ストレッチャー

これはブログの男性読者の方から聞かせて頂いた話になる。
彼はその時、車の事故で意識を失い気が付いた時には病院のヘッドで寝かされていた。
目が覚めた時には彼の体は仰向けでベッドに縛られた状態で寝かされていた。
一体何が起こっているのか彼には理解出来なかった。
しかし、すぐに医師がやって来て彼に状況を説明してくれた。
彼は事故の衝撃で車体に足が挟まれてしまい両足の太腿が複雑骨折しており皮膚から
骨が飛び出している状態である事。
すぐには手術できず数日後に手術はするが、そこから骨が固まり定着してからリハビリ
という流れになる為、かなり長期間入院しなければいけない事。
手術前と手術後は併せて2カ月程度ベッドで寝たきりの生活になるという事。
そして、手術前は変な形で骨がくっ付かないように両足を重しでベッドの端から
引っ張る事になり、その為暴れたりしないように体をベッドに縛り付けて固定
させてもらう事になる事。
それらを聞いた時、彼は絶望するしかなかった。
仕事を休む事も長期入院になる事も仕方のない事だったが、彼にとって何より
嫌だったのはベッドの上に縛り付けられた状態がこのまま最低でも数日間は続く
という事だった。
痛い足を引っ張られた状態でベッドに固定される。
しかもトイレに行く事も出来ず、寝ているだけ・・・。
それに反して上半身は元気で頭も普通に思考できた。
そして彼の視界に映るのは、ただ白いだけの天井だけ・・・。
そんな状態のまま体を動かさずじっとしているなどどう考えても彼には無理だった。
しかし、彼にはそんな状況を甘んじて受け入れるしかなかった。
ただ、そんな彼には予想だにしない形で退屈をしのげる事態が訪れる。
深夜、彼が眠っていると必ず廊下をガラガラと走り回るストレッチャーの音で
目が覚めた。
身動きのできない彼にはその様子を確認する事は出来なかったが、そのけたたましい音は
彼が入院しているフロア全体に響き渡っていた。
なんなんだろうか?
こんな真夜中にストレッチャーが走り回るなんて・・・。
患者さんの容態でも急変したのかな?
そんな事を考えていたがいっこうにその煩い音は収まらない。
容体が急変した患者を急いで運んでいるというよりも、まるで誰かが空のストレッチャーを押して廊下を走り回っているような気がして仕方なかった。
しかし、身動きできない彼にそれを確認する術もなく、やがて彼はその煩い音の中で
眠りに就いたという。
翌日になり検温に来た看護師さんに彼は聞いたそうだ。
昨晩はずっとストレッチャーが廊下を走り回っていたみたいですけど何を
やってたんですかね?と。
すると、看護師さんは不思議そうな顔で
寝ぼけてたんじゃないんですかね?
真夜中にずっと廊下をストレッチャーが走り回るなんてありえない事ですよ。
それに昨夜は1人の患者さんがお亡くなりになられてそれどころじゃなかったはずです。
そう返してきたという。
それを聞いた彼が
あっ、それじゃ僕が聞いたのはその患者さんの容態が急変して慌ててストレッチャー
で運んでた音なのかもしれないですね・・・。
と言うと、
いいえ。
昨夜の患者さんは病室のベッドでそのまま亡くなられましたから・・・。
だから、絶対に聞き間違いだと思いますよ・・・。
と冷たくあしらわれたという。
そう言われた彼も、そこまで言うのならきっと自分の勘違いか寝ぼけてただけなのかもな、
と思いそれ以上気にする事も無かった。
しかし、それから5日後、彼はまた廊下から響き渡るストレッチャーの音で眼が覚めた。
今度は耳を澄ませてその音に聞き入った。
すると、ストレッチャーは確かに誰かを乗せているような重い音がしていた。
そして、その音に混じって楽しそうな女性の笑い声も聞こえてきたという。
その声は上手く説明できないが何かとても気味悪く感じられる笑い声で彼は
思わず布団の中に潜ってその音を出来るだけ聞かないようにした。
そして、翌朝、検温にやって来た看護師さんに彼は質問をした。
昨夜もまたストレッチャーが廊下を走り回っていたんですけど・・・。
それとストレッチャーの音に混じって女の人の楽しそうな笑い声も聞こえました。
これもやっぱり聞き間違いなんですかね?と。
すると、看護師さんは
絶対に聞き間違いですね。
昨夜は私も夜勤でずっとナースステーションに詰めてました。
何度か廊下も通りましたけどそんな音は何も聞こえませんでしたから。
それに昨夜も患者さんが亡くなられて・・・。
それどころじゃなかったんですよ・・・。
そう返されたという。
彼の頭の中はもう訳が分からなくなっていた。
かといってベッドから動けない体では自分の眼で確認する事など不可能だった。
それから同じ事が2度起こった。
そして朝になって聞いてみると誰もそんな音は聞いていない、と断言され
その後には必ず
「昨夜も患者さんが亡くなられて大変だったんですよ」
と付け加えられた。
彼はその時何かが頭の中に浮かんだという。
そして、看護師さんにこう尋ねてみた。
なんか患者さんが亡くなった夜にだけストレッチャーの音が聞こえるんですよね。
これって何かあるんですかね?と。
すると、看護師さんは意地悪そうにこう返してきた。
亡くなられたのは全て個室の患者さんばかりですよ。
それも左の個室から順番に右へ移動してるんです。
その順番通りなら次はこの個室ですかね。
今夜あたりご自分の眼で確かめられるんじゃないんですかね?と。
彼はかなりイラっとしたが、それよりもすぐに入院している部屋を個室から
相部屋へ変更してもらえないか?と頼み込んだ。
しかし、看護師さんは、
わかりました…一応確認してみますね・・・とだけ言ってそのまま部屋を出て行った。
その夜には何も起こらなかった。
そしてその翌日にも・・・。
しかし、ようやく部屋を変えてもらえる様になった前日の夜、彼は耳元から響く
ガラガラガラ・・・・という音で眼が覚めた。
彼はその時ストレッチャーの上に寝かされていた。
そして、そのストレッチャーを取り囲むように無数の看護師の顔があった。
どの顔も笑っていた。
気味の悪い笑みを浮かべて・・・。
看護師達は彼に視線を向けたままガラガラとストレッチャーを押しているのが分かった。
確かに看護師に間違いなかった。
しかし、いつも見慣れているこの病院の看護師の制服とは明らかに違っていた。
もっと何か古めかしく感じられる制服。
そして、その病院の廊下はそれ程長くはないはずなのに、そのストレッチャーは
何処までも真っ直ぐに押されていく。
廊下の天井しか見えなかったが、その天井の明かりが少しずつ暗くなっていくのを
感じ彼は焦っていた。
早く何とかして逃げ出さなければ・・・と。
しかし、下半身には力が入らず動かせるのは上半身だけ。
彼には何も抗う術は無かったという。
そんな時、突然声が聞こえた。
この患者じゃない・・・・。
看護師達の顔が彼の顔へとどんどん近づいて来て彼の視界が閉ざされると同時に
彼の意識は飛んでしまった。
朝になった時、彼は病室ではなく使われていない古い待合室で寝かされているのが
発見された。
その後、すぐに転院手続きをして別の病院へ移ったらしく、それが一体どんな怪異
だったのか、原因は全く分からないそうだ。
入院するなら個室よりも相部屋の方が良いのかもしれない。
値段も安いし・・・。
 
 
 

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