こんばんは・・・。

彼女は大阪に住む30代のOL。
大学を出てから広告代理店に入社しそれからは仕事漬けの日々を送っている。
元々は愛媛県の出身だが大学生活で完全に大阪に馴染んでしまい実家の両親の希望は聞き入れずそのまま大阪の広告代理店に就職した。
大阪の外れに在るワンルームマンションで生活する彼女は毎朝、満員の通勤電車に揺られて出勤するのだけは何年経っても苦痛のようだが帰りの時にはいつも快適に帰路に就いている。
深夜まで残業が当たり前になっている業界で働く彼女はいつも最終電車の時間に合わせて退社しいつも同じ電車に乗って帰るのだそうだ。
朝はあれだけ混雑している電車内が最終電車ともなると乗っている人もまばらで好きな席に座りのんびりと体を伸ばすことも出来た。
確かに午前1時を回ってから帰り、朝には午前7時過ぎの電車に間に合うように起きる。
そんな生活を送っていて睡眠時間が足りているのか?と心配になってしまうがどうやら彼女が住んでいるのは路線の終点の駅。
だから、最終電車の中で寝てしまったとしてもそのまま放置されて別の駅に連れていかれる心配もなかった。
必ず駅員さんが寝ている彼女を起こしてくれるのだから。
それを良い事にいつも彼女は最終電車に乗り込むと出来るだけ客の少ない車両に移動して席に座ったまま寝ることにしていた。
1時間程度はしっかり寝られるらしく彼女の睡眠不足はその行程で解消されているようだ。
そんな彼女がいつものように最終電車に乗りすぐに腕組みをしながら寝ていると誰かに体を揺すられた。
寝ぼけたままの意識の中で
えっ?
もう駅に着いちゃったの?
そう思い目を擦りながら起きようとすると不思議なことに気が付いた。
電車はまだガタゴトと音を立てながら走っていた。
それに駅員ならば体を揺さぶるような起こし方をしないことを彼女は知っていた。
もしかして不審者?
そう思い焦ってすぐに目を開けると彼女の前には小さな男の子が立っていた。
えっ?・・・なんで?
確かにまだ小さな男の子の姿を見た時、不審者への恐怖は払しょくされた。
しかし、普通に考えればこんな時刻の電車に小さな子供が乗っているはずは無かった。
そうだ!きっと親御さんがいるはず・・・・。
そう思って車内を見まわすがその車両に乗っているのは彼女とその男の子だけだった。
えっと・・・お父さんかお母さんは?
彼女が思わずそう口にすると男の子は小さく首を横に振った。
その言葉を聞いた彼女が思わず言葉を失っているとその男の子は小さな声で
こんばんは・・・。
と呟いた。
思わず彼女も「こんばんは」と返した後、迷子になったの?と聞こうとした途端、その男の子は突然走り出し隣の車両へと消えていった。
こんな夜更けにあんな小さな子供を電車で一人きりにさせるなんてどういう親なの?
そう思っていると電車はすぐに彼女がいつも降りる駅に到着した。
彼女は立ち上がり駅のホームに降り、先ほどの男の子がいないかと辺りを見回したが男の子の姿は見つけられなかった。
彼女はまさに狐にでも化かされたような気持になったそうだが、どうやらその男の子との出会いはそれが始まりに過ぎなかったようだ。
それから彼女は最終電車に乗ると必ずその男の子に起こされることになった。
それがなんだか気味悪くて帰りの電車を変えてみたりもしたが結果は同じ。
彼女が寝ていようが起きていようがほんの一瞬でも目を瞑ると次の瞬間には男の子が目の前に立っており「こんばんは・・・」と声を掛けてきた。
そして、そう声を掛けられるたびに彼女はその場から逃げ出すようになった。
最初は小さく可愛く聞こえていた男の子の声は次第に太く低い声に変わっていった。
見た目は幼い男の子だったがその声はまるでホラー映画の中に出てくる悪魔の声の様にしか聞こえなかったという。
その男の子が現れるのはいつも彼女が降りる駅に着く少し前だった。
だから歩くのは大変だったがひとつ前の駅で降りてしまうことにした。
しかし、やはり男の子は目の前に現れた。
まるで彼女がひとつ前の駅で降りるのを知っているかのように。
それから彼女は必至で試行錯誤した。
全く別の会社の電車で帰ってみた・・・。
会社の同僚の車で送ってもらったこともあった・・・。
家には帰らずそのまま会社に泊まった事もあった・・・。
しかし何をやっても無駄だった。
男の子は別の電車の中にも現れたし、家の前で待っていることもあった。
そして会社の中で泊まった時などは男の子は机に突っ伏して寝ている彼女の肩を揺さぶって起こしてきた。
相変わらず男の子は彼女に「こんばんは」と声を掛けるとすぐにその場からいなくなった。
しかし、その時彼女にはわかった事があった。
それは、その男の子の姿は他の人間には視えていないのだという事。
そして
男の子の声は明らかに大きく攻撃的な声に変わってきているという事だった。
さすがに恐怖を感じた彼女はすぐに人伝にお祓いや除霊で有名なお寺に助けを求め、3日間の除霊の後、約2週間の間、そのお寺の中で生活するという期間を経てようやくその男の子から解放された。
ちなみにその間、彼女の視界には常にその男の子の姿が映っていた。
遠巻きに憎々しい顔でじっと彼女を睨みつけていたそうだ。
その男の子が彼女に何をしようとしていたのか?
そして、そのままお寺に行かず放置していたら一体どうなっていたのか?
今となっては分かりようもないが最後に彼女はこんな事を話してくれた。
あの男の子の顔は次第に得体のしれない笑みを浮かべるようになっていました。
そして、その声はとても不気味な声だったのと発音のイントネーションが明らかに標準語だったのがとても気持ち悪くて・・・・。
その声がずっと耳から離れてくれないんです・・・・。
それに私は電車の中で眠っていてあの男の子と遭遇してしまいましたけど、きっとそれには理由や法則は存在していない・・・。
単に運が悪かっただけ。
きっといつ何処ででも、そして誰でもあの男の子と出会ってしまう可能性がある。
あの男の子はそういう存在なのだ・・・。
そう感じています・・・・と。

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