序章 ー零ー
靴音が響く度に、からくり人形である少女の足下の血溜まりが、小さく揺れる。
からくりの少女は笑みを浮かべ、ずるずると息も絶え絶えな術者の襟をつかんで引きずった。その術者の胸部からは血が流れていて、つんと鉄臭い。
「ねー、封印の間はこっチ-?」
少女は引きずっている術者に声をかける。だが、術者はわずかに首を振り答えない。
「ねー、こたえテヨ-!」
「……ぐ」
わざと傷に響くように、少女は背後の男の体をたたきつけるように動かした。
「あ、ここダ!」
厳かな雰囲気と、わずかに立ち上る妖気が複雑に絡み合う空間に、少女はたどり着く。
中央の妖気が立ち上っているモノを円になって囲むように、十二個の玉(ぎょく)が置かれていた。
その玉はどれも白く輝き、邪な者を寄せ付けない澄んだ気を放っている。
少女は術者を放り投げると、その玉の一つである「寅(とら)」の玉に近づいた。
「酒呑童子の妻である姉様から授かったこの力さえあれば……こんなモノ」
少女がギシギシと体を鳴らし、その脚に力をまとわせ蹴りを入れると、玉はピシッとひび割れる。
猛獣の苦しそうな声と共に、白い光が逃げ出すようにその空間から姿を消した。
「これモ!」
少女はもう一つの玉である「戌(いぬ)」の玉にも傷を付ける。
こちらは割れ目から白い犬が転がり落ちた。
「アレ?」
少女はその場にうずくまる。カタカタと木製特有の音を立てて、体が震え出す。
「な、なんデ? 呪詛返シ?」
その時、少女の首元めがけて戌が首元に噛みついた。戌が彼女が動かなくなったのを確認し、こう言い放つ。
『あの警備の者がやられたのか……なんと恐ろしいからくりだ』
戌は絶命した術者の方に視線を送っていると、小さく鳴いてその場にうずくまる。その体には、大きな傷が刻まれていた。
からくり少女の目は光を失っている。が、ミシミシと音を立てて起き上がった。戌は防御の態勢に入るが
「あ、姉サマ……ノ、計画を……ジャマするナア!」
からくりはその身から呪(まじな)いを吐き出した。戌は絶叫し、その場に身を床に打ち付ける。
「もうええわ、琥珀。計画はここまでにしましょう」
戌はわずかに開いた目からその姿を捕らえた。その空間に現れた紅い着物の袖が、からくりを抱えて消えゆく様を。
『ああ、なんということだ……人間に、「戌」の家の人間に助けを請わねば』
戌は痛む体に鞭を打ち身を起こすと、足を引きずりながら封印の間を後にした。
封印の間の中央から立ち上る妖気が強くなっていることに、恐怖を感じながら。
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