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第4部 豪邸に暮らす[22]ジョージアン様式 Phipps 邸

22-4 邸宅に暮らす

  頬へのくすぐったさと唇に触れる甘い感触、温かみのある柔らかさに薄目を開くと......。
「Good Morning Ryu.....I've been dreaming of giving you a morning kiss. Don't you like waking up like this?」.......唇に触れる気持ち良さに、思わず......「Holly, if you keep kissing me like this, I'm going to get an erection.」
「Oh really? Let me see... Wow, Ryu, Already a boner in the morning! You are full of energy......どれどれ、本当!Ryuちゃん、朝から元気になってる...... We did it last night, but would you do it now?」
「Holly... Why are you in such a rush?......そんなに焦らなくても?......Today is the first day of work. Let's get ready for work.....」

 ホーリーの誘惑から逃れるように、ベッドを降りて、勢いよくカーテンを開ける。
 窓の外、煌めく朝日が降り注いでいる。洪水のように室内に流れ込む太陽の光に思わず目を細める。明るく照らされたベッドルームは、まるで別世界のように思えた。昨夜、二人が温もりを感じたベッドの装飾にさえ、初めて気が付いた。
 ヘッドボードにパイナップル、四隅のポストにどんぐりの彫刻が施されていた。その精巧な彫刻に目を止めると......。

「Holly, Did you see these sculptures on this bed?......ベッドに彫刻があったの?..... I was afraid the bed would fall too high......ベッドが高くて落ちるか不安だったけど......」
「Ryu, in the Colonial period, the Pineapple was a symbol of hospitality and the Acorn a symbol of good luck.....コロニアル時代はパイナップル は「おもてなし」のシンボル、どんぐりは「幸運」のシンボルだったのよ」
「........?」
「Especially since pineapples were a luxury item. Not everyone could afford them at that time.....特に当時パイナップルは高級品で誰もが買えるわけではなかったから......it became a symbol of warmth and graceful hospitality, a symbol that one was wealthy enough to afford the rare fruit.........珍しい果物を買えるほど裕福を示すシンボルとなり、温かく優雅におもてなしするシンボルになった...... The acorn is also a symbol of hope and immortality because it represents new life and growth.......どんぐりは新しい生命と成長を表すことから、希望でもあり不滅のシンボルになったの.....」
「So it's sculpted into a bed.」
「Yes, it is. It's not just beds, though.」
 ホーリーをベッドに残し、シャワーを浴びる。
  シャワーヘッドが二つあった。朝、上部と斜め前から浴びるシャワーは、邸宅に暮らす優雅さを実感させてくれた。

 寝室を抜けて、大理石のマントルピースの前に骨董品が置かれたリビング.....。一瞬、博物館の館内に踏み込んだのかと錯覚する。塵ひとつ無く輝く調度品を眺めていると......。
「Ryu, Mrs. Margaret's room is furnished in antique Queen Anne style......調度品はクイーンアン様式のアンティーク家具よ」
(アンティーク家具はピカピカに磨かれ.....だから、博物館の印象を与えたのか......)

「Holly, Although there is antique furniture, the interior gives the impression of an old-fashioned interior, but why?.....アンティーク家具もあるけど、古風なインテリアの印象がするけど何故だろう?」
「Ryu, I think the pale gray-green wall panels give it a retro look......多分淡いグレーグリーンの壁パネルが、古風な印象を与えているのだろうと思う」
(パイン材だろうか......?柔らかな感じのパネリングだなぁ)

「 Ryu, look at this Queen Anne walnut dressing table, it's lovely!..... ウォールナット化粧台も素敵ね!」
「 Holly, Is this walnut?.....これウォールナットなの? You know a lot about furniture! Is this floral loveseat sofa also Queen Anne?」
「This is very special. This floral embroidered fabric is tapestry upholstery.....この花柄の刺繍布地はタペストリー織りのつづれ織物よ......It's similar to Nishijin Textile in Kyoto. Tapestry upholstery originated in Egypt, I heard...... 京都の西陣織と同じ織物よ。タペストリー織物の起源はエジプトよ」
「Holly, I think this interior is similar to the Independent Hall we saw in Philadelphia, don't you?...... フィラデルフィアで見たインデペンデントホールに似ていると思うけど?」
「Ryu, You remembered it well...... 良く覚えているわね......the furniture in Independent Hall was designed in the Queen Anne style. American furniture maker William Savry made it....... あれもクイーンアン様式の家具よ。アメリカの家具職人ウィリアム・サヴェリーの製作よ」
「Holly, The Queen Anne style furniture, when was it created?」
「Queen Anne reigned from 1702 to 1714 ......実際にアン女王が英国を統治したのは1702年から1714年。しかし1720 年から1760 年に製造された家具に『Queen Anne 様式』の名称が与えられたのは100年後の1800年代よ。アメリカ植民地時代に熟練した英国の家具職人がアメリカに移住し『Queen Anne 様式』が流行し一世を風靡した」

