。
そして、しばらくすると「どうぞ」という声は聞こえないのに「ありがとう」という
仲間の声だけははっきりと聞こえてきた。
彼らの中の1人が声を張り上げた。
今だ!
彼らはいっせいにC地点へと飛び掛かった。
その場には確かに何かが居た。
それは彼らが感じた手触りで防寒用のグローブの上からでもはっきりと確認できた。
しかし、それはあまりにも冷たかった。
グローブを通してでもはっきりと伝わってくる痛むほどの冷たさ。
それを感じた瞬間、彼らはその何かによって弾き飛ばされていた。
そして、暗闇の中から声が聞こえた。
「せっかく助けてやろうと思って出てきたのに・・・」
「飛び掛かれるほど元気なら勝手にしろ」
そんな言葉が聞こえた刹那、彼らはそのまま意識を失った。
それから3日後にようやく吹雪が収まり救助隊がやって来た時、彼らは雪の中に
埋もれた状態で発見された。
近くには山小屋も無く深い雪の上に1枚のハンカチだけが落ちており、その場所を
掘り起こした結果、彼ら4人が見つかった。
凍死した状態で・・・。
雪山の都市伝説は色々とあるが余計な事を考えずに不可思議な点に気付かなかったら
彼らは助かったのかもしれない。

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