視線の主

篠山さんは浄化槽のメンテナンスをする仕事に従事している。
勤続10年以上との事で既に多くの部下もおりベテランと言われる域に達している。
彼が行うのはビルの管理会社からの依頼で浄化槽の点検をしたり修理をしたりという内容になる。
老朽化した雑居ビルからの依頼も多くそんな場合には殆どが深夜午前0時を回ってからの仕事になる。
そして、夜を徹して浄化槽を修理して翌朝の始業時間に間に合わせる様に全ての作業を終える。
本当に大変な仕事である。
そして、その日も午後11時頃に会社に集合し、部下と共に深夜の作業に向かった。
その辺りではかなり高い部類に入る8階建ての雑居ビル。
現場に午前0時過ぎに到着した彼らはすぐに預かっていた鍵を使って屋上へと出た。
かなり古く汚れた感じの浄化槽だった。
それを見た時、作業が朝までかかることを覚悟したという。
いつもの事とはいえ、流石に気が重くなる。
そして、実は屋上に上がるドアのかぎを開けた時、屋上から誰かの声が聞こえた様な気がした。
8階建てのビル、しかも屋上へ通じるドアの鍵はしっかりとかけられていた。
そんな状態で屋上に誰かが侵入している事などある筈がない、とわかっていてもやはり気持ちの良いものではない。
彼らは屋上に誰かが潜んでいないかをくまなく確認した。
そして、誰もいない事を確認し終えると早速作業に取り掛かった。
しかし作業を始めてしばらくすると何処からか見られているような視線を感じたという。
部下にも確認したがやはり部下も彼と同じように誰かの視線をはっきりと感じている様だった。
なんか事故でも起きたら面倒だ・・・。
彼らはもう一度屋上をくまなく点検し誰もいない事を確認した。
しかし、それでも相変わらず誰かから見られている視線をひしひしと感じたがそんな事にいつまでも拘っている余裕は無かった。
朝までに全ての作業を終えなければ会社にクレームが入ってしまう。
そこから彼らは余計な事には気を取られないように作業に集中し何とか午前5時頃に作業を完了し撤収の準備をしていた時の事だった。
ビルの下がやけに騒々しい。
救急車やパトカーが次々にサイレンを鳴らしながら走って来てはビルの下で止まっている様だった。
何かあったのかな?
部下とそんな話をしていると屋上に数名の警察官がバタバタと駆け上がってきたかと思うと合鍵を使い屋上に入って来て彼らを取り囲んだ。。
そして彼らに尋ねてきた。
あなた達は、ここで何をしているんですか?
昨夜、このビルから投身自殺があったんですが何も変わった事はありませんでしたか?
落下した位置から考えるとその自殺者が飛び降りるとしたらこの屋上しかありえないんですが、あなた達は誰も見ていませんか?と。
勿論、彼らはビルの管理会社から依頼され昨夜からずっと屋上で浄化槽修理の徹夜作業をしていた事。
そして、確かにその間ずっと誰かの視線だけは感じていました・・・。
まるで他の誰かが屋上にいる自分達を間近から見つめているような視線でした。と全て事実だけを素直に話したという。
しかし彼らの存在が怪しいと思ったのか、彼らはそのまま警察署へと任意同行させられた挙句、お昼過ぎまで捜査協力という名の尋問を受けた。
本当に突き落としていないか?
本当に被害者と面識は無いのか?と。
そして、その尋問の最中、分かった事なのだがどうやらビルから飛び降り自殺をしたのは30代の女性であり飛び降りた時刻は午前2時頃だという事だった。
しかし、彼はこう話してくれた。
屋上という現場、しかも深夜という事になりますから僕らの仕事では屋上に出たら部外者が立ち入れないように、その都度しっかりと鍵をかける様にしているんです。
勿論、自殺防止の為に。
だから僕たちが屋上で作業をしている間、誰も屋上に上がって来られる筈は無いんです。
だとしたら、その女性はどうやって屋上へ上ったのでしょうか?
僕たちが屋上に入る時にもしっかりと鍵は掛けられていたというのに。
もしかしたら僕たちが鍵を開けて屋上に上がる前からその女性は屋上にいたのでしょうか?
いや、仮にそうだったとしても僕らはずっと誰かの視線を感じながら作業をしていたんです。
深夜0時頃から朝の5時まで・・・。
だとしたら、自殺したその女性が飛び降りた後も僕らの事をじっと見ていたという事になってしまうんですよ。
だから、どうしても辻褄が合わないんですよね・・・と。
ちなみにもう一つの不可思議な点としては司法解剖の結果、午前2時頃に屋上から飛び降りたと推定されているが、どうやら午前2時以降もその場所を沢山の人も車も通っている。
しかし、誰かが飛び降りたのを見た者もいなければ、地面に叩きつけられた遺体を見た者もいないのだ。
それでは自殺した女性の遺体は午前2時から遺体が発見されて大騒ぎになる午前5時頃まで一体どこへ行っていたというのだろうか?
そして朝日が昇るまでの間、彼らの作業をじっと見ていたのは一体誰なのだろうか?
その理由は1つだけ思い当たる事があるのだが、ここで書くのは控えておきたいと思う。
ただ1つだけ言えるのは自殺したその女性の霊は地縛霊となって今もずっと、いや永遠にそのビルの屋上からの飛び降りを繰り返しているに違いないということだ。
 

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