 寝室リビングのバルコニーが、朝陽に染まっている。
 フレンチドアを開けてバルコニーから庭園を眺めながら、数則感で呼吸を整えていると......「Quiet and peaceful morning scenery......This style of balcony is called a Juliet balcony...... これはジャネット・バルコニーと呼ぶのよ..... Did you know?」
「I don't know.」
「That's what they call balconies in classical architecture like the Georgian style.....古典的なジョージアン様式のようなバルコニーをそう呼んでいるの」
「Is that so? Holly, the Morning sun seems to feel good. Let's take a walk in the garden.......朝陽が気持ちよさそうだ。庭を散歩しようよ」

 階下のキッチンに降りて行くと、トムが朝食を作っていた。
「Good morning!」
「Good morning Tom! We're going for a walk in the garden, do you mind? 」
「Of course 」
 キッチンからホールウエイを抜け、一番奥の 「Great Room」に入る。 
 自然光が降り注ぐ「Great Room」は明るく、飴色の木地を白ぽっく染めた独特の色合いのオーストリア産オーク材の羽目板が室内を暖かく包んでいる。

 観音開きのフレンチドアを開いてパティオに出る。広大な庭の芝生が、朝陽を受けてキラキラと輝いている。

 ホーリーと並んで糸杉の立木に向かって歩く。小鳥の囀りが追い掛けてくる。シマリスがチョロチョロと走り、糸杉に取りつくと器用に登って行く。
 高さ20〜30メートルはある糸杉が整然と植えられた区画に踏み入れると、プールを囲むように風除けに植えられている。
 矩形のプールの水面は鏡面のように滑らかに糸杉と建物を美しく映している。
「Holly, How shallow and short is this pool for swimming?...... このプールは泳ぐには浅く、距離も短いけど?」
「Ryu, This is a Reflecting Pool.....反射プールよ......It is only 12 inches deep. It has black pebbles on the bottom for better reflection.......深さは 12 インチ しかないわ。綺麗に反射させるためにプールの底に黒い小石を敷き詰めてあるわ」           

 緩やかなカーブを描いた煉瓦歩道の先に薔薇園がある。
 ふっくらとしたピンク色の冬薔薇「ナエマ」が可憐な花を咲かせている。薔薇の花々が陽射しに照らされ、色鮮やかに輝いている。                      「This is a cut flower garden where they planted seasonal cut flowers in the past......ここは切り花用の庭よ。昔は季節ごとに切り花が植えられていたらしいわ...... Now they're growing roses in the greenhouse and replanting them in the spring and fall......今は温室で育てた薔薇を春と秋に植え替えているそうよ」
(流雲が育った雲龍院では、如何に自然を活かすか考えた庭作りが行われて来た。もう驚くことでは無いのだろうが。切り花ガーデンの存在自体が、流雲の常識を超えていた)

 起伏のある芝生の脇に、花壇に沿った緩やかな曲線を描く小径がある。
 緑葉の花木が多く、野原に咲く花景色のような花壇がある。
 手前にグランドカバー、奥に向かって段々と背丈の高い草花をが植えられ、草花に高低差がつけられている。一年草や多年草など多種多様の草花が植えられ、野山の自然を再現したような庭園は雑然に見えるが、小径から全景を俯瞰して眺めると不思議なほどに美しく整えれていた。

「This is an English Garden.」とホーリーが ......。
「English Garden?」
「This is a formal English garden. It is a style that has its roots in the Renaissance era and was popularized in England during the 17th and 18th centuries.....ルネサンス時代にルーツがあり17~18世紀にイギリスで普及したガーデンスタイルよ」
「Indeed, the plantings seem carefully planned. You've arranged them in symmetrical and geometric patterns......確かに、植栽が慎重に計画されている。左右対称に植えられ、幾何学的なパターンに配置されているね」
「 To comfortably guide visitors through the garden, it is designed with harmony, order, and balance in mind......ガーデンを訪れる人を心地よく誘導する為に、調和と秩序とバランスを大切にデザインしているよ」

 イングリッシュ・ガーデンの花壇の花々は、ソフトなパステル調の色合いに統一されている。思ったより、花々は控えめに植えられ、落ち着いたトーンの配色は秩序と調和が保たれエレガントな印象を与えている。辺りからラベンダーの香りが漂ってくる。
 枯山水の石庭のように遠近法を活かし、立体的に庭を見せる演出が施されている。
 これがイングリッシュ ガーデンのエッセンスなのだろうか。常緑樹や刈り込んだヘッジが整然と植えられてた庭は日本庭園と異なるが、美しかった。

 花壇に沿った緩やかな曲線を描く小道を歩く。華やかな香り漂うラベンダー園を抜けると、ブドウの木で覆われた木製のパーゴラがある。パーゴラの下を歩くと、3メートル程の常緑樹の生垣に囲まれた一角に出た。長辺が40メートル、短辺が30メートル程の綺麗に刈り込まれた芝生がある。ゴルフ場のグリーンのように滑らかに整備されている。

