ライター

彼女は煙草を吸った事は無いがライターを集めるのが趣味なのだという。
コレクトしているのはオイルライター。
電子ライターやガスライターには全く興味が無くオイルライターだけに
興味があるのだという。
ある時、飲み屋で隣の席の男性がタバコに火を点けた際、一瞬香ってきた
オイルの匂いに魅了されたのだという。
特にZIPPOライターに関しては毎月1個~2個くらいの頻度で新品を買っては
悦に入っているようだ。
ただ最近では新品を買う事には少し飽きてきたらしくネットで中古品や壊れたジャンク品のライターを修理しては磨き上げ新品同様の外観と使い心地に戻すのが最高に楽しい
そうだ。
そんな彼女はある時、道を歩いていると歩道の脇の地面に地面から少しだけ顔を出しているライターらしき物を見つけ急いで拾い上げた。
それは錆びて変色し泥まみれになってはいたが明らかに古いZIPPOライターだった。
彼女は大喜びで何も考えずそのライターに付着した泥を適当に掃うとそのままポケット
に入れて自宅へと持ち帰った。
泥をきれいに洗い流ししっかりと拭いてみると特に壊れているような箇所も無く
彼女は思わずほくそ笑んだ。
しかし彼女がほくそ笑んだのはそれだけが理由ではなかった。
そのZIPPOライターは古い年代のレプリカ品であり、しかもフルアーマー仕様という
マニア垂涎の品だった。
とりあえず一度完全に分解し芯や綿などをすべて新品にしてそれを磨き上げた。
そして着火石を交換しオイルを入れて着火させてみた。
手の中にずっしりとした重厚感を感じさせ、更にケースの蓋を開ける時の音も火を
点ける時の音も最高だった。
しかも何故か同じオイルを使っているというのにそのライターで火を点けると不思議と
甘い香りまで感じられた。
彼女はそのライターがとても気に入ってしまいコレクション品のライターを並べている
ガラスケースの一番真ん中にそのライターを置いた。
煙草を吸わない彼女はあくまでライターをコレクションしているだけであり、そのライターを持ち歩くという事はしなかった。
万が一落としてしまったら悔やんでも悔やみきれなかったから。
しかし、その拾ったライターを部屋の棚のガラスケースの中に置いてからというもの、
彼女は何か落ち着かなくなり仕事にも集中できなくなった。
その原因は拾ったZIPPOライターだった。
とにかく頻繁にそのライターを着火させたくなってしまった。
そんな衝動に駆られるのは初めての事だった。
自分は完全にあのライターに魅入られている・・・。
そう感じた彼女は毎日そのライターをカバンの中に忍ばせて出勤するようになった。
そして昼休みだけでなく仕事中にも何度もそのライターを取り出して火を点けた。
そうするだけで、どれだけ仕事で疲れていてもどんなに辛い悩みがあってもすぐに頭の中から消えてくれた。
いや、それどころか全ての事がどうでも良くなっていった。
そうなってしまうと仕事でもミスを連発してしまう様になったし、何事にもやる気が起きなくなった。
そんな日々を送っているとやがて仕事にも行かなくなり家にいても何も食べずただ拾ってきたライターだけを眺めて過ごすようになってしまう。
以前のはつらつとした姿が想像できないほど瘦せ衰え顔だけでなく体中がボロボロになってしまい近所からも気味悪がられる様になった。
それでもそんなことは彼女にとってどうでも良かった。
とにかく1日中そのライターを眺め時折火を点けるだけでとても幸せな気持ちになった。
そのうちに彼女はこんなことまで考えるようになっていく。
このまま生きていても楽しくはない・・・。
それならばいっその事自ら命を絶てばよいのだ・・・・。
このライターで自分の体に火を点けて・・・。
彼女の記憶が残っているのはそこまでだった。
ある日彼女は夕刻に家を抜け出して外を歩いている見ず知らずの人達に襲い掛かった。
殴りかかり噛みつき衣服に火を点けようとした。
その時の彼女は、明らかに人間ではなく人外の化け物に見えた、と証言されたようだ。
怪我人はいたが幸運にも死人が出ることは無かった。
しかし彼女は裁判の末、精神病院に隔離入院させられてしまう。
どれだけ調べても精神的な疾患部分は見つからず更に改善する兆候すら無かった。
勿論、精神科の医師にとって患者の症状の原因を超自然的なものに置き換えるのは
本来御法度なのかもしれない。
しかし、彼女を担当した医師は霊的なものへの造詣が深く、実際以前にも患者さんの
精神疾患を疑いお寺に連れて行ったことがあった。
そして、その患者はお祓いの後、すぐに正常に戻ったそうだ。
だから、その医師は一度彼女そのお寺に託してみる事にした。
その結果、彼女を視た住職は彼女に憑いている霊がいることを見抜いた。
以前、ネットで複数人の参加者を募り一緒に練炭自殺した男性の霊。
そして、その男性が練炭自殺の際、使用したライターを彼女が拾ってきてしまい、
そのまま彼女にはその時自殺した数人の霊が憑いているという事実を。
彼女の自宅マンションを調べ部屋の中にあったライターをすべて処分した。
そして、それから半日ほどの除霊で彼女は正気に戻ったそうだ。
本来、自殺した霊はその場から移動することは叶わない。
だからライターの中に潜み機会をうかがっていたのだ。
その男性と同じように自殺する仲間を増やそうと・・・・。
まさに悪霊とし思えない事例だが、Aさんによればそんな事は日常茶飯事なのだそうだ。
自分が動けないのなら何か物を利用して仲間を増やそうとする。
しかもそんな自殺霊の多くは仲間を増やすことで自分の苦しみが軽くなると勘違い
しているものが多いそうで何ともやるせなくなってしまう。
やはり何かを拾ったとしても、いや、何か凄いお宝が落ちていたとしても決して
拾うべきではないのかもしれない。
ちなみに彼女は、それ以後、ライターの収集は止めてしまい、現在ではカメラを持って
色んな所へ撮影旅行に出かけるのが趣味になっているそうだ。
彼女が心霊写真など撮影しないように祈るしかない。
ライターなどの物にも霊が宿るが、人形や写真にはもっと危険なモノが宿る。
そして、それは簡単には手放せないし祓われてもくれないのだから。

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