「Holly, What is this lawn corner? Looks bleak for a garden, doesn't it?......この芝生の一角は何なの?庭にしては殺風景だね」
「This place? Well, this is Lawn Bowling Green......ここはローン・ボウリング場よ」
「 Lawn Bowling Green? What's that?」
「Lawn bowling is a sport in which wooden bowls are rolled across the lawn to score points......芝生ボウリングは、木製のボウルを芝生の上に転がし得点を争うスポーツよ..... It has a long history, dating back to the 12th century. It was the sport of the English Aristocracy in the olden days......歴史は古く12世紀頃までさかのぼるらしいわ。昔の英国貴族のスポーツよ」 

 芝生ボウリング場の先にガラス造りの温室がある。
 温室にはいると、アールが働いている......「Good Morning Earl.」
「Good Morning. How was your first morning at the mansion? 」
「Thanks. It's a beautiful day this morning and we're enjoying our morning walk......朝の散歩を楽しんでます」 
 雑然と並べられた植木鉢の手入れをしながら......「Right now, I am pruning the fall roses. We are busy preparing to rent the mansion to the public starting this year.....今は秋バラの剪定をしています。今年から、邸宅を一般貸出す準備に追われています」と、忙しそうなアールに別れを告げる。

 温室の脇を抜け緑の樹々に囲まれた林道の小径を歩くと、ドーム状の体育館のような建物の前に来た。
「This building is the Tennis House. It's an indoor tennis facility with two tennis courts.....2面のテニスコートがある屋内テニス場なの」
「That's a big building. Why indoor tennis courts?」
「Isn't it to play tennis in winter because it snows in Denver?」
「......?」
(ちょっと理解に苦しむけど、冬に何回テニスしたんだろう?)

 テニスハウスの中に入ると、室内は明るく自然光がテニスコートを照らしている。天井を見上げると、屋根の半分が半ドーム型の天窓になっている。自然光を取り込む工夫が施されている。テニスコートの床にはコルク材が敷き詰められていた。歩くとクッションが良く、テニスボールが良く弾むようにしたのだろうか。屋内テニスコートなど見たことないから分からないが、木製のフロアーリングの床よりは柔らかいから、膝には良いだろう。
 中2階に暖炉のある観客席とバーカウンターがある。ホーリーが、壁に掛けられた古新聞の記事を見ながら.......。
「In the 1930s, professional tennis players Don Budge and Jack Kramer...... 1930年代のプロテニスプレイヤー Don Budge やJack Kramer を招待しプロの試合を一般に開放していた。マーガレット・フィップスもテニスプレーヤーでワシントン州のチャンピオンと、書かれているわ」

 テニスハウスの裏口から庭に出る。そこにも薔薇園があり、煉瓦壁の前に、テニスハウスを囲むように、淡いピンクの薔薇の花が咲いている。
 花の前のサインボードに何か書かれてある。
「This rose is identical to the Wimbledon rose......この薔薇はWimbledonに咲く薔薇と同じだそうよ.....The Venus Rosewater Dish is a silver-gold cup awarded to the women's singles champion....... それに敬意を表して、この薔薇は彼女に捧げられたものと言われているわ.....” The Venus Rosewater Dish” があり、それに敬意を表したとかかれてあるわ」
「Holly, Mrs. Margaret loved tennis, didn't she?」
「Ryu, Do you know the Rosewater Dish?」
「......?」
「A Rosewater dish is a ceremonial platter or basin used after meals to catch rosewater poured from warm or cold ewers for washing hands—a daily ritual in England......食後に暖かいか冷たい水差しから手を洗うための儀式用の大皿や盆で、これはイギリスで日常的に行われていた儀式よ」
「So you washed your hands with rose-scented water?」

 薔薇園の前に針葉樹林がある。ホーリーと並んで、林の小径を歩く。足元をリスが慌ただしく走り木に登る。バークチップと落ち葉が積み重なり、小径は柔らかくフワフワしている。小鳥とは思えないほど大きな美声が、林に木霊する小鳥の囀りが響く。 
 鳥の囀りに......突然、流雲の心に、雲龍院の庭を歩いた記憶が蘇ってきた。
 雲龍院の庭は「静寂な音」が重要な働きをしていた。足元を歩く砂利道や石畳を踏みしめる音、木々からの鳥の囀り、池の水面を打つ雨音など心を和ませる静寂な非日常の空間に包まれていた。

 流雲は、庭園に雲龍院の庭を感じながら邸宅に戻ってきた。そして庭園の背景に佇む邸宅の姿を見た時、400年前の雲龍院とは異なるが、伝統建築が有する同質の雰囲気に魅了された。何か、素晴らしい体験が約束されることを予感した。


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